夜はあれからなんとか寝付くことができた。
――レイが「隣にいる」と言ってくれたおかげだろうか。なんだか、妙な安心感があったのは事実だ。
「……おはよう、異世界。三日目……」
昨日の出来事が夢ではないことを再確認しながら、俺はベッドから起き上がる。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、静かな部屋を照らしている。
だけど――静かすぎる。
「……なんか嫌な予感がするんだよなぁ」
ゴクリと唾を飲み込みつつ、俺は部屋の扉を見つめた。その瞬間――。
ドンッ!ガチャッ!
大きな音と共に扉が勢いよく開かれた。
「おい、カイル!」
「ひゃぁぁッ!?」
突如現れたレイの声に、俺は思わず叫び声を上げてしまった。
リリウムも驚いたのかベッドの上で飛び上がる。
寝起きに騎士の登場は心臓に悪すぎる。
いや――推しの登場で叫ぶとか、どうなんだ俺。落ち着け、俺。
「何、どうしたの!?朝から騒々し――」
言いかけた俺の言葉は、レイの険しい表情に飲み込まれた。彼は息を整えることもせず、真剣な顔でこちらへと近づいてくる。
「カイル、お前は部屋から出るな」
「え……?」
「――呪刻符の出所が判明した」
レイの声は低く、静かな怒りが滲んでいる。
「それって、誰が?」
「屋敷の内側だ」
「……え?」
一瞬、思考が止まる。
「どういう……?」
「昨夜、屋敷の一部の使用人が不審な動きをしているのを確認した。どうやら奴らは、外部の者と繋がっているようだ」
屋敷の中に内通者──まさか、エミリーが言っていたことが現実だなんて。
「奴らの目的は、お前だ」
レイはそう言い切ると、俺の肩をしっかりと掴んだ。
「お前を傷つけさせはしない。俺が必ず守る」
「……レイ」
その真剣な表情に、胸が締め付けられる。
だけど、同時に頭の中には別の考えが浮かぶ――。
「レイ、本当に俺が狙われているのかな……?」
「何を言っている」
「俺、なんかおかしい気がするんだよ。確かに『カイル』は大事な人間かもしれない。でも――」
俺はそこで言葉を飲み込む。
――俺は本物のカイルじゃない。
「……何か隠しているのか?」
レイが俺を見つめる。ドキッと心臓が跳ねるが、俺は慌てて首を振った。
「ち、違う!ただ、なんか、うまく説明できないだけで……」
「……そうか」
レイはまだ納得していない様子だが、俺を見つめる視線が少しだけ和らぐ。
「とにかく、お前の安全を最優先する。部屋を出るな――いいな?」
レイはそれだけ言い残して、足早に部屋を出て行った。
あれから数時間後──部屋の外が少しだけざわついているのに気づいた。
……何か進展があった?
そわそわしながら耳を澄ませていると、廊下の向こうからかすかな声が聞こえてくる。
「侵入者が捕まったらしい」
「誰だ?」
「まさか、あの方が関わっているなんて……」
――あの方?……誰だ?……本当に捕まったのか?
俺は落ち着かないまま部屋を行ったり来たりする。レイが「部屋から出るな」と言ったのは分かっているけれど、こうも情報がないと不安になる一方だ。
「……少しだけ、見に行こう」
意を決して扉に手をかける――その瞬間、扉が開き、そこには――。
「カイル……言っただろう、部屋から出るなと」
レイが立っていた。目を細めて、俺を見下ろす彼の姿に、思わずビクリとする。
お、おわあああああ、なんかセンサーでもついてんのかよ、この人。吃驚したああああ!
「え、あ、いや……ちょっと、き、気になって」
「……お前は、危機感がなさすぎる」
レイはため息をつくと、突然俺の腕を引いて、ベッドに座らせた。
「俺がついていなければ、お前はどこへでもフラフラと行きそうだな」
「い、いやいや、そんなことない……多分……」
「なら、なおさら目を離せないな」
「レイ?」
「分からないか?お前が狙われている――それだけで、俺は……」
そこまで言いかけて、レイは言葉を飲み込んだ。そして、俺の手を強く握りしめる。
「俺は、お前にもしものことがあれば、耐えられない」
そう言いながら俺をベッドへと押し倒す。
柔らかな感触が背中に当たった。
……んんん⁈押し倒されてるな⁈天井と推しが見えますね⁈
「……れ、レイ……っ」
慌てて俺はレイの胸元に手を挙げて押し返そうとした。
胸板固っ!悲しいことに、ビクともしない。
レイは俺の動作なんて気にすることなく、俺の目をじっと見つめる。距離が近い……!
「……カイル……」
そう言って、レイの手が頬に触れた瞬間、俺の心臓は爆発しそうになった。
「ちょっ、ちょっと待っ――!」
言葉を遮るように、レイの唇が額に再び触れる――が、今度はそのままゆっくりと鼻先に下り、唇端にキスが落ちてくる。そしてそこから首筋に落ちた。
「……ひ、ぅ……」
レイの唇が薄い皮膚を強く吸い、甘噛みをしてから離れる。
俺は思わず声を漏らしていた。
ふ、とレイが笑って顔を上げる。
「……安心しろ。今はまだ、これだけだ……」
レイの指が俺の唇の端をかすめるように触れて、すっと離れた。
「っ……!」
その指先の感触すら残っている気がして、思わず息を呑む。
「次があれば、覚悟しておけ……部屋から出られないようにする」
そう囁くように言い残して、レイは身体を起こした。
顔が熱い。心臓が爆発寸前だ。そろそろ心臓のお薬とかいると思うのよ……。
「部屋を出るな――いいな?」
レイは小さく微笑み、俺の頭を軽く撫でて部屋を後にした。
リリウムが俺の足元にすり寄ってくる。それを抱き上げて柔らかいお腹に顔を押し当てた。
――絶対確信犯だわ、あれ……。
そもそもだ!そもそも!
「……今はまだ、これだけ……って……」
レイの言葉が頭の中でリピート再生される。
いや待て、これ完全にR18ルートのフラグじゃねぇか⁈
俺、全年齢ルートで進めたかったんですけど⁈ちょっと神様、選択肢間違えました??
――額から唇、そして首筋。ほんの少し触れられただけで……てかね⁈童貞なんですよ!俺はね!わかる⁈非モテの学生時代から社畜のサラリーマンにレベルアップしたせいで、彼女がいた試しなんてない。勿論彼氏もだ。
なのでこんな風なふれあいをしたことはゼロなわけで。
そこでいきなりの推しのスキンシップ!過剰なスキンシップ!……破壊力がありすぎるだろうよ。
俺のライフはとっくにゼロ地点を超えてマイナス……。
「……いや、違う、今はそんなこと言ってる場合じゃない!」
そう、今は恋愛(とも違うか……?)にうつつを抜かしている場合ではない。
気合いを入れ直して頭を振る。
冷静になれ、俺。推しとどうこうなる前に、命が狙われてるんだぞ!
それに、レイが言った「内通者がいる」という話――それが本当なら、屋敷の中だって安全とは言えない。
リリウムをベッドに置き、考える。
「……俺、ここにいていいのか?」
推しに守られるだけの存在で、本当にいいのか?
今はレイがそばにいるから守られているだけで、何も知らないままじゃ、ずっと足手まといのままだ。
レイに甘えているだけじゃ、ダメだ。
「……少しでも、手がかりを探さないと」
結局、どこにいたって危ないならば……せめて邸内だけでも回るべきじゃないだろうか。
昨日のように拾う例もあるわけだし……な!
決意を固めた俺は、そっと部屋の扉に手をかけた。
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