注意書き
・R-18はありません。ご了承ください。
・日本さんが…ってお話です。
・大体はイタリア視点。
・日帝さん=陸上自衛隊
・流血、暴力表現等注意してください。
・これは前編です。
地雷さんはご自衛ください。
では本編Go。
『日本が事故に遭った』
そう聞かされ、真っ先にioたちは仕事を早退して病院へと急いだ。
丁度駅前に泊まっていたタクシーにドイツとioとで乗り込み、日本が運ばれた病院の名を告げて出来る限り急ぐように運転手に頼み込んだ。
タクシーは走り出し、ioはひたすらに祈っていた。
(日本、日本…ッ!!!)
嗚呼、もしも、日本が死んでしまったりなどしたら。
ioたちは、一体どうしたらいいの?
現代の枢軸国として、ioたちは何ができる?
…どうすれば…
「焦るなイタリア。…日本はまだ生きてる、医者に賭けるしかないだろう」
深い深い、真っ暗な思考へと陥っていた時。
ドイツのその声で、光の方角へと引っ張り上げられた。
こんな時でもドイツは冷静だった。
ioは頬をぺちんと叩かれ、少しだけ冷静に戻る。
…そうだ、考えていたって…ioたちが何かできるわけでもない。
どうか、日本…
無事でいてくれ…
病院へとたどり着いた時、日本とは面会謝絶だと言われた。
「な…なんで…?」
「今日本さんは手術を終えた直後でして…まだ目も覚めておりませんので、まずはご家族が到着してから他の肩の面会が許可される形になります」
医者はどこまでも冷静だった。
日帝が来なければ日本に会えない。
ioは携帯を取り出し、日帝の連絡先を表示してボタンを連打した。
1コール、2コール、3コールと、コール音が鳴り続ける。
何コール待っても、日帝は出ない。
「…出てくれって、日帝…!!」
君が来ないと、僕たちは日本に会う事すらできないのだから。
30分ほど待って、ようやくバタバタと足音が聞こえてきた。
日本の病室の前でずっといらいらとしていたioは、思わず舌打ちが出そうだった。
自分の後継の国が事故に遭ったというのに30分も遅れてくるなんて、って思ってしまったから。
「遅い、にって━━━…」
そう、文句を言おうとしたときだった。
「…悪い、イタリア、ドイツ…………」
そこに居たのは、紫紺の制服を乱して荒く呼吸し、胸元を押さえて必死に呼吸を繰り返す日帝だった。
顔には大きなガーゼを貼り、袖から伸びる手には痛々しい絆創膏や包帯。
それは、必死に鍛錬を繰り返す、自衛隊ならではの傷跡だった。
(…あ………)
思考が正気に戻ったような感覚がした。
そうだ、日帝は今は陸上自衛隊。
毎日毎日、祖国の為に精鋭の育成に尽力している。
過酷な環境下でも十分なパフォーマンスを発揮できるように訓練し、その全ての指揮を担うのが日帝だった。
「…ッ、ごめん、日帝。焦った」
「いや、大丈夫だ…私も、遅くなってすまない」
日帝が疲れ切った表情で頭を下げたかと思えば、すぐにその表情は真剣なものへと変わる。
「…すまない、看護師さん。私はこういう者で…日本の血縁者だ。入ってもよろしいか」
「…ふむ、わかりました。後ろの方々も日帝さんと一緒なら入室可能です。ただまだ日本さんは眠っていらっしゃいますので…」
「嗚呼、きちんと配慮する…ありがとう」
日帝が頭を下げて、一息深呼吸をする。
おそらく、日帝も怖いのだ。大切な家族がいきなり事故に遭っただなんて。
だって、親友であるioたちですらこんなにも怖いのだから。
ガラ、と思ったよりも軽い音で扉が開いた。
「日本ッ…!!」
開いた瞬間、日帝が病室の中へと駆けこんだ。
中のベッドは一つだけでカーテンが引かれ、肝心の日本は見えない。
日帝は音を極力鳴らさない様に、それでも慌ててカーテンを除けた。
「………」
そこに居たのは、全身包帯を巻かれた日本の姿だった。
「日本……」
変わり果てた親友の姿に思わず絶句した。
酸素マスクを取り付けられ、一切動かないまま静かに呼吸を続ける日本の姿。
痛々しいなんて言葉じゃ足りないくらい、日本は傷だらけだった。
「……すまない、やっぱり私が…私が、迎えに行けば…」
日帝がベッドに縋りついたまま、自分を責めるように独り言を言った。
「…日本………」
ioが取り乱しかけた時冷静に引き戻してくれたドイツですら、日本の姿を見て頭が真っ白になっているらしかった。
でも、ioはどこか冷静だった。
「…なんか、飲み物買ってくる」
「イタリア、飲み物ならここに…」
ioは二人の返事を聞くこともせず、すぐに病室を出た。
どうしてもこれ以上、日本の姿を見ていられなかったから。
(…あんなに、さ…)
(あんなに酷いなんて、聞いてないよ…)
看護師さんの話によれば、日本は猛スピードで迫ってきたトラックに撥ねられたらしい。
トラックの運転手は居眠り運転。ドライブレコーダーに残っていた日本はしっかりと歩道を歩いていたので、今回の事故は10:0で相手が完全に悪い。
なのに、相手のトラック運転手は全くの無傷で済んだらしい。
(…なんで日本は何にも悪くないのにあんな大けがして…なんで加害者の運転手は無傷なの…?)
この世界は、あんまりにも理不尽だ。
何もしていなくても、簡単に命を奪われてしまう世界。
ioはその時、ほとんど初めて世界を恨んだ。
大切な人が不条理に傷つけられる世界に。
悪いことをした相手には何もない世界に。
良い人ほど、早く消えていく世界に。
(…本当に、もう嫌だ…)
こんなひどい世界でしか生きられない国なんか、辞められたら良いのに。
飲み物を持って戻ると、二人は椅子をベッドへ引き寄せて魂が抜けたように日本のことを見ていた。
規則正しく呼吸する日本の表情を、微動だにせず日帝は見つめていた。
その白い手は握られ、ずっと放心状態のようだった。
ドイツは何をするでもなく、ただぼんやりと宙を見つめていた。
「…日帝、ドイツ。飲み物持ってきた」
「……?…嗚呼、ありがとう…イタリア…」
そう答える日帝の声はどこかぼんやりとしていて心ここにあらずの状態。
ioはなんでか、そんな状況でも自分を保っていた。
病院に向かっている途中は、自分が一番取り乱すんだろうなと思っていたのにも関わらず、だ。
「…日本………」
飲み物を置き、ioは日本のもう片方の手を握ってただぼんやりとその日は過ごした。
結局その日、ioはどうやって家に帰ったのかを覚えていなかった。
「…」
その日からドイツの仕事効率が明らかに下がった。
G7での会議中もどこかぼんやりとしているし、話しかけても聞こえていないことがしばしば。
国としての職務もままならず、殆ど話さなくなった。
日本が目覚めないことが余程のショックだったのだ。
そういう日が続いて、数日。
ioがいつも通り仕事をしているときのことだった。
「~……というわけですので、ドイツさん。
今は仕事のことは気にしなくていいですから、今日は早退して、明日から有給を使ってゆっくり休んでください。
貴方の仕事は私達で全部分担して行いますので、気にしなくていいですよ」
不意に、そんなことを話しているイギリスの声が聞こえてきた。
ドイツ、と親友の名前が聞こえたので慌てて声の聞こえる方を向くと、イギリスの机の前にドイツが立ち、どちらも真剣な面持ちで話し合っていた。
「…はい、助かります……」
ドイツがしゃっきりしないお辞儀をして、デスクへと戻る。
その表情はやつれていて、まともに眠れていないことが明白の顔色。
ぼんやりと彼の顔を見ていた時、ふたたびイギリスの声が耳に届いた。
「…あ、イタリアさんも少しよろしいですか?」
「っへ…io?」
「えぇ、貴方ですよ」
突然名指しで呼ばれ、風が吹いたように立ち上がった。
イギリスのもとへ行けば、これまた真剣な表情で見つめられた。
「な…何…?イギリス…」
「…イタリアさん、貴方ももう帰って大丈夫ですよ。明日から休んでください」
「え゛ッ!?な、なんで!?ioは、ioは大丈夫なんね…!!」
そう必死に言うと、イギリスさんはぎゅっとデスクの上に置いていた拳を握り締めた。
「…貴方、自分の顔色把握してます?ドイツさん以上に真っ青ですよ」
「…え?で、でも…元気だよ…」
「ならイタリアさん。貴方、ちゃんと夜寝ていますか?」
「夜……?」
「えぇ、夜。帰って、何時に寝て、何時に起きていますか?」
「…あ…」
ふと昨日の夜のことを思い出した。
(そうだ、昨日は…)
…たしか、昨日は日本の病院に行ったあと夜ご飯も食べずにずっと座って仕事をしていた。
眠ろうと思ってベッドに入ると、涙があふれてきて止まらなくなるから。
だから、ioは日本のことを少しでも考えない様に必死に仕事していた。
「…ろくに、寝てない…」
「やっぱり…。目の下、酷い隈です。
日本さんのことで頭がいっぱいいっぱいなのでしょう?」
「…」
声を出そうと思ったら出なかったから、代わりにこくりと頷く。
イギリスは深いため息をついた。
「ドイツさんにも言いましたが、今はゆっくり休むべきです。
日本さんの傍に居て、目覚めるまで待っていてあげてください。
その間の仕事は我々がやりますから、何も心配はいりませんよ」
「…ありがとう、イギリス……」
そう言って、ioは後ろを向いた。
「…私、イタリアさんの気持ちよくわかるんですよ」
後ろからぽつりと聞こえてきた言葉。
ioは振り向かず、そのまま聞いた。
「昔アメリカが無茶をして大怪我で帰ってきたことがありました。
その時は生死の境をさまようほどの怪我で、本当に心が張り裂けそうだった…
ドイツさんも、イタリアさんも、日本さんのことを家族のように想っていたのでしょう?
なら、私に貴方たちを止める権利なんかあるわけがないんですよ…」
「……」
イギリスの言葉にioは何も言わず、そのまま荷物をまとめて国連を退社した。
退社した後は花屋へ寄ってから病院へと向かい、日本の病室を開ける。
そこには予想した通りの姿があった。
「…やっぱり居た、ドイツ…」
「…イタリア、お前も休めって言われたのか…」
「まぁね。立場的には、今は…ドイツと一緒…」
「そうか…」
「………」
お互いに続かない会話。
ドイツは生気を失ったように座ったまま動かない。
数日経って怪我が段々治り、包帯が取れ始めて表情が見えるようになった日本。けれども、まだまだガーゼや包帯、ギプスといったものが多く着いていた。
少しの間それを見た後、花屋へ寄ったことを思い出してioはベッドのサイドテーブルに花を生けた。
「…イタリア、その花…」
「…mughetto……鈴蘭なんね。
再び幸せが訪れる、って…ネットに書いてあったから」
「…綺麗だな」
「お花屋さんで特別綺麗なやつ選んできたから…」
「…」
…そうしてぽつりぽつりと短い会話を交わしながら、数時間。
日帝が音もなく静かに病室へと入ってきた。
ioたちの姿を見てほんの少しだけ目を見開いた。
「…イタリアに、ドイツ…今日は早いんだな」
「仕事休めって言われちゃってね」
「ふむ、成程…奇遇だな、私も休め、と殆ど隊を追い出される形で帰されたんだ」
へら、と笑いながら言った。
その表情はどこか気力がなく、毎日生活をきちんと遅れているのかすら怪しいほどやつれた状態。
帰されるのもわかる程疲れ切った表情だ。
「…日帝、椅子…」
「嗚呼…ありがとう…」
そうして、日帝が座った時のことだった。
持ってきた鈴蘭が良かったのか、それとも日帝が来るのを待っていたのか。
日本の微動だにしなかった体が、ほんの少しだけ動いた。
「…日本……?」
ほんの少しだけ日本の呼吸のリズムが崩れた。
目元に少しずつ力が入って━━━…
「………ぅ………」
ゆっくりと、日本の赤い瞳孔が見えた。
「日本ッ!!!」
まだ日本が完全に目を開けていない状態で、日帝は勢いよく抱き着いた。
「………ぅ…ッ、?」
「日本ッ…本当に、心配して…ッ…!!
このまま目覚めなかったらどうしようって、ずっと…!!
良かった…!!!」
日本はきょとんとした表情で抱き着かれたまま動かなかった。
「日帝…ちょっと、落ち着いて…」
「っあ…すまん、日本…」
ioがそうたしなめると、案外あっさりと日帝は下がった。
日本は何もわかっていなさそうな表情で、ゆっくりと起き上がった。
「ちょ、まだ起き上がっちゃダメだって…」
慌てて制止しようとしたとき、日本が首を傾げた。
まるで幼子のようなその行動に、ほんの少しばかり心臓がドキリと嫌な音を立てる。
日本はいくら顔が幼いとはいえ、立派な2684歳。ioなんかよりもずっとずっと年上で、あの中国とも昔から関わりのある存在。
現在はサラリーマンとして日本人の心情を読み解き、必死に働いている立派な大人。
そんな日本がこんな風に首を傾げたりするわけがない。
ioが混乱している間に日帝はいったんドイツに引きはがされ、椅子に座らされていた。
「…あの、すみません…一つ聞いても良いですか…?」
「嗚呼、何でも聞け…」
ドイツが今にも涙を零しそうになっている表情でこくりと頷いた。
「貴方たちは一体誰ですか?」
「…え?」
ioは思わず日本の顔を凝視してしまった。
「…待って、日本。ioだよ、イタリアだよ?こっちはドイツで、こっちは日帝じゃんか!!日帝なんか血縁だし、ioたちとは、ず、ずっと仲良くしてきたじゃないか!!」
「…?すみません、よくわからなくて…えぇっと、日帝…さん?
ボクの家族にいらっしゃいましたっけ…?」
日本が首を傾げた。
いくら冗談だとしても、これはキツい。
「日本、冗談キツいって…本当に…」
「…ごめんなさい…」
日本はぐっと何かをこらえるように俯いた。
その時、がらりと病室の扉が開いた。
現れたのは、白衣を羽織った人。
「日本さん、目覚められましたか」
「…医師…」
日本の担当医の医師だった。
「あの、私…一体どうしてこんな所に…」
「貴方は事故に遭われたんです。トラックに吹き飛ばされ、頭を強く打って昏倒し…そしてここに運ばれてきました。目覚めたなら早速検査いたしましょう、体に障害が残ってしまってはいけませんので。立てますか、日本さん」
「あ、はい…立てます…」
「なら行きましょう。すみませんが後ほど日帝さんはお呼びいたしますので、イタリアさんとドイツさんは部屋でも売店でもどこでもゆっくりしていらっしゃってください」
ではまた、と医師は言い残して日本を連れて去って行った。
それが一瞬のことで、いまだに現実味がない。
シンとした沈黙が部屋を支配する中、ドイツがかすれた声を出した。
「…なぁ、二人とも。…日本のあの言動は、絶対おかしいよな…」
「日本は元々冗談などはあまり言わない、現実を見ているやつだった。…病院で目覚め、大丈夫だったと本気で心配する私たちの姿を見てあんなような不謹慎な冗談は言わない筈だ」
「なら、医師も頭打ったって言ってたし、一番濃厚なのは…」
「「「記憶喪失…」」」
3人ぴったり声がそろった。
「やっぱりこの線が一番濃厚か…」
「うん、ioもそれが一番可能性高いんじゃないかって思うんね…」
「…でも、二人とも。よく考えろ」
ドイツとioとで同調していたとき、日帝が渋い顔で少しだけ手を挙げた。
「記憶喪失だとしても、やはりあの行動はおかしい。
まるで幼子のような仕草。日本はあれでも大体2700歳くらいだぞ…」
日帝が苦虫をかみつぶしたような表情でぽつぽつと言った。
思い返せば、日本の言動は子供っぽかった。
謝るとき、いつもの日本なら「すみません」と答える。
けれど、さっきioたちが冗談キツいよ、と言ったときは『ごめんなさい』と答えた。
他の言葉も子供らしかった。
殆どの場合、日本が相手を知らないときに「貴方たちは一体誰ですか?」と訊くことは全くと言っていいほどない。
なのに、さっきはioたちに向かってそう言い放った。
ioは腕を組んでパイプ椅子の背もたれに背を預けた。
「…確かにあの行動は本当に10にも満たないくらいの子供がやりそうな仕草…
…ってことは、記憶喪失よりも…」
「記憶退行、の方が適切だな」
ドイツがため息をついた。
「だが、こればっかりは検査が終わらないと…わからないな」
「嗚呼。…待つしかないか」
そこまで話して、途切れた。
数秒が数時間にも思えるほどの長い時間を、一言も話さないまま日本が帰ってくるのを待っていた。
それから、ようやくことが動いた。
「日帝さん、少し来ていただけますか」
「…すぐ行きます」
扉から顔をのぞかせた看護師に日帝が呼ばれ、部屋を出ていく。
それとほぼ同時に医師に連れられた日本が戻ってきた。
「あ、日本ッ!」
「お待たせしました…ボクの親友さんたちだったんですね、すっかり忘れててごめんなさい…」
そう言って申し訳なさそうな表情を浮かべるので、日本のことで色々混乱していたioたちには大ダメージだった。
「に、日本!!謝らないで、そんな表情しないでよ!」
「でも…ボクだけ覚えてないなんて迷惑すぎるよなぁって…」
「良いんだって仕方ないもん!!今回の事故、日本は全く悪くないんだし!!」
そういうと、日本は苦い表情をした。
その表情の作り方は、日帝そっくり。
血縁は似るんだとその時当たり前のことに再び気づかされた。
「…一応、その…ボクが遭ったっていう事故の概要は色々聞きました。
随分ボク、酷い目に遭ったらしいですね」
がさ、とサイドテーブルに置いていた資料を日本は引き寄せた。
そこには大量の事故の資料。
日本を撥ね飛ばしたトラックはそのまま電柱へと突っ込み、電柱が折れて倒れかかっている写真。
地面にある血痕。
写真だけでも見るのはつらいのに、きっと現場に居たら失神する自信がある。
日本はそれをぼんやりと眺めていた。
「…なんででしょうね。これ、ボクのことなのに全然実感がわかないんですよ。
不思議だな…」
まるで子供が前のことを思い出しているときのようなどこか気の抜けた言葉。
「…」
今、日本は日本で、自分の記憶がないことを不思議に思って…事故の時は致命傷との怪我と必死に戦っていた。
日本は、すごくすごく頑張っていた。
(…なら、ioは?)
ioは、何をしてた?
日本が事故に遭ったって聞いて、取り乱して、ドイツに落ち着かせてもらって。
病院に来てからも、日帝の冷静さやドイツの静かさになんとか気持ちを保っていた。
でも、ioは二人の為に何もしてあげられてない。
(…io、ここに居ないほうがいいかな)
なんとなくそんな考えが過って、多分ioiはトイレに行く、とか言って病室を出た。
…同時刻。
私、日帝は日本の担当医に連れられ別室へとやってきていた。
そこに提示されたのは、日本のCTやMRIといった検査の結果。
「こちらが日本さんの検査結果になります」
そう言って渡されても、私はほとんどこういった医療知識は備えていない。
おそらくにゃぽんあたりならすぐ理解するのだろうが、残念なことに私はその能力が無いらしい。
「…すみません、私はこういった医療知識には大変疎くて。
これは一体どのような状態なんですか」
「一つずつ説明していきますね。
まず、前提条件として日本さんは事故の際頭を強く打って昏倒しています。
この時ぶつけた個所というのが、ここですね」
そう言って目の前の医師はCT画像のとある部分を指さした。
「ここは後頭部で、海馬と呼ばれる部分です。
ここは人間も国の化身も共通で記憶をつかさどるところとされており、日本さんはちょうどこの部分を損傷しています」
「…つまり、記憶障害…ということですか」
「えぇ、そういうことです」
医師が頷いた。
私は深いため息をついた。
「…大体、どのくらいの記憶が今抜け落ちているんですか?」
「抜け…というよりは、幼児退行の方が正しいでしょう。
検査のあとに問診を行いましたが、おそらく最大で2、3000年程度は日本さんの記憶が退行していると考えてもよろしいかと。あの言動からして、今の日本さんの精神年齢は人間に換算するとおおよそ10歳くらいと考えられます」
「10歳……」
まさかそこまで退行しているとは。今の自分よりもずっとずっと年下ではないか。
「人間にも国にも共通して、記憶には種類があります。
歩行や走るといったものを記憶する『動作記憶』、言葉の意味などに関する『意味記憶』、そして今回日本さんから抜け落ちている時間軸や感情を伴って記憶される『エピソード記憶』。
だから例えば認知症の方がご家族の名前や顔を忘れても、歩く、書く、そして話すといった行動は忘れないでしょう?」
「成程…思い出だけが、綺麗さっぱり忘れていると…」
「そうなりますね」
頭を抱えていると、医師は少しばかり声のトーンを落とした。
「…ですが、日帝さん。あとでイタリアさんやドイツさんにも伝えてほしいのですが、くれぐれも日本さんが『2684歳だった』時のことを無理やり思い出させないようにしてください。
今現時点では脳挫傷はまだ完全に治っておらず、無理やり思い出そうとすれば混乱してかえって治りが遅くなる可能性もありますので」
「わかりました」
頭を下げると、医師は広げていた写真をまとめてファイルにしまった。
それを合図に私は立ち上がった。
「…検査、ありがとうございました。
あと数日、日本のことをお願いします」
「えぇ、勿論です。
━━━…そうだ、日帝さん!」
扉を開けて部屋を出ようとしたとき、突然医師に呼び止められた。
振り返ると、医師は心配そうな表情でこちらを見ていた。
「…ご自分を、責めないでくださいね」
それが医師としての言葉なのか、はたまた彼個人の言葉なのか。
どちらかはわからなかったが、私は素直にうなずいた。
「…わかりました」
「私なりに善処いたします」
そう答えると、医師は何かを言いかけて俯いた。
ioが病室へと戻ったら、日帝に呼び出された。
少し移動し、団らん室で聞かされたのは日本の検査結果。
「…やっぱり、そうだったんだ」
「嗚呼。…大体2,3000年ほど記憶が飛んでいるらしい」
「2,3000年!?そんなのioも生まれてないよ!?」
記憶が戻っているとしてもまぁ2,300年くらいだろうと高をくくっていた自分の頭を今すぐ銃で吹き飛ばしたい。
まさか想定の10倍の記憶が飛んでいるとは思わないじゃないか…
だけども、ふと脳内に疑問が過った。
「…でも、本当に2,3000年分の記憶がぶっ飛んでるんだとして。そうなったら日本の記憶と今の文明力とで齟齬が起きるんじゃない?『昔はこうだったのに』って思ったりしないの?」
そう尋ねると、彼は記憶を探し当てるように少し横を見ながらぽつりと語った。
「医師の話によれば、記憶にはいくつか種類があるんだと。思い出を記憶する所、体の動きを覚えておく所、その他エトセトラ…
今回の日本の場合、きっちりきれいに『思い出を記憶する所』の記憶が2,3000年分飛んでいるらしいんだ。
だからあいつは私たちのことを覚えていなくても、エレベーターは使えるし、ゲーム機を扱うことも…一応、理論上ではできるらしい」
「へぇ…脳って不思議だね…」
顎に手を当ててそういうと、日帝は同意して頷いた。
「…医師から言われたのはもう一つ。
無理やり記憶を思い出させないように、とのことだ」
「?
それはまたなんでなんね?」
「まだ傷はしっかり治っていないし、無理に思い出そうとすれば混乱してかえって治りが遅くなる可能性がある…とのことらしい」
「…わかった、ドイツにも伝えておくんね」
「頼む」
なんだか、とても気分が重い。
事故で日本が大怪我を負ったという事実だけでとても苦しいのに、ioたちのことすら忘れてしまうなんて思ってもみなかったからだろうか。
(…でも、一番つらいのは、日本だもんね…)
失った記憶と戦い、頭の中の大怪我と戦い、いろんなものと日本は戦っている。
(なら、ioはそれを支えてあげないと…)
彼が彼らしく、もう一度この世界で歩んでいけるように…日本にずっと支えてもらっていたioが、今度は支える側になるんだ。
たとえ記憶がなくても、日本が日本であることには変わらない。
「…日帝」
「どうした、イタリア」
日帝の方を見ると、日帝は赤い目でioのことを見た。
昔から変わらない、意志の強さを反映したような強い瞳。
ioは目をそらさず、けれども笑顔を浮かべた。
「…一緒に頑張ろうね。絶対、日本の記憶を元に戻すんだ」
「そんなの当たり前だろ、イタリア」
日帝は珍しくioの頭を撫でた。
「絶対もう一度、あいつと他愛もない話をして笑うんだ」
そこでioたちは、名もなき協力条約を結んだ。
きっとあとでドイツも入るであろう、旧国の混じる協力条約。
この条約が破棄されるときの条件は、日本の記憶が戻った時。
(━━━…ッ、絶対戻すんだ!!)
ioは窓から外を見上げ、固く決心した。
(後編へ続く)
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今回も神ですね 海馬、めちゃ重要なとこやないの!?日本…元に戻ってね、待ってるから!日帝とドイツとイタリアが!
うわぁぁぁ神 ~ ~ …。(( なんか楽しめながら勉強できました💪 2,3000年分…。な、なんかすげぇ…(? 毎回言葉の表現(?)がすごくて尊敬してますっ!!! 後編楽しみ ~ ~ …!!
りりり陸上自衛隊…!!! あれ、海上自衛隊と航空自衛隊がいn((((( 海馬か…聞いたことねぇな⭐︎(バカ) やっぱり先輩の小説すきすぎるぅ…もう泣きそうですよ… 後編楽しみに待ってます!