私は極めて幸福な人間だ 。
優しい父と母。恵まれた家庭環境。健全な友人関係。教え導いてくれる師。
学校生活は楽しく、部活動も充実していて、家に帰れば温かな食事を摂ることができる。
毎日夢もみないくらいに深く眠り、将来への不安など抱いたこともなかった。
私は幸福だ。
この家に、この国に、この世界に生まれてきて良かったと、心から思える。
私は幸福だ。
身体的にも、精神的にも、社会的にも、健常だから。
私は幸福だ。
そのことを自覚できるだけでも、幸福である。
では、私の弟は?
【窓辺のゼラニウム】
私の弟は、いわゆる知的障害者だ。
もう中学に上がるというのに文字を書くことはおろか、まともに発話することもできない。
今までの私は、そのことについて深く考えず当たり前のものとして生活していた。
何故だろう、何故、弟が一般的な人間であると思い込んでいたのだろう。 他の家庭と比べれば、私の弟は全くもって正常ではないことに簡単に気づけたというのに。
弟が普通から逸脱した存在だということ。
それはずっと前から知っていた。
知っていただけで理解はできていなかったのだ。
「でぃ〜でぃ〜うぁぅぃいぃ〜!!」
弟の声が聞こえる。
その声には、何の意味も込められていないのだろう。
未就学児のように無垢な目で、玩具のバスを見つめている弟。
「うぅぇ!あぁ〜ぃだっだっ!!」
本で坂を作り、玩具をその上で離す。
キィキィと軋んだ音を立てて小さなバスは、頼りなげにタイヤを動かし坂を滑り降りる。
「あぁぁ〜どぅ!んぃひぇっひぇ!!」
どうしようもなく、無邪気で幼く、愚かな白痴。
このまま、時が止まって仕舞えばいい。
弟を見ていると時々そう思う。
私はいずれ成人し、きっとこの家を離れる。
弟も大人になる。
中身は幼い子供のままで。
両親もいつかこの世を去ってしまうだろう。
そうなったとき、弟は一人で生きていけるのだろうか?
「あぉぅぉぉ〜でっで!」
弟がこちらを見つめている。
「お前は、、、」
私は、紛れもなく幸福な人間だ。
「お前は、今、幸せか?」
「うぇぁぅだっぁ〜!!」
満面の笑みを浮かべながら、そう叫ぶ弟。
おそらく、今の言葉を理解できた訳ではないだろうが、この笑顔が守られなくなることだけは、嫌だと思った。
弟は、社会に出て働けるだろうか。
父は、この先も母と弟を養えるだろうか。
母は、弟の世話に疲れきってしまわないだろうか。
このまま何事も無く年を重ねてゆけば、弟は自分達が死んだ後も順当に生き続けるだろう。
そうなってしまえば、弟は独りだ。
身寄りの無い年老いた知的障害者が、独りぼっちで生きていけるのだろうか。
どう考えたとしても、この先の弟の未来が明るいものだとは思えないのだ。
いっそ、
いっそのこと、、、
弟は、生まれない方が幸せだったんじゃないか?
《プロローグ》 白痴の生の行く末は?
ご精読、ありがとうございました⚠︎
コメント
1件
なんですかこれ。こんな凄いものがテラーにあっていいはずないですよ(?)......続きはないんですか?🥹