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「な……な……!!」
右京が思わず後退る。
「くっそ……!」
スキンヘッドの腕に齧りついたまま、蜂谷も窓の外の男たちを睨む。
「はは……はははははは!!」
多川が笑う。
「残念だったな、蜂谷!!」
デカい腹を抱えながら笑っている。
「奈良崎さんの人徳だなあ!こんなにたくさんの人が祝いに駆けつけてくれるなんて!!」
バリン!!!
外にいた1人が金属バットでガラスを割った。
「―――バット?」
蜂谷は眉間に皺を寄せた。
胸元にナイフを忍ばせているのはまだわかる。
しかし、放免祝いなのに、バット……?
と男たちは窓に飛び乗ると、次々にホールに入ってきた。
全員、手にはバットを持っている。
「―――んん?」
多川もその異様さにやっと気づいたらしく、眉間に皺を寄せる。
男たちの先頭にいた、ひときわ身体の大きな男が、後ろから迫ってきた先ほど右京が回し蹴りを喰らわせた男に向かって、バットを振り回した。
「うがあ!」
腰を打たれた男がホールにのたうち回る。
「―――――?」
多川がそれを見ながら眉間に皺を寄せる。
もう一人窓を飛び越えてきた男が蜂谷の方に真っ直ぐ向かってくると、同じくバッドを振り上げ、今度はスキンヘッドの男の手首めがけてそれを振り落とした。
「―――あ!!」
ナイフが床に転がり、蜂谷が慌ててそれを拾い上げると、頭上に風が起こった。
スキンヘッドの男が、後ろの男たちに倒れこむ。
さらに男が振り落としたバットがスキンヘッドの男の太腿を打ち付け、男は悲鳴を上げた。
「…………!」
蜂谷は顔を上げた。
―――この男……。どこかで……?
「奈良崎ってやつがどんなに偉いのか知らないけどさー」
振り返ると、窓の外に似合わない柄シャツを着た美青年が立っていた。
「うちの会長拐うなんて、百万年早いんだよ」
言いながら長い脚で軽くまたいでホールに降り立った。
「……現役運動部の筋肉と体力、ナメんなよ」
その横に、ひときわ大柄な男が、やけに小さく見えるバットを肩に担いで、同じく窓を飛び越えてきた。
「え。おたく現役引退してからだいぶ経つよね?」
美青年が笑いながら振り返る。
「うっせえ黙れ」
大柄の男が睨み返す。
「―――お前ら……」
右京も口を開けている。
その顔を見て二人は微笑むと、
「会長を返してもらおうか!」
多川を睨みバットを翳した。
「よかったな。現役ではできなかった予告ホームランができて」
サッカー部を引退した3年生、33人を連れた永月がおどける。
「お前の場合は中指立てる方が似合ってるぜ」
野球部を引退した25名を連れた諏訪も笑う。
「なんなんだ、お前たちは……!!」
計58人を引きつれた2人は、一気にホールに走りこんできた男たちに向けてバットを振り回した。
◆◆◆◆◆
誰が誰だかわからないほど入り乱れたホールの真ん中で、ナイフを持ったままの蜂谷と、右京は座りこんだ。
あちらを見てもこちらを見てもバットやナイフが振り回されていて、立ち上がることもままならない。
そのとき、
「会長~!」
小さな声が響いた。
右京が振り返ると、先ほど諏訪たちが割りながら入ってきた窓から、学生服を着た見慣れた顔がのぞいていた。
「結城……!!」
乱闘の間を這うように進む。
やっとのことで窓まで行くと結城と清野と、加恵まで一緒にいた。
「今の隙に逃げましょ!」
結城が右京の手を引き上げる。
「―――さんきゅっ!」
右京は素直に手を伸ばし、窓枠に足を付けた。
「あいつら、なんであんな格好してんの?」
呆れた蜂谷を加恵がにんまりと笑う。
「演劇部の衣装よ」
「ああ……。なるほど」
蜂谷も窓を飛び越える。
「行きましょう!逃げたら警察に駆け込めって諏訪君から言われています!」
清野がすっかり暗くなった植え込みを懐中電灯で照らした。
「――――!!」
その光に男の顔が浮かび上がる。
「―――!?」
スーツ姿。
刈られた短い髪の毛。
敵か?味方か?
「えーと。これはどういうこと?」
男は清野が向けた懐中電灯の光をずらすと、生徒会のメンバーを睨んだ。
「なんでガキどもがいんの?」
「――――!」
気づいた蜂谷が右京を自分の後ろに隠す。
「なんか知らんけど。うるさいね」
男が笑い、後ろに並んでいた数人の男が笑う。
「静かにさせよっか」
言うと男は胸元からおもむろに銀色に光るソレを取り出した。
「――――!!」
5人が固まる中、男はそれをホールのシャンデリアめがけて撃ち放った。
乾いた銃声の音がホールに響く。
「奈良崎さん!!」
中で乱闘を繰り広げていた多川が叫んだ。
「そ、そいつら捕まえてください!」
「えー?こいつらー?」
色白のこぎれいな男は、生徒会メンバーをつまらなそうに見下ろした。
「よくわかんないけど、とりあえず入れとこっか」
言うと後ろにいた男たちが一人ずつ捕まえて窓から抱え入れた。
再びホールに転がった右京は、大急ぎでスカートのままホールに転がった加恵を庇うようにしゃがみこんだ。
その前に蜂谷が立ちはだかる。
もちろん、奈良崎に見えないように。
「これは一体―――」
奈良崎が首を回しながら紅白幕は破け、じゅうたんに血が飛び散り、男たちが複数倒れているホールを見回す。
「どゆこと?」
言いながら、拳銃を多川に向ける。
「あ、あのこれは……。放免祝いをしようと思いまして」
「うん、それで?」
革靴は薄いじゅうたんの上でも小気味の良い音を響かせた。
奈良崎はツカツカと多川の目の前まで来ると、その額に銃口を突き付けた。
「あ、あの、奈良崎さんにプレゼントを贈ろうと」
「うん、それで?」
先ほどと寸分の違いもなく同じ質問を繰り返す。
多川のこめかみから汗が垂れ落ちる。
「あ、かい悪魔を……」
「んん?」
奈良崎の視線が多川を突き刺す。
「赤い悪魔を、なんだって?!」
グリグリと銃口が多川の額にめり込み、そこから血がにじみ出した。
「俺の前でその名前を口にしたら殺すって、弟から聞かなかったか?」
「き、聞きました……けど、俺……!」
「けど何?」
奈良崎はその額から銃口を外し、多川の太腿に向けて撃ち放った。
「う…あああああああ!!」
多川がその場にのたうち回る。
「――――!」
蜂谷は奥歯を噛み締めた。
―――奈良崎。多川に毛が生えた程度の男かと思っていたが、想像のはるか斜め上を行く異常者だった。
蜂谷は辺りを見回した。
窓の前には奈良崎が連れてきた4人の男たちが立っている。
右京は加恵を守ろうと彼女の前を離れようとしない。
諏訪も永月も駆けつけるには距離がある。
―――このままじゃ……。
「あ、かい悪魔を……!」
のたうち回り、額から滝の汗を掻きながら、多川が必死に奈良崎を見上げる。
「赤い、悪魔を……!!捕らえたんです……!!」
「はあ?」
奈良崎は眉一本、動かさないまま多川の前にしゃがんだ。
「赤い悪魔を?」
「はい……!!」
「お前があ?」
「……はい……!!」
「―――マジか……」
奈良崎は多川の襟首を掴んだ。
「なんだ、それを早く言えよ。ちょこっとイラついちゃったじゃん?」
笑いながら多川を見下ろす。
「すげえな。誰に頼んでも無理だったのに」
「へ、へへ」
多川が無理に笑顔を作る。
「な、奈良崎さんに喜んでいただきたくて、頑張りましたよ……!」
「そうなんだー。ういやつ、ういやつー」
言いながら奈良崎は立ち上がった。
「それで?どれ?」
辺りを見回す。
バットやナイフを持ったまま微動だにしない男たちを見回すと、うーんと唸った。
「いっぱいいすぎて、わかんないや。どれ?多川」
多川が軽く周りを見回し、蜂谷の顔を見つける。
そして顔をずらし右京を見つけると、こちらを指さした。
「そこです!茶髪の後ろに隠れてる!」
奈良崎が振り返った。
―――まずい。
蜂谷は奈良崎を睨んだ。
まずいまずいまずいまずい……!
「―――おい…!!」
遠くで諏訪が叫ぶ。
「待てよ、こら……!」
永月が凄む。
しかし奈良崎は足を止めることなくこちらに向かってきた。
蜂谷は彼の前に立ちはだかった。
「―――お前は?」
奈良崎が口元だけで微笑む。
「蜂谷グループの次期後継者だ」
蜂谷は奈良崎を睨み上げた。
「―――金でも、企業でも、何でもする。見逃してくれ……!」
奈良崎は首を傾げて蜂谷を見下ろした後、ふっと笑った。
「ごめんね。俺、富も名声も、興味ないんだー」
言うと僅かに体を前に倒した。
そして次の瞬間、拳銃を蜂谷の顎めがけて振り上げた。
「グッ!!」
蜂谷が顔を仰け反らせると、奈良崎はその腹に革靴をめり込ませながら蹴り飛ばした。
結城と清野の間に転がった蜂谷に、二人が縮み上がる。
「蜂谷!!」
右京が蜂谷に駆け寄る。
「―――右京……」
動かない顎を必死に動かし、呼吸ができない腹で必死に声を出す。
「逃げ……ろ……!」
「奈良崎さん!!!そいつです!!右京賢吾!!!そいつが赤い悪魔の正体です!!」
奈良崎が唾を飛ばしながら叫ぶ。
「んー?」
右京の髪の毛が奈良崎の手によって掴み上げられ、
「ほう」
チャッと音がして右京のこめかみに銃口が突き付けられる。
「……くそっ!」
諏訪が走り出す。
「右京!」
永月もスタートを切る。
―――だめだ。間に合わない……!
蜂谷は目の前で吊り上げられた右京の後ろ姿を見つめた。
―――誰か……!
誰かあいつを……!!
「……うーん」
静まり返ったホールに奈良崎の声が響いた。
「……多川?」
奈良崎は右京に銃口を突き付けたまま振り返った。
「誰?この子」
拳銃が――鳴り響いた。
「右京……!!」
頭を吊り上げられていた右京の身体が、蜂谷に降ってきた。
「右京!!」
蜂谷はその身体を抱き留めた。
こんな至近距離でこめかみを撃たれたら……
「―――え?」
蜂谷は右京を見下ろした。
彼は大きな目をきょろきょろと動かしながら、蜂谷と奈良崎を見比べている。
――生きてる。
――生きてる!!
「……じゃ、今の銃声は?」
上体を起こした右京と蜂谷は同時に窓を振り返った。
「松が岬署だ」
窓枠に拳銃を構えたスーツ姿の大柄な男が立っていた。
その後ろには無数の警察官たちが並んでいる。
「全員動くなよ」
大柄な男が窓枠を軽々と超えると、奈良崎の前に立った。
「19時20分。銃刀法違反の現行犯で緊急逮捕」
「……短いシャバだったなあ?奈良崎」
「ふふ。そうだな……?」
口の端を引き上げた奈良崎は、持ったままの銃口を静かに大柄の男に向けた。
「危ない……!」
蜂谷が叫ぶのと、銃声が鳴り響くのは同時だった。
本能的に右京に覆いかぶさりながら片目を開けると、
「ぐっ……ぁああ……!」
奈良崎が血だらけの手を抑えながら座り込んでいた。
「そんな角度で弾なんて当たるか、馬鹿が」
大柄の男が鼻で笑いながら腕時計を目の前に翳した。
「19時21分。殺人未遂の現行犯で緊急逮捕」
静まり返ったホールには、奈良崎の手首にかかる手錠の音が、ガチャンと冷たく響いた。