「先生、無理には会われなくてもいいのでは……」
その辛そうな表情に、思わず声をかけると、
「いえ…付き合わせて悪いのですが、これは私の問題ですから。あなたは、何も心配をしなくていいので」
そうきっぱりと告げられて、それ以上は掛ける言葉も見つけられないまま、私は「はい…」とだけ、頷くしかなかった。
──相変わらず彼の作ってくれた料理はとても美味しかったけれど、ふと気づくと向かいで浮かない顔をしているのが何度か目に入って、
彼がお母様と会うことに、どんなに神経を尖らせているのかが感じ取れると、出来るなら少しでも私が支えてあげられたらとも思った……。
──彼のご実家へ出向く当日になり、都心の一等地にある家へ案内をされると、その敷地を含めた邸宅の広さに圧倒されるようだった。
駅で待ち合わせて家に着くまでの間、彼は何も喋らず唇を引き結んだ険しい表情で黙りこくっていて、
その苦しげにも映る顔に、何も聞くことも話しかけることもできずに、ただ手を引かれここまで歩いて来ていた。
家の前で、足を止めた彼が、
「母には、なるべくなら会いたくはなかったのですが、仕方ありませんね」
と、自分に言い聞かせるようにも話して、鉄製の重厚な門構えを静かに押し開いた。
「……でも、どうして突然に私に会いたいだなんて?」
並んで玄関へ続く砂利道を踏み締めながら、不思議にも思いそう尋ねると、
「……それを、今から確かめるんです」
と、彼は意を決したようにも口にした。
コメント
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自分が選んだら人と結婚させたいから別れろって言うんじゃないかなって思うと、母親としてではなく世間体とか自分の名誉とかが大事なのかもしれない。 もう相手を見つけていたりしたら、先生はどうするんだろう。