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◇◇◇◇◇
受付で応対した警察官は、奥にある談話スペースに2人を通し、少し待つように言った。
諏訪は席につくことなく、ソワソワと落ち着かない様子の蜂谷を見上げた。
「どうした」
「いや、別に―――」
言うと蜂谷は意を決したように諏訪の隣に座った。
―――そうか。こいつ……。
諏訪は辺りを見回した。
これは曲りなりとも蜂谷グループの次期社長。
周りの目が気になるのだろう。
こんなところを誰かに見られたりしたら……。
それはこいつなりの次期社長である自分に対する責任感の表れかもしれなかった。
「いいよ。お前、待合室で待っとけよ」
「……え」
「こんなとこ見られて補導されたなんて勘違いされたらことなんだろ、お前の場合」
「…………」
迷っている様子の蜂谷を席から立たせる。
「説明すんのに、一人も二人も同じだ。なんかあったら呼ぶから」
蜂谷はなおも視線を泳がせ迷っていたが、
「―――ああ。悪い」
やがて頷くと待合室の方に歩いていった。
諏訪がため息をついたところで、目の前には若い男性警察官が2人、バインダーを持って入ってきた。
「それでは、詳しく教えてくれるかな?お友達が行方不明になったんだって?」
眼鏡をかけた男が聞く。
「行方不明というか、攫われて」
「誘拐ということですか?」
眼鏡の男が表情を曇らせる。
「そうです。でももう居場所もわかっています」
「攫われたのは?」
「右京賢吾君です」
「ここに名前と住所と連絡先書いてくれる?」
諏訪は慌てて携帯電話を取り出した。
「住所がちょっと……。電話番号ならわかります」
「―――攫った相手もわかっている?」
「はい。多川という男です」
「多川君?下の名前は?」
「えっと……」
待合室を振り返る。
しかし蜂谷も下の名前を知っているかも定かではない。
「まあ、いいや。なぜ多川君に攫われたのがわかったのですか?」
眼鏡の男が聞き、もう一人の男はひたすらにメモを取っている。
「もう一人の同級生が、捕まっているのを見たと」
「その同級生の名前は?」
「うちの高校の尾沢彪雅です」
「さっき一緒にいた子?」
眼鏡の男が待合室に視線を飛ばす。
「あ、いえ。彼の友人です」
「――――」
その視線が諏訪に戻る。
僅かに首が捻られる。
「その子はどういう状況で彼を見たの?」
「多川たちに拘束された右京を見たって」
「うーん。拘束、ね」
警察官はますます首を捻った。
「右京君の保護者は?」
「祖母が一人、です」
「その保護者とは連絡はつかないんですか?」
「―――つけない、というか」
「?」
「精神疾患があるので、出来るだけ心配をかけられないのです。祖母は、右京君は今手首の手術で入院していると思ってます」
「―――――」
眼鏡の男は隣の男と目を合わせた。
「まあ、現場に向かうことはできますけど。基本的に高校生同士の喧嘩に、警察が動くっていうのは、よっぽどのことがないと」
諏訪は顔が赤くなるのが分かった。
「何言ってるんですか。拘束ってよっぽどのことでしょ」
「うーん。どの程度の拘束なのか、何を用いての拘束なのかにも寄るかなあ。とりあえず、その住所教えてもらっていい?地区の警察官に向かわせるから」
「…………」
「―――どうしたの?」
「―――それでそこまで行って、呼鈴押して、出てきた野郎に事情聴いて、そのあと中に無理やり入って探すこととかはできるんですか?」
「―――うーん」
2人は顔を見合わせた。
「もし拒まれたら、我々に入る権限はないんだよ。そのためには裁判所から令状を発行してもらわないと」
「―――――」
「令状をとるには、その右京君が拘束されているのを見た友人の証言は必須になる。けど、今日は来てないんだよね?」
「―――――」
諏訪は苛立ちながら立ち上がった。
「……連絡とってみます」
「あ、はい。どうぞ」
警察官は冷めた目で諏訪を見上げた。
どうせ高校生のつまらない喧嘩だと思っているのだろう。しかし尾沢と蜂谷を介した人伝の情報なのに説得力がないのも事実。
遠回りになるかもしれないが、尾沢に連絡を取るしかない。
どうせ今、蜂谷と諏訪が乗り込んだところで、多勢に無勢。敵うわけがない。
まずは蜂谷に尾沢の連絡先を――――。
「―――――」
諏訪は息を吸い込んだ。
「―――あいつ……!!」
待合室に蜂谷の姿はなかった。
諏訪は走り始めた。
無理なのに!
無駄なのに!
あいつ一人で乗り込んだって、そんなの多勢に無勢だろ!!
犠牲者が2人に増えるだけだろうが……!
俺だってこんなに今すぐ駆け込みたいのを堪えてるのに!
本能のままに乗り込んだって、右京を助けられなかったら、何の意味もないだろうが…!!
多勢に無勢――――。
諏訪は走る足を止めた。
そうか。
その手があった。
俺たちには、その手があった………!!
諏訪は携帯電話を取り出すと、その番号を押した。
「俺だ。諏訪だ」
言うと、相手は嫌そうに用を聞いた。
「ちょっと顔貸せ。―――どうせ現役引退して暇だろ?」
◆◆◆◆◆
蜂谷はただひたすらに走っていた。
おそらく警察はすぐには動かない。
動いたとしてもあいつらは巧みに右京を隠し、表に出さない。
それならばーーー。
蜂谷は走りながらスラックスのポケットに入っているソレの感触を確かめた。
これは取引だ。
次期蜂谷グループの社長になる自分にしかできない取引だ。
応じる応じないは関係ない。
せめて警察が動くまでの時間を―――。
警察が来た時にきちんと見つけてもらえる仕掛けを―――。
「……作ってやる……!」
やっと生きる気になった右京の決心を、正常に戻りかけているあいつの身体を、無駄になんかできない。
自分よりも何倍も不幸な目に合って、世界を、この世を呪って、自分を守ることさえ忘れてしまったあいつが、やっと幸せになるチャンスなんだ。
『俺は―――お前と、生きていきたい……』
あいつはそう言ってくれたんだ。
俺が、
俺がやんなくて、誰がやるんだよ!!
右京は生存欲を捨て去る際に痛覚を捨てたが、
今の蜂谷だって、痛みなど感じなかった。
普段走ったりしないのに、がむしゃらに動かしている脚も、呼吸を忘れた肺も痛くない。
ただひたすらに、右京を助けることだけを想って、走り続けた。