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アリスは息を吸い込む速さが速まり、息を吐く体が激しく麻痺する、過呼吸が始まっている
「北斗さん・・・・こんなのは嫌・・」
「わかってる・・・アリス 」
北斗は繰り返し親指の腹でアリスの眉を撫でる
「わかってる、俺も嫌だ 」
「こんなの!やっとここまできたのにっっ、あとひといきなのにっっ原稿を・・・取られた!!いまいましいっっ!盗まれたわっっ!」
「奥さん!俺の天使ちゃん!」
彼女の手首を握る北斗の手の甲にも、ポタポタ温かい涙が落ちる、あまりの怒りに震えている
北斗は呼びかけ、アリスの顎に触れて落ち着かせようとする
「そうだね・・・残念だね、でも俺を見て、まだ負けていない、わかるだろ?まだ負けていないんだ、俺達は勝つ!約束する 」
アリスは目を閉じた、またボロロッと涙を流した
鼻から息を吐き、ガタガタ震えている
「あなたを信じたい・・・・でも怖いの・・・原稿がなかったら・・・・何もかもおしまいよ」
北斗は無言でうなずいた、アリスのためなら戦うことも厭わない、彼女を傷つけようとするあらゆるものから守ってやりたい
だが今は・・・・自分が冷静にならなければいけない
アリスの首の横をそっと撫でてやると、やがて涙で濡れた目を開いた
北斗は優しく微笑み、アリスと額を合わせる
「いいかい?今から俺はオバマもジョブズも真っ青な、歴史に残るスピーチをしてくる、ぶっつけ本番で何のリハーサルもなしだ 」
「無理よ・・・原稿なしで20分もしゃべれないわ、そんなこと誰もしたことないのよ・・・北斗さん」
ハハッ
「じゃぁ!俺が最初の人物だな 」
北斗が笑った、彼は本気で言ってるのだろうか?アリスが北斗を正気か?という目でマジマジと見る
今の彼は落ち着いていて・・・美しくて、自信に満ちている、アリスが進んで自分の人生を懸けようと思える人だ
「俺だって今の状況は嫌でたまらない、それはわかる、でも二人でなんとかするんだ、君と俺!あんなに練習したじゃないか!大丈夫・・・少しは頭の中に入ってるよ、なぜなら君が懸ってるからね!俺は絶対鬼龍院に負けない、俺達の未来はここで!この町を良い町にするために頑張るんだ!俺達の子供のためにも 」
じっとお互いの顔を見つめ合う
二人でなんとかする・・・・
その言葉がアリスの心に響いた
ずっと今までは物事の問題は、一人で解決するように育ってきた、誰かに頼るとそれだけで弱い存在だと、決めつけられたからだ
「大丈夫・・・・ヘマをしても、笑われるだけだよ、殺されはしない 」
その言葉に笑おうとしてまた泣きそうになる、しばしの間がありアリスの心臓が、喉元までせりあがる
「本当に大丈夫・・?・・・」
「うん・・・・ 」
アリスの笑いは半泣きになり、北斗がアリスのうなじを引き寄せてキスをする
アリスは勢いよく膝を北斗の脚にぶつけながら、両腕を彼の首に回し、この世の終わりのようにキスを返す
パーテーションで隠されてはいるが、公の場でキスをしているようなものだ
無謀なのはわかっていながら、アリスの頭の中にあるのは、二人が幾度の夜を超えて、政策やこの町の未来を朝まで語り合ってきた時間
私達の子供に日本人として、誇り高くこの国で生きれる未来
全ての人が争いなく、貧富の差なく、幸福に暮らせる未来
私達二人の夢
全ての人の夢
「さぁ・・・行こう、聴衆が待っている、勝利の女神が傍にいてくれないと、格好がつかないよ 」
北斗がぎゅっとアリスの手を掴んだ
彼に手を引かれステージ裏をゆっくり歩いて行く、ぐいっと涙を拭き、その広い背中を眺めながら考える
この7ケ月の間・・・・内から外まで北斗さんを知り、自分自身を知った
まだまだ学ばなくてはならないことが、山ほどあるのは分かってる
信じるものなんて何一つなかった、孤独だった、ずっと一人で頑張って来た
彼は常にアリスの希望の北緯を示すコンパスのようだ
彼と一緒だと明るい方へ行ける
もう大丈夫
今こそ私の夫を演壇に立たせ
時代のリーダーはここにいると、みんなにわからせよう
だって私の夫は素晴らしいのだから
..:。:.::.*゜:.
アリスはギュッと唇を噛んだ
北斗はアリスの手を引きながら、人ごみをかきわけ、まるで絞首刑台に向かう気持ちでいた
アリスを落ち着かせるために彼女に、ああは言ったものの、原稿に書いてあったことは、頭からすっぽり抜けていた
会場はまるでサッカー試合を、見に来たように群集が密集していた
だがサッカーは11人と対抗チームでするものだ、今は北斗一人だ
北斗の中で急に群集に対する恐怖感が募った
ダメだ・・・・こんな時にいつものア・レ・はやめてくれ
キーンを耳鳴りがし、口の筋肉がこわばる
このままでは一言も話せないまま、講演会は終わるだろう、こんなこと群集が許すわけない
舞台袖に行くと、放送アシスタントと信夫に永原さん、それに司会者と硬い握手を交わした
「あと5分だぞ!」
「衛星中継も来ている」
観客席を舞台袖からチラリと見ると、最前列に昔ながらの新聞記者と、選挙ブロガー、地上波メディアとSNSコンテンツ組は半々ぐらい、記者たちはマイクを設置し
SNS発信組はあちこちでスタンドでスマートフォンを掲げている
さらに舞台袖で支援者たちと温かな握手を交わしながら、司会者の説明を聞く、支援者や警備員も興奮している
北斗の心臓は終始ドキドキし、今や頭の中はまっしろだ、恐怖でしかない
しかしここまで来たら開き直るしかない、もともと格好つけたり、見栄を這ったり出来ない性分だ
アリスは真っ青な顔でステージの隅に、貞子達と立ってこちらを見ている、こんなことは早く終わらせたかった
彼女と真っ裸でシーツにくるまっている、自分を想像する
よし・・・・落ち着いてきたぞ
群集の歓喜は北斗が演題に登場すると最高潮になった、北斗はその声援に感動して、ありがたみを噛み締めた
顔をあげ、笑みを浮かべる
沢山の北斗の青いウチワがあちこちでパタパタされている
一人の政治家が自分達を幸せにしてくれると、思っているのだろう、恐ろしい話だ、自分にはそんな力はない
北斗が演題の位置につき、スポットライトを浴びる
照明が笑顔を強調してくれる、思いもがけない人々からの圧倒的な支援に、感極まって立ち尽くす
ドキン・・・・ドキン・・・
熱狂している人々の拍手は鳴りやまず、北斗はそんな彼らを歓迎する様子を見せ、このイベントのすべてを熱気が最高潮に達してる瞬間を感じる
ふ・・・震えるなっ!
しっかりしろっ!
北斗は深呼吸して自分自身を奮い立たせる
照明が眩しくて、一人一人の顔は良く見えない、それでも知った顔が観衆の中であちこちで目に付く
最前列で報道陣のフラッシュを雨のように浴びる
やっと聴衆の興奮もピークを過ぎたと判断した北斗は、両腕を上げ手の平を聴取にむけた、「今から話すから聞いてください」の合図だ
体を倒してマイクに顔を近づけ、騒ぎが収まるタイミングを計る
アリスは何て言っていた?ジョブズは?オバマは?話し始めて言葉を切るというパターンが、三回必要だと言っていたな
「しっ・・・親愛なる・・・この淡路の皆さん!!」
一回目は全員が北斗の呼びかけに声援と、拍手で呼びかけてくれた、でもこんなこと三回も繰り返すことは出来なかった、さっさと思っていることを言いたい
ゴホン・・・・「え~・・・皆さん・・・こんにちは・・・本日はお忙しい中私成宮北斗の後援会にお集まりくださり・・・本当にありがとうございます・・・ 」
彼はゆっくりステージを囲む三段になっている、小さな人々を眺め回した
マイクのエコーがスタジアムの隅々まで届き、その声は深くどこまでも遠くまで響いた
..:。:.::.*゜:.
舞台袖からアリスはぎゅっと両手を顔の前で組み、祈り続けた
傾きかけた夕暮れの日とスポットライトを浴びる、彼をただじっと見つめていた
スポットライトが彼を照らし、茶色になった髪の輪郭や、彼の横顔の顎や真っすぐな鼻梁を浮き上げらせる
空中の埃や、小さな虫までもがスポットライトに照らされ浮き上がる
アリスの心臓はもう持たないとばかりに、終始バクバクし、冷や汗が背中を伝う
ああ・・・北斗さん・・・・どうか頑張って・・・・
不安な感情がピークになり、もう泣き出しそうになっていた
「実は・・・この日の為に、何日もかけて・・、皆さんにお伝えしたい政策草案を妻と二人で、ずっと考えていました・・・
あまりにもお伝えしたいことが沢山あり過ぎて・・・毎日・・毎晩考えました、でもここに・・・この場に立って・・・皆さんお一人お一人のお顔を拝見しているうちに・・・政策の事ではなく今自分が思っている本当の事を、皆さんにお話したくなったんです・・・」
舌が思うように動かない、掌は汗でびっしょり、喉はカラカラだ、永遠のような静寂のような沈黙が数秒続く
北斗はもう一度大きく深呼吸した
「ここにいる方もご存じの方は多いと思いますが、私は・・・・成宮牧場のアルコール中毒の父親の元で育ちました、周防町の人々はそんな私に親切にしてくれました、学校の先生や・・・集落の人達、その上弟達までみんなお世話になりました、さらに吃音症で対人関係にも不安を抱いていた、思春期の頃・・・助けてくれたのは、学校の恩師とこの町の友人達でした。私は・・・・この淡路の島に育てられました」
聴衆はああ・・自分の生い立ちから始めるんだなと悟り
ひそひそ声や、衣擦れの音さえ聞こえなくなった、ここにいる誰もが真剣に耳を傾けてくれている、その姿勢に北斗は勇気をもらった