遡ること少し前。
これは体育祭が終わったすぐ後のこと。私は今、香織の家を訪れていた。
「さぁ、綾乃ちゃん、洗いざらい吐いて楽になろうか?」
そう言って、香織は私の顔に携帯のライトをこれでもかと当ててくる。
そういえば、晴翔が以前やられたと言っていたが、これのことか。
「いや、なんのことを言っているのか、わからないんだけど」
一応否定したものの、なんとなく言いたいことはわかる。体育祭後から上手く感情を抑えられておらず、晴翔に対する想いが溢れ出てしまっている。
最近は近くにいたくてしょうがない。あぁ、もう一回頭をなでなでしたい衝動に駆られる。
こんな体たらくでは、晴翔と何かがあったということは、香織でなくてもバレバレだ。しかし、自分からは恥ずかしくて言いたくない!
「こっちはネタが上がってるんですよ、綾乃さん」
そう言って、何枚か写真を渡される。こ、これは!?
そこには、私が晴翔を膝枕している姿が写っていた。そして、他にも頭をなでているものや、ほ、ほっぺに、キ、キスしてる写真もあった。
あぁ、なんで気づかなかったのよぉ、私ぃぃ。それに、なんでこんなダラシない顔してるのよぉ。恥ずかしいぃぃぃ。
「これでも、しらばっくれるのかい、奴さん」
なんだか、もう役に入り込んでるわね、香織。
「す、すみません、私がやりました」
「よし、まぁ遊びはここまでにして、綾乃ちゃん大胆なことしたねぇ。結構この画像出回っててさ、噂になってるよ君たち」
「そ、そうなんだ。晴翔のことしか考えてなかったから、そんなに見られているとは、はぅ」
「まぁ、いいじゃないの。グッジョブだよ綾乃ちゃん」
「そうなのかな?」
はぁ、こんな画像が出回ってたら、いつかは晴翔が見つけることもあるかも知れない。考えただけで、死にたくなる。
「これで、ハルくんも少しは重い腰を持ち上げるでしょ」
「えっ、なんか言った?」
香織がなんか言ったように聞こえたのだが、はぐらかされてしまった。
「綾乃ちゃん、本当に言いにくいんだけどね」
「ど、どうしたの?」
何だか、いつになく香織が申し訳なさそうな表情でこちらを見つめている。何か私のいらないところで何かあったのだろうか?
「ちょっと、これ見てくれる?」
「う、うん」
香織から手渡されたのは、一枚の写真だった。この写真は、私が晴翔のほっぺにキスをして舞い上がり、だらしない顔をしている写真だ。でも、この写真は先も見たはず、これに何が?
「よーく見てね、ここ」
随分としつこいな。何度も見るのも恥ずかしいんだから、いい加減にしてよ。私は香織が指差した先にゆっくりと視線を向ける。
・・・ん?
んん!?
「ちょ、ちょっと待って、これって」
「うん、ハルくん起きてるよ」
香織が指差す、晴翔の顔。よーく見ると、頬はほんのり赤くなり、目はバッチリ開いている。つまり、私がキスをしたことを晴翔は知っている?
はっ!
そういえば、最近晴翔に近づくと妙によそよそしくなっていた。まさか、これが原因だったの?
というか、私なんで気づかなかったのよ!
写真を見ると、私は顔を両手で覆いくねくねと悶えていた。私のバカァァァァァァァァァァ!!
斯くして、私と晴翔の関係は、知らぬ間に進んでいた。そして、この出来事は確かに晴翔にとって大きな意味を持ち、さらなる関係へと繋がることになった。
ーーーーーーーーーー
体育祭の時、晴翔が起きていたことを知った私は、これをチャンスだと思い、今までよりも積極的に晴翔に絡むように心がけた。
しかし、人生とは何があるかわからないもので、今私たち3人は学校でも超有名人な不知火生徒会長の自宅へと招かれていた。
「ねぇ、ハルくん」
「なぁ、晴翔」
「「なんで、こうなった?」」
どうやら、香織も同じことを思っていたようだ。不知火先輩は、大の男嫌いで有名で、話しかけられただけで不機嫌になり、ほとんど相手にもしないらしい。
しかし、今目の前にいるこの女性は、男嫌いのようには決して見えない。晴翔に自ら話しかけ、笑顔を向けている。これが、本当にあの生徒会長なのか!?
驚いたといえば、先輩のことだけでなく、あのリムジンにも驚いた。だが、自宅はさらに驚いた。これが大財閥のお嬢様の家。スケールが違かった。
初めに案内された部屋は、『一部屋』と呼ぶにはふさわしくない大きさだった。大宴会場だと言われても全く可笑しくないレベルだった。
こんな部屋に案内され、私は気が動転していたが、どうやら晴翔も気が気でないようで、いきなり本番に入る。なぜ家に呼んだのか?と聞かれた先輩は少し考える仕草を見せる。
「晴翔様に来ていただいた理由なんですが、私の部屋を見ていただいた方が早いので、案内しますね」
先輩の部屋についていくと「絶対に笑うな」と念を押される。人の部屋のことで笑ったことなどない。絶対に大丈夫だ。私は覚悟して部屋を覗いた。
「このポスターって」
「もしかしなくても」
「・・・俺ですか?」
「はい、全部、晴翔様です♪」
部屋の壁には晴翔のポスターが大量に貼られている。すごい、私も欲しい!
「これは、ファンクラブの会員になると、定期的に何かしらの晴翔様グッズが貰えるんですよ。その中の一つです」
えっ、会員になれば、このグッズの数々がもらえるの!?マシで?入る入る〜、絶対入会します!
その後、部屋の様子を見せられた私達は、先輩の境遇について話を聞かされる。先輩の話を聞いていると本当に寂しい思いをしているのだと不憫に思った。
「お恥ずかしいのですが、私、晴翔様の大ファンなのです。今まで何かにハマった事などなく、この気持ちをどうしたらいいのか困っておりましたところ、先日の体育祭でたまたまお顔を拝見致しまして」
「そ、そうですか」
「ハルくん、やっぱり見られてたのね」
「まぁ、あれだけ激しく動けばみられるでしょ。今後は気をつけてよね」
「反省してます」
本当に、これ以上増えても困るんだから。しっかしりてよね晴翔。私は、晴翔の方へ視線を向ける。すると、晴翔は先輩へと質問を投げかける。
「それで、本題なのですが」
「あ、そうでした」
質問された先輩は、何だか言いづらそうに晴翔のことをチラチラと見ている。そして、意を決したように口を開く。
「えっと、私の許婚になってもらえないでしょうか?」
「えっ?」
「「はっ?」」
あまりの衝撃に私達は変な声が出てしまった。そして、先輩の言葉を理解するにはしばらく時間が必要だった。
「私の婚約者になって頂きたいのです」
先輩は、先ほどよりも丁寧に話す。ここで、私達は先輩の爆弾発言をしっかりと理解した。
「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」
私達3人の大声は、この大きな家の中をこだました。
その後、少し時間はかかったが、いつもの調子を取り戻した私達は、先輩の境遇を知った。そして、なぜ婚約者が必要なのかも話してくれた。でも、これって嘘の婚約だとしても、先輩はかなり本気なんじゃ?
この話は受けない方がいいと思い、晴翔に話かけようとしたが、先輩と目が合った瞬間金縛りにでもあったのかと思うほど体が重く、全く動ける気がしなかった。
そして、そんな私をよそに、人の良すぎる晴翔はあっさりと承諾してしまった。全く、晴翔には困ったもんだよ。
その後、無事に話が終わると、私達はそれぞれの自宅へ運転手さんに送ってもらった。しかし、今日のことは話あう必要があると思い、私達は近くの公園で集まっていた。
「なんでこうなった」
「ハルくんが、OKしちゃうからだよ!!」
「そうだぞ!なんで断らないんだよぉ!!」
晴翔に本音をぶつけた途端、私の心にブレーキがかからなくなってしまった。私は弱音を吐きながら晴翔へと抱きついた。
「晴翔ぉぉ、あの先輩怖いよ、睨まれたぁぁ」
「あ、綾乃、とりあえず離れよう」
あぁ、晴翔は私を意識している。でも、ここで引いたらチャンスはそうそう訪れない。ここは心に素直になろう。
「なんで?」
私は、涙を溜めながら晴翔に問いかける。その直後、晴翔の後ろから香織の声が聞こえたと思ったら、香織も晴翔へと抱きついた。
「ハルくん私も私もー」
香織は抱きつき慣れているようで、すごく自然に晴翔へと抱きついた。私もあれくらいできるようになりたい。
「晴翔」
「ん?どうした、綾乃?」
「ギュッとして」
私を抱きしめて、晴翔。お願い。
晴翔は戸惑っているようで、なかなか私を抱きしめてくれない。その事実に私の心のダムは決壊してしまった。
「私の方が先に出会ったのに。なんで皆が先に進んじゃうの?置いて行かないでよぉ」
私はついに、晴翔に抱きついたまま号泣してしまった。晴翔には申し訳なかったが胸を借りることにした。しかし、次の瞬間私の涙はすぐに引いてしまった。泣き止まない私を、晴翔はギュッと抱きしめてくれた。
あぁ、なんて幸せなんだろう。それに、晴翔の匂いだぁ。いい匂い。この瞬間をもっと味わっていたい私は、とっくに涙が止まっていたが、しばらくこの状況を満喫した。
そして数日後、最大のピンチはすぐに訪れることになった。なんと、晴翔から連絡があり、大事な話があるから後で会いたいとのことだった。
私はパニックになり、とりあえず香織に相談することにした。ちょうど晴翔は打ち合わせのために事務所へ向かったそうなので、時間はたっぷりあった。晴翔の大事な話が、どうか私が望んでいることでありますように。私は晴翔に話を聞くまでの間、何度も何度も神様に向かって祈っていた。
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