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──アバロンオブラグナロク城、貴族街の屋敷。
「やっぱり私って最高に可愛いわ」
大きな鏡の前で、萌香はくるっと回ってスカートの裾をふわりと広げた。鏡の中には、茶色のロングヘアを軽く巻いた美少女が映っている。耳元で揺れる銀のハートピアスが、部屋の光を受けてきらりと光った。
「ふふっ、これなら今日の旦那様の機嫌もバッチリね!」
萌香はクローゼットの奥からお気に入りの香水を取り出し、手首にひと吹き。
──こんな生活、前の私からしたら考えられなかったわね……。
彼女の頭に、一瞬だけ転生前の記憶がよぎる。高校時代、些細なことで陰湿ないじめを受けていた。無視、悪口、机に書かれる落書き。あの日、階段で背中を押され、気づけばここにいた。
「でも、もう関係ないわ。今の私は貴族の嫁。何不自由ない生活を手に入れたんだから。」
──でも……本当にそうなの?
鏡に映る自分の顔をじっと見つめる。負けず嫌いなこの性格は昔から変わらない。けれど、ここにきてから、貴族社会のルールに縛られることも多かった。
「……まぁ、いっか。貧乏よりはずっとマシだし。」
軽く髪を整え、部屋を出ようとしたその時──
「奥様! 急ぎの報告がございます!」
メイドが息を切らしながら駆け込んできた。
「なによ、騒々しいわね。私、今最高に可愛い気分なのよ?」
「そ、それが……魔物討伐隊が全滅したと……」
「……え?」
萌香の表情が凍りつく。
「討伐隊って……昨日、旦那様の命令で派遣された精鋭部隊でしょう?」
「は、はい……ですが、魔物が想定よりもはるかに強く、全員……」
メイドの声が震える。
「嘘……でしょ……?」
今まで他人事だと思っていた“アバロンオブラグナロクの闇”が、ついに自分まで迫ってきたことを、萌香は初めて実感した。
「ま、まさか……うちの旦那様は?」
「……それが、まだ行方が分かっておりません……」
ドクン、と萌香の心臓が大きく跳ねる。
「……ッ!」
考えろ。何か手を打たなきゃ。今ここで泣き崩れても、誰も助けてくれない。
「……サブを探してきて。」
「え?」
「アイツ、勇者なんでしょ? 気に入られてるし、何とかしてくれるかもしれないわ。」
メイドは戸惑いながらも、すぐに動き出した。
萌香はドレッサーの前に座り、震える手で髪を整える。
「……負けるもんですか。」
たとえどんなに怖くても、私は貴族の嫁。この世界で生き抜くために、できることをするしかない。