タクヤが目を覚ましたとき、船は独特の音と振動に包まれていた。
高速巡航が始まっていた。
力強いエンジン音が響いている。
普通の船のような上下の揺れはなかったが、波にぶち当たったからか、スピードが急に遅くなる瞬間がある。
やはり気持ちのいいものではない。
ユリはベージュ色の毛布にくるまり、横を向いて熟睡していた。一瞬、タクヤも、あのラインのように耳元で甘い言葉をささやこうか、と考えた。
あなたのためなら何でもします、って?
タクヤは、一人、苦笑した。
そんなの、あたりまえだ。
問題は、そこじゃない。
タクヤは、眠っているユリに近づき、少しだけ顔を寄せた。
温かい寝息と、心地よい髪の匂い。
それだけで、十分だ。
ここには、タクヤにとって、真に大切なものがある。
それが愛と呼ぶべきかどうかは、わからない。
それでも、自分の中に入ってしまったユリの存在は、すでに言葉にできないほど強烈に愛おしいものだった。
運命が死を示唆するなら、それを変えていく。
それが王子であり、きっと、それを含めて祈りということなのだ。
さて、とタクヤは立ち上がった。
気持ちを切りかえよう。
ドアに鍵がかかっているか確認してみた。
かかっていなかった。
ドアを開けて、周囲を探ると、誰もいない。
ラッキー!
ここからは、タクヤ王子による、タクヤ王子のための、自由行動だ。
許したまえ、国民よ。
タクヤは足音を忍ばせながら、エンジン音が響く通路を進んでいった。
上下に続く階段を見つけた。
これを上がると、最初に案内してもらった艦橋に行けるはず。
上は、発見される可能性、大なり。
いまは、下、一択。
警戒しつつ階段を下りていった。
二等客室らしき広い部屋に出た。
ベンチシートが二列になって並んでいる。軍関係者らしき人たちが何人か奥の方に座って休んでいたが、ほとんどのシートは空席だった。
彼は身をかがめて、こっそりと窓辺のシートにもぐり込んだ。
横には小型の丸窓があった。
思いのほか海面から高い位置。
海中翼で船が浮き上がっているからだ。
波立つ海面が、高速で過ぎ去っていく。
タクヤは腕を組み、ボロ布のように窓枠に寄りかかった。
心がつらいときは、こうやって旅をするものなのだ、と内なる声が教えてくれていた。
「メリルさん、ごめんね」
と、つぶやいてみる。
彼女を思い返すと、自然と涙があふれてきた。
いいさ。
そういうものは、流れたいだけ流れればいい。
僕がだれだろうと、シートに隠れて、大切な人を想って涙を流すことだけは、誰も禁止することはできない。
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