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◇◇◇◇◇
「あいつの噂、聞いたことない?」
右京は首を傾げた。
「人の弱みにつけこんで…ってやつか?」
「そう」
「脅したり強請ったり?」
「そう」
「―――噂だろ?そんなの」
右京は眉をひそめた。
「俺、春からあいつと結構一緒にいるけど、そういう場面、一度も見たことないんだけど」
視線を永月から外し、正面の白い壁に向ける。
そこに赤い髪の蜂谷が浮かび上がる。
あいつはいつも一人で―――。
誰かに執着することもなく、されることも許さず―――。
外の景色や行きかう生徒たちに視線を向けながらも、
その瞳はいつも宙を彷徨っていた――――。
「右京には見せないだろうな、そりゃ」
永月が苦笑する。
「それに彼には情報提供者が複数いるから。自分で誰かの弱みをわざわざ調べたりもする必要ないんだよ」
「情報提供者?」
右京は視線を永月に戻した。
「女の子とエッチしてるの、見たことない?」
「――――っ!」
「彼は身体を差し出す代わりに、女たちを使っていろいろ調べさせてる」
そういえば、放課後の保健室で―――。
蜂谷は女子生徒と―――。
「―――女たちって……。複数いるのかよ」
言うと永月は首を傾けた。
「俺が知ってるだけで3……人?かな?まあ、モテるからね、蜂谷は。レギュラーはそんなでも、準レギュラーはもっといるかもね」
言葉がなぜか胸に突き刺さる。
だったら、自分の出身校や、あっちでのあだ名を調べたときも、その手を使ったのだろうか。
「なんでそこまでして、人の弱みを握ろうとするんだ」
右京はすっかり力をなくした視線をシーツに落とした。
「もちろん、強請るためだよ」
永月が低い声で言う。
「強請るって、金?」
落とした視線をやっとのことで永月まで上げる。
「金に困ってるふうでもなかったけどな」
「もちろんそうじゃない?だってあいつの家、ボンボンでしょ?」
永月が少し馬鹿にするように言った。
「そう……なのか?」
「蜂谷創芸グループの会長の孫だから」
「――――?」
「ここらへんでものすごく大きい会社のグループだよ。知らない人はいない」
「―――じゃあ、ますます、金を強請り取る必要なんてないだろ」
言うと、永月は小さくため息をついた。
「よくわからないけど。だから、じゃない?」
「だから?」
「ストレスとかあるんじゃないの?そういう理由で」
「――――」
「だからって秘密を抱えて悩んでる人を強請ったり、蜂谷のことを本気で好きな女の子たちとエッチして利用したりしちゃいけないと思うけどね」
ーーーまさか。あいつが?
だって、あの時だって、俺を助けに来てくれたのに。
『げ。7人も残ってる。会長さん、もうちょっと頑張ってほしかったなー』
プラカードを背負いながら自分を助けに来てくれた蜂谷を思い出す。
『救急車……は目立つか。タクシー代持ってるか?もういいや。後で倍にして返せよ!』
背負って病院まで連れて行ってくれたのに。
「ミナコちゃんのことだって」
永月の低い声が回想から現実に戻す。
「きっと全部、あいつが仕組んだことだったんだよ」
その目を見上げる。
「ピンチに陥らせて、自分で助けて。お前を洗脳するために」
「――――」
「生徒会長が自分の思うままに動いたら、何かとベンリだろうからね。彼にとっては」
話に矛盾はない。
そう考えたらしっくりくる。確かに。
『……学園戻るか。腹減った』
でも―――。
『……文化祭、まだ間に合うだろ』
俺は――――。
『……俺にここまでさせたんだ。なんか奢れよ。会長』
あいつを――――。
「俺は、あいつを信じたい」
顔を上げた右京に、永月は長い溜息をついた。
「近いうちに蜂谷に会う機会ある?」
「え?」
「本当は二度と2人きりで会わないでほしいんだけど」
言いながら永月はもう一度ため息をついた。
「バッグの中に、A5サイズの黒いリングノートが入ってる」
「ノート?」
「彼はそれを『出納帳』って呼んでる」
「―――出納帳」
「そこにいつ誰からいくら受け取ったか、書いてある」
「そんな……」
「俺の言うことが信じられないなら、それ、見てみて」
「…………」
バッグ。
出納帳。
それを見れば、はっきりする。
あいつの本当の顔が―――。
「はい!蜂谷の話はおしまい!」
永月はパチンと手を叩いた。
「―――え」
「帰っていいよ、右京!遅くにありがと!」
ニコニコと笑っている。
「あ、ああ……」
右京は面食らって彼の爽やかな笑顔を見上げた。
「――――」
「ん?どうした?」
永月が顔を傾げる。
「え、いや……」
右京は自分の考えを悟られまいと、慌てて目を逸らした。
「じゃあ、こちらこそ、サンキュー」
立ち上がろうとしたそのとき、ぐいと腕を引かれた。
「……なんちゃって」
永月の唇が耳に当てられ、低い声が鼓膜を震わせる。
「帰すと思う?せっかく両想いだってわかったのに」