「それにしても、ここはモンスターが出ないな」
俺がそんなことを言うと、メルク(ハーフエルフ)がこう言った。
「ここに住むモンスターたちは、ここに鉱物がある限り、私たちを襲《おそ》ったりはしません。食べ物に困っていない時には、モンスターを倒《たお》す必要がないのと同じです」
「そっか。なら最深部には、すんなり行けるな」
「いいえ、そうとも限りませんよ」
「えっ? それはどういう意味だ?」
「この洞窟《どうくつ》に限らず、あらゆる場所には『主《ぬし》』がいます」
「ほほう、それでそれで」
「主《ぬし》は、その土地の王様ですから、自分の土地に入ってきた者《もの》を抹殺《まっさつ》するよう部下に命令することは容易《たやす》いことです」
「なるほど。ということは、その主《ぬし》の機嫌《きげん》次第で俺たちの生死が決まるわけだな」
「はい、その通りです。なので、十分注意して進まないと……」
その時、三本の長針《ながばり》が俺の方に向かって飛んできた。
俺は、マナミ(茶髪ショートの獣人《ネコ》)をおんぶしていたため、(マナミは寝息を立てて眠《ねむ》っている)それを回避《かいひ》しようにもできなかった。
だが、メルクはそれらをタイミングよくキャッチして、俺を守ってくれた。
「こうなりますよ?」
「あ、ありがとう、メルク。助かったよ」
メルクはニコッと笑って。
「いえいえ、お安い御用《ごよう》ですよ。さぁ、先に進みましょう」
「お、おう」
その後、俺たちはどんどん奥《おく》に進んでいった。
「……なあ、なんか空気が重くなってないか?」
俺がメルクに、そう訊《たず》ねると。
「そうですね。なんでしょうか? この嫌《いや》な空気は」
「うーん、なんか何かに見られているような気がするな」
「……ナオトさん、ちょっといいですか?」
「ん? なんだ? 何か分かったのか?」
「いえ、少し目を閉じていただけたらな、と思いまして」
「やっぱり、何かいるんだな」
「……はい、少なくとも二十体はいますね」
「モンスター……だよな。やっぱり」
「はい、その通りです。どうやら私たちは、ここの主《ぬし》に目をつけられてしまったようです」
「……そうか。よし、分かった。ここで待ってればいいのか?」
「はい、私が合図をしますので、それと同時に目を閉じながら、その場で立ち止まってください」
「了解《りょうかい》した。気をつけろよ」
「はい……それでは、行きます。せーの……はい!」
メルクの声が聞こえたため、俺は目を閉じながら、その場で立ち止まった。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
その直後、複数のモンスターの断末魔《だんまつま》が背後《はいご》から聞こえたが、俺はその場に留《とど》まり続けた。
「ハーフエルフに勝とうだなんて、一億年早いのよ。ザコモンスターども……。ナオトさん、もう大丈夫ですよ」
俺は目を開けて、振り向こうとしたが。
「こちらを見ないほうがいいですよ。若葉色ですが大量の血液を見ることになりますから」
「そ、そうか。あははは、メルクは強いんだな」
「いえ、ハーフエルフの力はこんなものではないですよ。私の住んでいた村の中で一番強かった者《もの》は打撃《だげき》で竜の鱗《うろこ》を砕《くだ》いていましたからね。もちろん、強化魔法を使っていましたが」
「なんだそれ、すげえな」
「では、ナオトさん。先を急ぎましょう」
「お、おう」
メルクの活躍《かつやく》により、俺たちは洞窟《どうくつ》の最深部へと近づいていった。
だが、それをここの主《ぬし》は許さなかった。
なぜなら、最深部手前の少し広いフロアで俺たちの前にその姿を現《あらわ》したからだ。(広いフロアに来た時には、もういた)
「ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
それは全身が『|若葉色の水晶《エメラルド》』でできている獅子《しし》だった。
体長は十メートルほどで、その姿はまさしくこの洞窟《どうくつ》の主《ぬし》にふさわしいものであった。
「洞窟《どうくつ》の主《ぬし》よ! 私たちはここを荒《あ》らすためにきたのではありません! 通してください!」
メルクがそう言うと『獅子(しし)』は。
「ハーフエルフの娘《むすめ》よ。我《われ》は貴様《きさま》ではなく、貴様《きさま》の後ろにいる男に用があるのだ。席を外せ」
「できません! この方《かた》は関係ありません!」
「ほほう、この洞窟《どうくつ》の主《ぬし》である、【エメライオン】に逆《さか》らうのか? 肝《きも》の座《すわ》った娘《むすめ》だ。だが、貴様《きさま》の要求は却下《きゃっか》する」
「なぜですか! この方は、ただの人間なのですよ!」
「人種は関係ない。ただ、その男から感じるオーラが気になっただけだ」
「では、彼に何もしないと誓《ちか》ってください」
「……ふん、いいだろう。では、ここで誓《ちか》おう! 我《われ》はその男に一切の危害《きがい》を加えぬと!」
「もしも破ったら、あなたを跡形《あとかた》もなく破壊《はかい》しますからね」
「約束は絶対に守る。それがこの土地の……」
「さっきから、ごちゃごちゃうるせえよ。用があるのは俺なんだろう? なら、手短に済《す》ませてくれよ。頼むから」
「ナオトさん! そんなことを言ったら……!」
メルクが最後まで言い終わる前に【エメライオン】は急に笑い始めた。
「ふふふふふ……ふははははは!! なるほど、やはりそうか! ただの人間が我《われ》を目の前にして恐れを抱(いだ)かないのは、そういうことか! 貴様《きさま》は、己《おのれ》の肉体に【誕生石】を宿しているようだな?」
「えっ? ああ、うん、『|力の中心《センター》』……いや、『アメシスト・ドレッドノート』のことだろう? たしかに俺の体内にいるが、それがどうかしたのか?」
「まさかとは思ったが、伝説を知らずに宿している者《もの》がいたのだな。いいだろう、貴様《きさま》の中にいる【誕生石】についての情報を与えよう! 光栄《こうえい》に思うがいい!」
た、誕生石……! 所持者の体の一部と引き換えに石言葉の力を与えるという、伝説の石じゃないですか! どうしてこの方がそんなものを?
メルク(ハーフエルフ)は心の中でそう言ったが、まずは彼と主《ぬし》の話を聞くことにした。
「あー、はいはい。分かったから、手短にな」
「うむ、では話すとしよう」
そこから、【エメライオン】の話が始まった。(話が長すぎるため、ナオトが脳内で情報をある程度、取捨選択したものをお伝えします)
話を聞き終わった俺は「要するにあれだろ」と言ってから、誕生石のことについて話し始めた。
「この世界に人類が誕生して少し経《た》ったある日、この世界に災厄《さいやく》が降臨《こうりん》した。それが『五帝龍《ごていりゅう》』の実の父親である【帝龍王《ていりゅうおう》 エンペラードラゴン】。人々はこの世界を破滅《はめつ》へと導く存在と勘違いして、そいつを天界に帰そうとした。けど、帰ってくれなかった。そこで人類は誕生石の力を使って、そいつを天界に帰そうとしたがそれに適合した者は一人しかいなかった。人類は仕方なく、そいつに任《まか》せて、自分たちは安全な場所に避難《ひなん》した。当時の誕生石使いは全二十八個のうち二十七個の石をその身に宿し、たった一人でそいつを天界に送り返すために戦い、最期《さいご》は石の力に心身ともに耐えきれなくなってその一生を終えた。こんなもんか? エメライオン?」
「うむ、人間にしては上出来だ。しかし、それだけでは九十点だな」
「ん? まだ何かあるのか? お前の話からは、これ以上のことは分からなかったぞ?」
「そんな……まさか!」
突然、驚嘆《きょうたん》の声を出した、メルク(ハーフエルフ)の顔を見ると青ざめていた。両手を頬《ほほ》に近づけてガタガタと体を震《ふる》えながら……。
俺は、その理由をメルクに訊(たず)ねた。
「メルク、どうしたんだ? そんな声を出して。何か気づいたのか?」
「……ナ、ナオトさん! あなたの中にいるのは!」
「いるのは?」
「そこまでだ、小娘。ここからは我《われ》が直接こやつに話す」
俺は【エメライオン】の方を向いて。
「俺は『本田《ほんだ》 直人《なおと》』だ! こやつじゃない!」
「そうか、それはすまなかった。では、ナオトよ。答え合わせだ」
「おう、言ってみろよ」
【エメライオン】は少し間《ま》を置いてから語り始めた。
「ナオトよ、お前の中にいるのは先ほど言った全二十八個の【誕生石】の中で唯一《ゆいいつ》、先代の誕生石使いが使おうとしなかったものなのだ」
「……ふーん、そうなのか」
「ん? あまり驚《おどろ》いていないようだな」
「いや、だって、こいつはもう俺の相棒《あいぼう》なんだぜ? 自分の相棒《あいぼう》を俺が怖《こわ》がってたら、この世界でやっていけねえよ」
「ふふふふふ……ふはははははははは!! なるほど! その石に認められるほどの者《もの》は、考え方も面白いときた! これは傑作《けっさく》だ! ふははははは!」
「…………なあ、そろそろ俺にその話をした真の理由を教えてもらえないか? エメライオン」
【エメライオン】は、笑うのをやめて本題に入った。
「ふむ、やはり気づいていたか……いかにも! 我《われ》こそは、この洞窟の主《ぬし》にして|若葉色の水晶《エメラルド》を守りし者! さあ! お前の力を我《われ》に見せてくれ! ナオト!!」
俺はメルク(ハーフエルフ)の方を向いて。
「……メルク、ちょっといいか?」
「は、はい! なんでしょうか! というか、なんで戦う雰囲気《ふんいき》になってるんですか! 明らかにおかしいですよ!」
「話が終わったから、お前とあいつの約束は破棄《はき》されたんだよ。それよりも、マナミと俺のバッグを安全なところに運んでくれ」
「し、しかし! それでは、あなたが……!」
「……第二形態」
「えっ?」
「俺は、とりあえず【アメシスト】の力を使いこなせるようにならなきゃいけない。できれば今日中に第二形態になれるようになりたいな」
「そんなの無理ですよ! あの大きさのモンスターと戦うなんて! 今からでも遅くありません! 逃げましょう!」
「……メルク、出会って|早々《そうそう》に悪いが先に謝《あやま》っておく。俺は昔からこういうやつなんだよ。だから、頼まれてくれるか?」
「…………絶対……絶対に五体満足で勝つと、約束してください! そうじゃないと、私は……!」
俺は、メルクの額《ひたい》に俺の額《ひたい》を重《かさ》ねた。
「……ありがとう。頼りにしてるぞ。メルク・パラソル」
「…………!!」
俺は、マナミを下ろして、バッグを地面に置くと【エメライオン】に向かって走り出した。
「ナオトさあああああああああああああああん!!」
結局《けっきょく》、俺はいつも、こうなっちまうんだよなな。でも、それが俺の生きがいでもあるから仕方ないよな!
「『|大罪の力を封印する鎖《トリニティバインドチェイン》』!!」
さぁて、狩《か》りの時間だ! こうして、俺と【エメライオン】との戦いが幕《まく》を開けたのであった。(鎖《くさり》の力は【アメシスト】が俺にくれたものである)