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6月、梅雨入り直前の曇天の朝。
教室の窓から見えるグラウンドは湿った土のにおいを漂わせていた。
「透真、おっはよー!」
いつも通り明るく声をかけてくるのは、結月だった。小学校からずっと一緒で、隣の家に住んでいる幼なじみ。
だが、透真の中で、彼女に対する想いはもう“ただの友達”ではなかった。
(…言えるわけない。いまさら、好きなんて)
そんな気持ちを抱えたまま、彼は日常を繰り返していた。
そんなある日――転校生・篠原玲奈が教室に現れる。
「今日からここでお世話になります。篠原玲奈です。よろしくお願いします」
その瞬間、透真の運命が静かに軋み始めた。
玲奈はなぜか透真にだけ、妙に距離が近かった。
そして数日後、突然こう言ってきた。
「ねぇ綾瀬くん、あなた……一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ?」
ドキリとする透真。
「なら、あたしと“協力”しない?」
玲奈は微笑む。
その笑みには、なにか隠された意図があった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ?」
玲奈の声は、透真の心の奥底を、えぐるように静かだった。
「な、何言って――」
「隠さなくていいよ。顔に全部書いてある」
玲奈はにやりと笑って、自分の机に座った。
「じゃあ、協力して。あたしが一ノ瀬さんと仲良くなるのを、手伝ってほしいの」
「……は?」
その要求は、あまりに突飛だった。
「好きなんじゃなかったのかよ、一ノ瀬のこと……?」
「そうだけど、好きってだけで付き合えるわけじゃないでしょ?」
玲奈は窓の外を見ながら言う。
「だからね、綾瀬くん。“表面上は”一ノ瀬さんに近づきたいってこと。裏の目的は……まぁ、内緒」
透真の胸に、うっすらとした不安が芽生えた。
それでも、玲奈の瞳の奥にある“何か”から目を逸らせなかった。
(――なぜだろう。見てはいけないものを覗いている気がする)
その日から、玲奈と透真は奇妙な“共犯関係”を築き始めた。
透真は、結月と玲奈が自然に話せるように何気なく仕向ける。
放課後の図書室、体育の準備、教室の掃除当番――。
玲奈はうまく立ち回り、結月の懐に入り込んでいった。
「玲奈ちゃんってさ、なんかミステリアスだけど、面白いよね~」
無邪気に笑う結月の言葉に、透真は胸が詰まった。
(こんな顔、俺に見せたことあったっけ……?)
そんなある日。
玲奈が透真を屋上に呼び出した。
「綾瀬くん。順調だね。……ありがと」
玲奈はふっと微笑む。
そして突然、彼の唇に指を当てた。
「でも……こういうの、ズルいと思わない?好きな人の幸せを“演出する”なんて。自分の心、殺してさ」
透真は、何も言えなかった。
「ご褒美、あげよっか」
玲奈はそう言うと、ほんの一瞬、透真にキスをした。
淡くて、でも熱を持ったキス。
「これからもっと面白くなるよ。ねぇ、覚悟して?」
玲奈の声は甘く、そして狂気を含んでいた。
次第に、結月の様子がおかしくなっていく。
玲奈との距離が近くなるほど、結月は透真への態度を変えていった。
「ねぇ透真。玲奈ちゃんのこと……好きなの?」
いつもの笑顔の裏に、かすかな棘が見えた。
透真は答えられなかった。
その夜、スマホに玲奈からのメッセージが届いた。
“一ノ瀬さんの裏の顔、もう少しで見えるかも。準備してね”