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風邪をひいた彼を看病したのがきっかけだったのか、私と小谷くんはたまにだけど大学でも会話を交わすようになっていった。
「ねぇ葉月、最近、アイツと話してるよね? 何かあったの?」
「え?」
講義中、隣に座っていた杏子が突然そんな事を口にした。
杏子の言う『アイツ』とは、小谷くんの事だ。
「あ、う、うん、ちょっとね……」
杏子には未だどこのアパートに住んでいるのか話していないから勿論、同じアパートに小谷くんが住んでいるという事も知らない。
「何よ、ちょっとって。まさか葉月、アイツに気があるとか?」
「ちょっ! そんな訳ないに決まってるでしょ!?」
杏子の言葉に講義中という事も忘れて大きな声を上げてしまう。
「そこ! 講義を真面目に聞いてないなら出て行っても構わないぞ」
「す、すみません」
目立ってしまった私は教授に頭を下げて謝った。
「もう! 杏子が変な事言うから……」
「だってさぁ……」
その後も私たちは小声で会話を続けていく。
「なんて言うか、近所に住んでるみたいで……何度か顔合わせてる内に少しずつ話すようになっただけだよ」
「ふーん?」
「だから変な事言わないでよね」
一緒のアパートに住んでる事は話せないけど、別に小谷くんの事が好きとかそういう感情は全くないので誤解だけはされないようにはっきり念を押す。
「まぁ、それならいいけどさ。アイツだけはやめときなよね、本当」
そんな事を真面目な顔で杏子は言うけど、そもそも彼女はどうしてそんなに小谷くんを嫌うのだろう。
同じ高校だった事は知ってるし、小谷くんが人と関わらない変わった人だという事も杏子から聞いた。
確かに小谷くんは無愛想だし口も悪いけど欠点と言えばそれくらいで、容姿は悪くないから一般的にいうイケメン……の部類に入るのではないかと思うのだ。
「ねぇ、杏子はどうして小谷くんの事を嫌ってるの?」
「……そ、それは……」
私の問い掛けに言い淀む杏子。
何か、余程言いづらいことなのだろうか。
「あ、ごめんね、言いたくなければいいんだ。ちょっと、気になっただけだから」
「いや、別に言いたくないとか、そういうんじゃないんだけど……」
無理に聞き出す程の事でもないような気がした私だけど、杏子はそう前置きすると、
「実は、高校の時に仲の良かった子がね、アイツの事、好きになったのよ」
ぽつりぽつりと理由を話してくれた。
高校時代、杏子と仲の良かった子が小谷くんに好意を寄せていたらしく、協力してと頼まれた杏子は、それとなく小谷くんに近づいて好みなどを探ろうとしていたという。
だけど小谷くんは誰とも話さないし、本ばかり読んでいて大した情報は得られなかったようで、結局彼をよく知れないまま、その子は告白する事を決意。
杏子が陰から見守る中、手紙で呼び出した小谷くんが校舎裏にやって来て、その子は勇気を出して彼に想いを告げたけれど彼は、
「よく知りもしない奴と付き合うとか無理。そもそも俺、恋愛とか興味ねぇから。金輪際こういうの止めてくれ」
そう、冷たく言い放ち去って行ったそうだ。
「酷いと思わない?」
「うーん、そうだね、それは酷いね」
「でしょ?」
杏子に同意を求められ、ついつい頷いてしまう。
確かに言い方はちょっとキツいし、告白した子は傷つくだろう。
でも私は、小谷くんの言う事も分かる気がするのだ。
よく知りもしない相手と付き合うというのは凄く大変だと思うし、好きでもない相手に気を持たせるような事をしても相手に失礼だと、私は思うからだ。
「ま、そういう訳で、その時から私はアイツが大嫌いになったって訳。酷い奴だから、好きになっても傷付くのは葉月だからね?」
「だから、そういうのじゃないって」
再度否定する私を、疑いの眼差しで見つめてくる杏子。
(会話してるだけでこれだもん……一緒のアパートとか絶対話せないよ……)
そもそもどうして私が小谷くんを好きという話になってしまうのか、私にはよく分からなかった。
「もう、杏子ったら……話長いんだから」
結局、講義中だけでは足りなかったのか杏子は「話し足りない」と言って食堂で軽く腹ごしらえをしながら話をしていた。
そこでも小谷くんの話題が中心だったのだけど徐々に飽きたのか、途中から私に紹介したい人の話題に切り替わった。
「はぁ……困ったな」
断っても一歩も引かず、「一度だけでいいから会ってほしい、お願い」と懇願された私は断り切れず、「一度会うだけなら」と了承したものの、人付き合いが苦手な私には気が重い。
私がOKを出すとすぐにその『紹介したい人』と連絡を取った杏子。
彼の予定と私の予定を合わせ、来週末に会うという約束に決まってしまったのだった。