冷たい風が吹き、エルバートの麻紐で一つにくくった銀髪が微かに揺れる。
超えた先は奇妙なまでに美しい花畑と湖が広がり、隠れ家、そして少女達の姿が見えた。
エルバート達は少女達の元まで駆けて行く。
帝都郊外の村の少女達のようだ。
逃げなかっただけマシだが、怯えているな。無理もない。
「神隠しに合った者達か?」
エルバートが問うと少女達は頷く。
「そうか。私はアルカディア皇国のルークス皇帝に仕える軍師長、エルバート・ブラン。魔を討伐しにきた」
「え、あなたが噂の救世主のエルバート様!?」
三つ編みを一つに束ねた少女が声を上げると、キャー! と甲高い声を少女達は出し、一斉にエルバートを囲む。
「エルバート様が助けに来てくださった!」
「よかった! よかった!」
「一ヵ月以上前からずっとここで生活してたけど、やっとやっと帰れる」
三つ編みを一つに束ねた少女に続いて少女達が言い、少女達全員涙ぐむ。
「いつの間に救世主になったんですか? 軍師長はどこでもモテモテですねー」
「この浮気者」
カイとシルヴィオがそう言い、エルバートは殺気をふたりに送る。
するとふたりは黙り、ディアムが苦笑いする。
(一ヵ月以上前となると、ルークス皇帝が魔の姿を見かけたとの情報が入ったと私に魔祓いの任務が下った時にはすでに神隠しに合っていた可能性が高いな)
「魔の姿は見かけたか?」
エルバートが更に問うと、魔はこの先の世界を統べる神樹(しんじゅ)がある場所にいると聞き、
エルバートはグランドール達と共に歩みを進める。
その後、しばらくして草原に足を踏み入れ、神樹がある場所に到着すると、先程まで昼間だったのに、なぜか夜になっていた。
この場所はどうやら時間の経ち方が違うらしい。
そう思った時だった。
今までに感じたことのない邪悪な気配を再び感じる。
エルバート達の身体が強張り、動きを封じられ、神樹から魔の影が見えた次の瞬間、目の前に姿を現した。
白髪が肩に少しかかった色白で整った顔立ちのまるで人の青年のようなアンデットの魔。
フェリシアより2、3歳下といったところか。
魔は夜空の大きな月を見上げる。
すると魔の背丈が徐々に伸びていき、巨大化していく。
周りの星々は消滅していき、
大きな美しき月は冷たさを帯びて青く変化し、
魔の身体は透けていき、黒き模様が描かれ、
両眼は青黒い光で満たされ、
邪気で出来た両翼が背から伸び、広がる。
その異形な姿はまるで、世界を統べる魔神のようだ。
これが前皇帝を殺めた魔の本来の姿か。
魔はエルバート達の動きの封じを解き、流星群のように魂の炎を放つ。
エルバート、クランドール、ディアム、アベル、カイは鞘から剣を抜き、シルヴィオは銃を取り出し、
クランドールの部下4名は片手を夜空に向け、祓いの力で魂の炎を浄化していく。
「これより、策を実行する!!」
クランドールがそう叫ぶと、
援護用意! とディアムが声を上げ、
ディアムに続き、アベル、カイがエルバートとクランドールを援護し、
エルバートとクランドールは前進していく。
そして目の前の魂の炎を互いに剣で斬り浄化した瞬間、
ふたりは合わせるように剣を横薙ぎにし、
祓いの力を流すように剣の峰を片手でスッと撫で、剣を持つ腕を引き絞り剣先を魔に向け、両足を前後に開き、
剣から祓いの力を2人同時に魔の身体に向けて放った。
その直後、魔の身体は貫かれ、穴が開き、魔はよろける。
しかし、クランドールに目線を向け、邪気で出来た右翼を刃のように変形をさせて伸ばし、引き裂こうとした。
「クランドール閣下!」
エルバートは叫び、クランドールを庇う。
その瞬間、エルバートは左肩を斬られ、ディアムの自分の名を呼ぶ悲痛な声が響き渡ると共に地面に崩れ落ちる。
右手からルークス皇帝より託された剣が放れ、
銀の長髪を一つにくくる麻紐がほどけ、長髪が流れた。
すると左肩から魔の一部が入り込み、心ヲ手放セと魔の声がエルバートの精神に響き渡る。
このまま乗っ取られ、果てる訳にはいかない。
「手放すものか」
エルバートはそう言い、精神支配を祓いの力でなんとか食い止め、抗い、魔を体から排除し、剣の柄を再び右手で握り、立ち上がる。
亡き前皇帝の無念を晴らし、
フェリシアの元に必ず帰る。
そして、
(私はフェリシアに想いを告げる)
* * *
ブラン公爵邸の部屋のベットで横たわるフェリシアは、はっとしてベットから上半身を起き上がらせる。
なんだろう、胸騒ぎがする。
(昨日倒れたせいで、リリーシャさんにはガミガミと叱られ、ラズールさんには部屋で絶対安静だと、教会に通うのを禁じられ、教会にはもう行けなくなってしまった……)
けれど祈ることはここでも出来る。
フェリシアはエルバートの無事を祈る。
すると、バンッ! 物凄い音が窓から聞こえた。
(え、何!?)
フェリシアはベットから降り、恐る恐る窓に近づいて行き、カーテンを開ける。
軍服姿の優しそうな青年が浮かんでいた。
その青年はアベルに瓜二つで、フェリシアは驚く。
(アベルさん……? でも、ここにいるはずは……)
そう疑問を抱くも、アベルの口の動きで、アベルの式神だと名乗った事が分かり、ここまで飛んできたのだと理解したフェリシアは窓を開ける。
するとアベルが中に入って来た。
「フェリシア様、急ぎ伝えたく飛んできました」
「エルバートの軍が魔の神隠しに合い」
「エルバートはクランドール閣下を庇い、左肩を負傷し、精神支配を祓いの力で逃れ戦っているものの、魔の支配に何度も合い、窮地に立たされています」
フェリシアは両目を見開く。
(ご主人、さま、が?)
「エルバートには怒られると思いますが、祓いの力も、身分も関係なく」
「今のエルバートにはフェリシア様が必要です」
「フェリシア様、エルバートに命を懸けられる覚悟があるならば、袖を掴んで下さい」
(ここへ訪れる初日から、ご主人さまに尽すことを心に強く誓っている)
だから命を懸けられる覚悟ならすでにある。
そして、今は何よりも、
(ご主人さまを助けたい)
フェリシアはいても立ってもいられず、右手を伸ばし、アベルの式神の軍服の袖をぎゅっと掴む。
「命なら懸けられます。わたしをご主人さまの元へ連れて行って!」
フェリシアが叫んだ瞬間、カーテンが浮かび上がり、 蜃気楼のように部屋の景色が揺らめいた。
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