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「せっかくだし、今日はウチに遊びに来ない?」
そう言った俺の心臓は爆鳴りだった。
その爆鳴りを緊張していると一言で済ませて良いものだろうか。
前世で家に友人を招いたことなんて無い俺が、友達を家に誘っているのだ。
これで緊張しない方が無理というものだろう。もちろんだが、女の子を家に誘うのも初めてである。
だが、そんな俺の緊張なんてどこ吹く風でニーナちゃんは少しだけ考え込んだ。
「イツキの家に? うーん。そうね……」
ニーナちゃんはそういうと、ちらりと壁にかかっている時計を見た。
「……行きたいけど、私は門限があるの」
「門限? 何時なの?」
「5月だから、17時よ」
5月だから、午後の5時?
それなら8月には20時になるんだろうか。
なるわけないか。
自分で自分にツッコミを入れて、「そっか」と頷いた。
多分だが、あれだ。日が沈む前に帰ってこいというやつだろう。
でも、それについては問題ない。
「大丈夫だよ! パパが車で送るから」
「そう? イツキのパパも祓魔師エクソシストなのよね」
「そうだよ。強いんだ」
「イツキよりも?」
「うん。僕よりも」
俺がそう頷くとニーナちゃんは、続けた。
「……イツキがそんなに言うなら、せっかくだし行ってみても良いわ」
「本当!? じゃあ、おいでよ!」
そう言って、俺はランドセルを手にとった。
ニーナちゃんも自分のランドセルを手にして、二人して教室の外に出るとちょうど階段を上がってきた担任の先生とすれ違った。
先生は俺とニーナちゃんを満足そうに見ると、帰りの挨拶をしてくれた。
「また明日ね、二人とも」
「ばいばい、先生」
そう言った俺の横で、ニーナちゃんも小さく呟いた。
「……さよなら」
「はい。さようなら」
今までずっと無言で帰っていたニーナちゃんが、まさか先生に挨拶するとは思っていなくてびっくり。でも、先生は笑顔でそれに返していた。
「……何よ」
「ううん。なんでも無いよ」
びっくりしたまま、ニーナちゃんの横顔を見ていると咎められてしまった。
だから俺は肩をすくめて、なんでも無いように振る舞って階段を降りる。
下駄箱で靴を取ると、ニーナちゃんはふと思い出したかのように聞いてきた。
「そう言えば、イツキの家に門限はないの?」
「ウチに?」
門限か。あったっけ?
思い返してみると、母親に言われていたことを思い出した。
「18時には戻ってくるようにって言われてるよ」
「そんなに遅く帰っても大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
「だって、その……18時は夕方じゃない」
「あー……」
ニーナちゃんが何を言いたいのかを、俺は理解した。
つまりだ。
つまり彼女はモンスターに会わないかどうかを心配しているのである。
日が沈む時は、モンスターが目覚める時間。
逢魔刻おうまがどき――『“魔”に逢あう時間』だからだ。
「うん、大丈夫だよ。ニーナちゃんの家から帰るときに、モンスターに会ったことは一度も無いし」
「そ、そうなの? ふうん。じゃあ、別に大丈夫なのかしら……?」
そういって首を傾げるニーナちゃん。
とはいっても、まだニーナちゃんの家に遊びに行ったことは数回しか無いので運良くモンスターに出会っていない可能性は否定できないのだが。
そういうわけで、俺はニーナちゃんを連れて帰宅。
下校中に少し話をして緊張は解ほぐれたものの、家が近づくにつれて心臓の音が凄すごいことになってきた。
俺は自宅のマンションの前にたどり着くと、深呼吸。
そして、ニーナちゃんに「ここだよ」と紹介した。
「ここがイツキの家? 学校から遠いのね」
「実は、前に住んでた家は建て直し中なんだ。だから、今はここなの」
「建て直し? リフォームってこと?」
「うん。モンスターに壊されちゃって」
「はぁ……?」
ニーナちゃんには半信半疑といった具合で、俺の顔とマンションを交互に見た。
まぁ、そうだよな。それが当たり前の反応だよな。
俺だってアヤちゃんやニーナちゃんから急に『家がモンスターに壊された』と言われてしまえば「えっ!?」ってなるだろう。いや、ならんか。俺は実際に壊されてるから、「大丈夫?」が出てきそう。でも壊されてないと心配は出てこないと思う。
そういうわけでニーナちゃんを連れて玄関の前までやってくると、鍵を開けた。
「ただいま」
「おかえりー!」
俺がそういうと、部屋の奥からドタドタとヒナが走ってやってきた。
走ってやってきて、俺の後ろにいるニーナちゃんを見て固まった。
「ヒナ。お兄ちゃんの友達のニーナちゃんだよ」
「は、はじめまして! ニーナよ」
ニーナちゃんを見たヒナは、未だにぽかんと口を開けて固まっている。
どうしたんだろう、と思っているとヒナはくるりと回って部屋に戻った。
「パパ! にいちゃがお人形さん連れてきた!」
「お人形さん?」
部屋の奥から父親の声がする。
玄関にある靴をみると母親の分がないので、買い物に行ってるぽかった。
なんて考えていると、奥から父親だけがやってきた。ヒナは?
一方でそんな父親は俺が友達を連れてきたことにか、女の子を連れてきたことにか、どっちか分からないけれど、こっちもこっちで固まったから俺はニーナちゃんを紹介した。
「パパ。ニーナちゃんだよ」
「はじめまして、ニーナです」
そういって本日2度目の自己紹介。
その名前を聞いて合点がいったのか、父親がその顔に似合わぬ柔らかい顔を見せた。
「あぁ、君がそうか。イツキから話はよく聞いている。ゆっくりすると良い」
「お、お邪魔します」
いや柔らかい顔してても怖いな……と、俺は思ったのだが祓魔師エクソシストの家系であるニーナちゃんはそれに驚いた様子も見せずに丁寧にお辞儀をしていた。
そういうわけで俺はニーナちゃんを連れて自室……と、呼んで良いのか分からないが、ヒナと一緒に寝ている部屋に案内した。流石にいま住んでいるマンションは一人一部屋とはいかないからな。
「ここがイツキの部屋……? 思ったより、何も無いのね」
「まぁね。ヒナ……妹のものがほとんどだよ」
案内した部屋の中はヒナのおもちゃや人形とかで溢れている。
反対に俺のものは殆どない。雷公童子の遺宝を仮置きするためのケースが学習机の上に置いてあるくらいだ。
別に物欲が無いというわけではなく、俺の欲しいものが6歳児の欲しいものと釣り合っていないというだけだ。
「……イツキのパパは普段からよく家にいるの?」
「ううん、いないよ。今日は仕事が休みなんだ」
「そうなんだ。私のママと一緒ね」
「祓魔師だからね」
俺がそういうと、ニーナちゃんは「そうよね」と言って笑った。
そして、声を潜めて聞いてきた。
「それで……ここでするの? 『凝術リコレクト』の練習」
「うん。だめ?」
「べ、別に良いけど……その、男の子の部屋に来るの初めてだから、ちょっと緊張するわ」
ちょっと居心地悪そうに言うニーナちゃんに、俺は親近感みたいなものを覚えた。
そうか。ニーナちゃんを家に呼ぶのは緊張したけど、ニーナちゃんも緊張してたんだ……。
だから俺はニーナちゃんの緊張を解くために言った。
「大丈夫だよ。ヒナと一緒の部屋だから」
「何が大丈夫なのよ……」
冷静にツッコまれてしまった。
確かによく考えたら意味不明だったかもしれない。反省。
「ま、まぁ、良いわ。だったら早速始めましょ」
そう言って魔法の練習を始めようとした俺たちを邪魔するように、扉が開かれた。
何だなんだと思って振り向いてみると、そこにはヒナがいた。
「どうしたの?」
「ヒナもここで遊ぶ」
「ヒナも?」
ふむ?
……ふむ?
まぁ、それならそれで良いけど。
俺はニーナちゃんに向き直って、言った。
「よろしくね、ニーナちゃん」
「『凝術リコレクト』の練習よね。私も途中までしかできないけど……出来る限り頑張って教えるわ」
ニーナちゃんが、さっきよりは落ち着いた様子でそう返す。
しかし、何故かヒナが俺たちの間にわざわざ入って来ると、俺の胸に頭突きしてきた。
「どうしたの? ヒナ」
「なんでもないもん」
そう答えながら俺の服を引っ張るヒナ。
「本当にどうしたの」
「なんでもないもん」
そうか。なんでも無いのか。
本当になんでもないのね?
「うん。じゃあニーナちゃん。気にしないで始めようよ」
「え、良いの?」
「うん。良いよ」
俺がそういうと、ヒナがより強く俺の服を引っ張った。
なんでも無いって言ったじゃん!