お母さんから初めて聞かされた事実に、帰省中ずっとモヤモヤすることになった。
家にはお父さんが居るから雰囲気を暗くしたくなくて話題には出さないようにしたけれど、それでもやっぱり気になってしまった。
つまりお母さんは、ずっと幸せだったはずのお姉ちゃんが突然何の前触れもなく自殺したことから、呪われた地、自分たちには合っていない地だと言っているのだ。
本当に誰かの子を妊娠していたとしたらあの夏休み京都へ行く前にそういうことがないと時期的に無理があるし、京都自体は全く関係ないと思うのだけど……。
まあ、そんな客観的事実を言ってもスピリチュアルな世界に熱心なお母さんには届かないだろう。
お姉ちゃんの彼氏にはお姉ちゃんが高校生の時に少しだけ会ったことがある。
一度だけ家に来て私とも少し話したからだ。人見知りをする私はすぐに自分の部屋に駆け込んだのであまり人柄は読めなかったけれど、外見からして絵に描いたような優しい好青年という印象を受けた。
とはいえあの彼氏と大学生になっても関係が続いていたというのは初耳だ。
お姉ちゃんが受験生になってからは恋愛話など一度も聞かないままだった。
てっきり高校の頃の一時的な恋愛で、とっくに別れていると思っていた。
「……何も知らないな、私」
昔お姉ちゃんと使っていた子供部屋のベッドに寝転がってぼんやり天井を眺めた。
お姉ちゃんが溺死した当時、私が受験期の真っ只中だったというのもあるのだろう。
家族は気を遣って私にあまりお姉ちゃんの詳しい話をしなかった。
心の整理がつかないまま推薦入試などもあってどんどん忙しい時期となり、大学に合格し、入学手続きの準備も始まったのでお姉ちゃんのことについて家族とゆっくり話す機会はなかった。
あの日一緒にお姉ちゃんを見に行った京之介くん一家はこの話を知っているんだろうか。
いや、もしかしたら知っているどころか――――とそこまで考えて、その想像を無理矢理払い除けるようにして首をブンブン横に振った。
時系列的に辻褄が合わない。
だってお姉ちゃんは関東の大学に進学したけど京之介くんはずっと京都にいたわけで……いや、でも……。
色々考えすぎて頭が痛くなってきて、起き上がって窓を開け外の冷たい空気を吸い込んだ。
あの時受験生だったことが悔やまれる。
たまにしか帰ってこないお姉ちゃんと、もっとゆっくり話をしておけばよかった。
:
あっという間に一週間弱が過ぎ、二十四日の夜に京都へ戻った。
実家は何もしなくてもご飯が出てくるしお風呂も沸いてるし、家族の有り難みをひしひしと感じながらの帰宅となった。
京之介くんが駅まで迎えに来てくれて、一緒に買い物をしに行った。
お高い店へ行くより家で一緒にケーキとローストビーフを作りたいという意見が一致したので、その材料とシャンパンを買って後はお互い欲しいものをプレゼントし合う流れになった。
とはいえ私はまだ欲しいものが決まっておらず、お店を見ていて何か良いものがあれば買ってもらおうと思っていた。
――TomFordのタバコバニラ。思わず立ち止まってしまった私に、京之介くんも立ち止まる。
「瑚都ちゃん香水とか興味あるん?」
「……いや。」
私は高校生の頃友達に誕生日プレゼントでもらったミニ香水をまだ使い切っていないような人間だ。
そう頻繁に香水を使ったりはしない。
私は綺麗に並んでいる香水の入れ物たちから目を逸らして顔を上げて言った。
「ちっちゃい財布買ってほしいかも。今あるお財布大きすぎてポケットに入らないんだよね」
:
結局お互いにちょっとしたブランドものの新しい財布を買って帰宅し、音楽番組を付けながら一緒に料理をした。
ローストビーフは少し固くなってしまったけれど美味しかったし、チーズケーキも素人二人で作ったにしては上出来なものに仕上がった。
全然シャンパンを開けられない私の代わりに京之介くんが開けてくれて、二人で乾杯して飲んだ。
インスタのストーリーもクリスマス一色だ。
写真を撮るのがうまい鞍馬の、キャンドルが立てられたお洒落なバーのテーブルのストーリーで手が止まった。
カルバドス、ウィスキーという単語だけ何とか読み取れる、謎の言語が書かれたお酒の瓶が並んでいる写真。
その横に置かれた見慣れない太い葉巻煙草を見て、【シガー?】と茶化すような気持ちを込めて送ると、意外にも早く返信が来た。
彼女といるんじゃないのかと呆れるが、私も彼氏がトイレへ行っている間にこれを打っているのだから人のことは言えない。
【ここのバーでだけシガー吸うんだよね】
【よく行くの】
【はたちの頃から通ってるお気に入り】
【なんてとこ?】
【内緒。教えて他の男と行かれても困るもん】
そこで京之介くんがトイレから帰ってくる音がしたのでDMの画面を閉じた。
こたつに足を突っ込んで寝転がっている私の顔を見下ろして京之介くんが笑う。
「瑚都ちゃんもう酔ってもうたん?」
「まだ酔ってないよ」
「顔真っ赤やで」
「顔が赤いだけ」
こたつの中から両手を広げて京之介くんを待つと、京之介くんもこたつに入ってきて私を抱き締めてくれた。
「京之介くん~好き~」
「知ってる」
「分かってないよ。京之介くんが思ってる百倍は好きなんだよ?」
「やっぱ酔うてるやろ」
「好き好き~」
「瑚都ちゃん酒弱いから張り合いないなぁ。もっと頑張ってくれんと」
「京之介くんにはそりゃ勝てないよ」
京之介くんはお酒が強く、いくら飲んでもけろっとしている。
酔えない体質なのだと自分でも言っていた。
私とは違い全然酔っていない京之介くんを抱き締めていると、その安心感と温もりでついウトウトしてしまう。
「寝ようとしてるんちゃうやろな」
「んー…………」
「瑚都ちゃん?俺もうちょいイチャイチャしたいねんけど」
シャンパンは飲みやすい分いっぱい飲んでしまってすぐ酔うと京之介くんが言っていたのは本当だと思った。
「クリスマスやで?」
「…………」
眠気に呑まれて返事ができなくなってきた。
「……寝よった。」
「……」
「……かわい、あほ面やなあ」
京之介くんが私を抱き締める腕に力が入り、本当に愛しい生き物を抱くように私の髪の匂いを嗅いでくる。
「瑚都。……瑚都ちゃん。こんなこと言う権利、俺にないん分かってるんやけど」――そう言いながら、京之介くんが私に擦り寄る。
「――――……他の男と寝んで、」
そう言われたのが夢の中なのか現実なのか、私には分からない。
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