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一度でいいので…

107 - 第107話 一度でいいので…俺を抱いてください!

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2024年07月21日

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「あはは。よかった、飼い主がいた~」

猪尾が安堵のため息をつきながら、自分のジョッキを持ち上げて、篠崎のために席を譲り、自分は正面の渡辺の脇に移動した。

「篠崎さーん、よろしくお願いします~」

渡辺は今度はアサリの酒蒸しに箸を伸ばしながら首で会釈してくる。

篠崎はだんだん熱くなってきた瞼を擦りながら新谷を睨んだ。


「……お前な。酔っ払うと見境なくなんのか?」

他の人には聞こえないように声を潜めながら、数秒前に猪尾の腕を触った手の甲をパシリと叩く。

「いてっ」

新谷は叩かれた手を擦りながら篠崎を上目遣いに見つめてくる。


(こいつ……)

顔は赤く染まり、目は潤んでいる。

(女に生まれてきたら、それこそ身体がいくつあっても足りなかったんじゃないか?)

「お前さ、ある意味男に産まれてきてよかったよな……」

呆れながら言うと、言われた新谷は視線をテーブルに戻した。

意味は伝わってないだろうが、別に説明する気もなく、篠崎は自分のジョッキを傾けた。


(しかし酔っ払ったときこそ、こいつの本性が出てるんだとしたら……)

自分のジョッキを持とうとして猪尾に止められている新谷を見る。

(酔って男に触ったり、誘惑しようとしたり。こいつって本当に生まれながらのゲイなんだな)

妙に感心して、改めて部下を見る。


癖のないストレートな髪に、主張のない女装をさせたら似合いそうな顔、白い肌に華奢な身体つき。

背も高くなく、筋肉も付いていない細い手足。


……だが、どこからどう見ても、男だ。


(ゲイ……ホモ………同性愛者………)


自分の人生でほぼ縁のなかった言葉が篠崎の頭の中を駆け巡る。


(こいつも千晶ちゃんさえいなければ、一生ゲイの道を進んでいたんだろうか)


無論、パートナーが見つかるなら、別にゲイだってストレートだって同じだ。

理解し合えて、互いに必要だと思える存在がいるということに、異性・同性の垣根はない。

子供ができるできないは、その次の話で、世間体や、親親戚の話はまたその先にあるべき話だ。


男女でさえ、異性でさえ、本当に分かりあって、それこそ死が二人を分かつまで、一緒にいられるなんて、稀なことだ。

「この人なら」と決めて結婚した相手ですら、今や離婚率50パーセントだというのだから。


だが、きちんと相手を想い合えて、幸せに過ごせるなら。

もしそれが同性だったとしても……。


(別にいーんじゃないのか?)


ジョッキの中身を飲み干すと、座敷のそばで、こちらを見ていた若い女性店員にジョッキを掲げて見せる。

彼女はまるで篠崎にそうされるのを待っていたようにピンク色に頬を染めると、いそいそと厨房に入っていった。


「はい、新谷くーん、酒だよー!焼酎0、水10の酒だよ~」

猪尾にグラスを渡され、大人しくそれを飲んでいる新谷に目を戻す。


(まあこいつに関しては、千晶ちゃんという彼女もいるんだから、ゲイ寄りのバイなのかな)


改めて新谷の身体を見る。

(……こいつ、彼女とヤッてんのかな……。いや付き合ってんだから、ヤッてんだよな…)

不埒な想像が頭をかすめる。

しかしくねる千晶の裸体は想像できても、それを愛撫する新谷の姿はどうしても想像できない。

(…………うーん)


先ほどの女性店員が、両手でジョッキを持ってきた。

礼を言って見上げると、すでに置いてあるのに、意味深にペーパーコースターをもう一枚渡してきた。

こういうことには慣れているので、とりあえず受け取ると、女性店員は小さくお辞儀をしてから、奥のテーブル席の方へかけて行ってしまった。


誰にも見られないようにテーブルの下で裏返すと、やはり電話番号とコミュニケーションアプリのIDが書いてあった。

ため息をつきながら、それをポケットにしまうと、また目を戻す。

大人しくコップの水を飲み終えた新谷は、少しぼーっとしながらも、篠崎の視線に気づいてこちらを見た。


(ああ。この目つきどっかで見たことあると思ったら……)

篠崎は目を細めた。

(紫雨の地盤調査のあと、車で乗せ帰ったときだ)

泥酔した新谷を、自分のアウディに乗せた時だ。


彼はむくりと起き上がり、無理矢理顔を引き寄せてキスをすると、股間に顔を埋めようとしたのだった。

(酔っ払うとこいつ、誰でもよくなるんだな)

心底呆れてため息をつく。

そのせいでこちらがどんなに心を乱されたかもこの男はわかっていない。いや、きっと未来永劫わかることはない。


『なんだ。続き、してくんねえの?』


新谷の艶を含んだ声を思い出す。

(もしかして、こいつ、酔っ払って覚えてないと言いながら、紫雨にされたこと覚えてんじゃねえのか?)

一つの疑問が脳を掠める。

(案外、酔っ払って、ノリノリで相手してたりして……)


『あ……紫雨リーダー、だめですよ……。林さんが待ってるんですから……』


唇を吸われ、舌を絡められる合間に、新谷が紫雨にしがみ付きながら言葉をつなげる。


『だって新谷君、そんなんで戻れないよ。ちょっと体冷ましてから行こうよ』


紫雨が慣れた様子で新谷のサラサラの髪の毛を撫でながら、もう一つの手を股間に回す。


『で、も。俺……彼女、いるし……』


紫雨は、なんだそんなことか、と言いたげに微笑む。


『いーよ、いたって。男同士なんて浮気に入らないでしょ』


『え。でも、あ………』


『ほら、硬くなってる』


勝ち誇ったように紫雨が微笑むと、その手は新谷のベルトにかかる。



そのまま器用にそれを外すと、紫雨の頭は新谷の股間に沈んでいき………


ボキッ。


篠崎は握っていた割り箸を真ん中から折った。


千晶との情事は全く想像できなかったのに、紫雨との濡事は安易に想像できる自分に腹が立つ。


それに……。


『紫雨さんの顔、思い出したら………!!』


先日、笑い転げた新谷の笑い声を思い出す。

時庭展示場で過ごした日々の中でも、あんなに大声で笑ったのを見たことがない。


(もしかして、こいつら……)


そう考えると、あんなに時庭のメンバーに懐いていたように見えた新谷が、一言の抵抗もなく天賀谷展示場に配属になったのも、原因はわからないが、紫雨のせいで負った怪我を篠崎に隠そうとしたのも、激昂した客を前に、紫雨を庇ってかわりに殴られたのも、全て説明がつく。


(こいつと、紫雨がねえ…)


長考している間にすっかり温くなってしまったジョッキを持つと、その指を追うように新谷がこちらを見つめた。


「……なんだよ」

ちょっと棘のある言い方で言うと、新谷は潤んだ目でこちらを見上げてきた。

「マネージャー、本当に今まで、ありがとうございました」

まだ脳裏にチラつく紫雨との濡事のせいで、言葉通り素直に胸に落とし込めない。

「ああ。あっちでも頑張れよ」

「はい……」


モジモジと、新谷が男にしては小さくて白い手を出してくる。


(……まあ)


篠崎は息をついた。


(こいつがゲイだろうと、紫雨と関係をもとうと、数か月間一緒に戦ってきた仲間であることには変わりはない。

こいつに教えられたことも多々あったしな)


要らない感情を取り払って、篠崎はその弱々しい手を力いっぱい握った。


「あっちに行ってもお前はお前だ。信念を貫けよ!」


「……はい」


新谷の大きな目から涙が一粒、そしてもう一粒流れ落ちてくる。


「おい、泣くな。男だろ!」


(ゲイだけど)


心の中で突っ込みながら篠崎は笑った。


いつの間にかこちらに耳を澄ませていた他の4人が拍手をする。


しかしその音もろくに聞こえていないような新谷は、もう一度こちらを見つめると、まるで懇願でもするように、篠崎の手を握り返しながら言った。


「篠崎さん。一度でいいので……俺を抱いてください!」


バシン。

ドカッ。

ガツン。

篠崎の平手打ちと、渡辺と猪尾のゲンコツが同時に新谷の頭にヒットし、彼は両手で頭を抱えて項垂れた。


腹の奥から笑いが込み上げてくる。

他のメンバーも吹き出した。


まだ頭を抱えて涙目になっている新谷の頭を手ごと撫でながら、篠崎は笑った。


(こいつは、大丈夫だ。俺がいなくても。周りを巻き込みながら、真っ直ぐな道を切り開いていける奴だ)


篠崎は心から安心して、残りの酒を飲みほした。



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