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◆◆◆◆◆
当時中学2年生だった、弟の彩矢斗が、緑咲高校を牛耳っていた長谷川に連れていかれたと教えてくれたのは、彩矢斗の友人だった。
慌てて言われた公園まで駆け付けると、彩矢斗が尻もちをついたような格好で倒れていて、目の前に複数のガラの悪い高校生が見えた。
「てめえら……!」
飛び出していこうとした瞬間、真ん中に立っていた赤い髪をした少年が、彩矢斗ではなく、身体の大きい男めがけて拳を放った。
高校生の中でもひときわガタイがよく、中学生の頃から地元で名をはせていた長谷川だったと気づいたのは、身体が弧を描きながら吹っ飛び、鼻から血が吹き出した顔が見えたときだった。
彼よりも1回りも2回りも小さな少年は、振り向きざまに違う男に回し蹴りをして腰から折ると、後ろから覆いかぶさってきた男を見事な一本背負いで投げ飛ばした。
「―――すげぇ」
少年の戦い方には一切無駄がなく、自分は何かアクション映画の撮影でも見ているのではないかと疑うほどだった。
ーーーしかし、一人に対して、相手の数が7人と多すぎた。
次第に息が上がってきた少年にパンチが入り、蹴りが入り、みるみる少年は疲弊していった。
まずい。応戦しなければ……。
諏訪はフェンスの後ろから茫然としている彩矢斗を呼び、フェンスを登らせると、隠す様にして逃がした。
そして今度は自分がフェンスによじ登ると、見知らぬ彼に応戦すべく公園に降り立った。
「――――は?」
先ほどまで明らかに押されていたのに、長谷川を含む7人の男たちは倒れ、その中心で少年がこちらを振り向いていた。
「……もう1匹湧きやがったか……」
「―――は?」
「東京は冬も寒くなんねがら、蛆虫も越冬すんだべな」
きつい訛りのせいで何を言っているのかよく聞き取れない。
「な……に……?」
脇に倒れている男たちのか、それとも自分のか、わからないくらい血だらけの彼は、こちらに向けてヨロヨロと近づいてきた。
「駆除しても駆除しても、キリがねえさな、これじゃあ……」
自分よりも10センチ近く背が低い、その小さな白い手が、諏訪のブレザーを掴み上げた。
―――嘘……だろ……!?
その瞬間、諏訪の身体は確かに宙に浮いた。
見たところ50㎏くらいしかない少年に、80kgを超える自分が持ち上げられた。
「お前………!」
「俺がこっちさ引っ越したら、……お前らみでな蛆虫は、片っ端から駆除してやっからな」
骨と血管が浮き上がった、真っ赤な拳が握られる。
「――――っ」
諏訪が目を閉じた次の瞬間、その身体は、少年ごと崩れ落ちた。
自分に下敷きになった少年を慌てて揺り起こしたが、彼に意識はなかった。
諏訪は慌てて彼を抱き上げると、近くの病院まで走った。
彼への診断は、脳震盪、右手首の捻挫、左第6肋骨骨折に加え、腹部を強打されたことによる腹腔出血が認められ、すぐに緊急手術となった。
成り行きとは言え、彩矢斗を助けてもらった手前、病院に任せて帰ること等できず、諏訪は緊急治療室の前で一人座っていた。
手術が終わり、医師と看護師が出てきた。
「手術は無事に終わりました。お会いになりますか?」
言われて諏訪は微妙な顔で首を傾げた。
「……この子の保護者の方は?」
「えっと実は……」
保護者どころか、どこの誰かもわからない。諏訪は長くなるだろういきさつを話そうと口を開いた。
「―――こちらです」
と、看護師に連れられて、初老の女性が駆け込んできた。
「―――賢吾……!!」
治療室の中ででどうやら眠っているらしい少年に覆いかぶさっている。
「賢吾……賢吾……!なしてこだなことに……!」
「………」
泣き崩れる女性に諏訪は、近づいた。
「あの、お母様ですか?」
そんなわけもないだろうと思いながらも一応聞く。
「……孫ですけど」
言いながら女性は振り返った。
「彼は、ケンゴ君は、僕の弟を助けてくれたんです」
女性は信じられないというように自分の孫を見下ろした。
「少し、お話をしませんか?」
◆◆◆◆◆
「病室で眠る右京の目が覚めるまで、俺と祖母さんはいろんな話をした。
そこで今の右京に痛覚がないこと。そして年が明けたらこちらに引っ越してくるため、その手続きでこちらに来たこともその時わかった。
俺が転校先の宮丘学園の生徒だとわかると、祖母ちゃんは少し嬉しそうな顔をして、よろしくお願いしますと頭を下げた」
「―――そのボコられた中に奈良崎もいたのか?」
蜂谷が視線を上げると、
「いや。そこには制服を着た高校生しかいなかったし、伸びてはいたが、病院に搬送しなければいけないレベルの奴はいなかった」
「――――」
「目が覚めた右京は、脳震盪の影響か自分が彩矢斗を助けたことも、暴れまくって怪我を負ったことも、覚えていなかった。
反動をつけてむくりと起き上がると、祖母さんの顔を不思議そうに見上げ、涙を溜めた祖母さんに微笑んだ」
諏訪はふーッとため息をついた。
「そんとき決めたんだよ、俺は。こいつがこっちに来たら、全力で守るって」
「―――は」
蜂谷は力なく笑った。
「あいつはあいつで、他の男をストーカーまがいに追いかけて転校してきたつうのに。健気なもんだな」
「――――」
言うと諏訪はまた何かを閉じ込めるかのように口を閉じた。
「―――何だよ?」
見上げる蜂谷に、諏訪は少し考えた後、口を開いた。
「右京が……。あんなに永月に執着したのには、理由がある」
「―――知ってるよ。酒屋で助けてもらったんだろ?」
「それはそうなんだが……」
言いながら諏訪は膝に肘をつき額を強く擦った。
「―――何だよ。言えって」
もどかしくなり蜂谷が眉間に皺を寄せたところで、信号が赤になりタクシーは停まった。
それを見て諦めたような諏訪がこちらを振り返った。
「あいつのご両親のこと、何か聞いてるか?」
「―――いや……」
「――――」
再び黙り込んだ諏訪の表情で、やはり両親は他界しているんだとわかった。
「―――病気か?事故か?」
諏訪は意を決したように顔を上げると蜂谷を見つめた。
「……母親は殺され、父親は自殺したんだ」