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「ジェルくん」
「何?」
「家って…どうやって作るんだろうね」
「えっ」
てっきりあてがあるものだと思ってついてきた橙乃はその発言に割とびっくりした。
「俺…知らんで?」
「うん……」
なんかこう、木とか組み立ててほわほわって造るんじゃないかとか言いながら橙乃は自分の発言のあまりのふわふわ具合に驚いていた。なんだほわほわって。
「どうする?」
「うーーーん」
考える素振りは見せながらも、紫月はずんずん森の奥へ歩いていく。全然あてがありそうに歩いていく。橙乃はそのギャップにますます混乱し、しかし着いて行くしかないので着いて行くといった状況が発生している。
しばらく歩いていると、奥の方に小さな洞窟を発見した。人一人やっと通れるかといった洞窟なので住居とはできない。落胆した橙乃だったが、何故か紫月はめちゃめちゃ喜んでいる。
「なーくん…何入れてるん?」
「硝酸」
「硝酸⁈」
本当に何故だ。直接疑問をぶつけると、予想の斜め上すぎる回答が返ってきた。
「ニトログリセリンを作る!」
家が作れないなら爆破して穴を掘ればいいじゃない。物騒すぎるマリー・アントワネットみたいな事を言いながら紫月は桃宮の持ってきたトイレットペーパーを入れていたビニール袋に硝酸を入れ続けている。
「マジかこの人」
高校でやったニトログリセリンの作り方を思い出す橙乃。確か、硝酸、硫酸、グリセリンを混ぜれば出来た気がする。数滴で岩を吹き飛ばす程の絶大な威力を誇り、その危険性から固形物に混ぜて今もダイナマイトとして使用されている液体。それをこんな無人島で作ると言うのか。
「よーし硫酸探しに行こー!」
「…うん…」
「さとちゃーん」
「どした?」
「何かめっちゃ綺麗な湖ある!」
「え?…マジだ、めっちゃきれいやん」
「スマホ持ってきてないんだよなー俺」
「誰も持ってきてねぇよ」
赤羽と桃宮は、行方不明になった(と思われる)黄星と青柳を探していた筈なのだが、今いるのは明らかに違う場所だ。絶対二人ここ通ってない。しかし彼らは慌てない。というより『まぁなんとかなってんじゃね』と思っている。単刀直入に言うと、面倒だったと言うのが本音である。
「これ塩水じゃないよね?」
「多分?」
「じゃあこれ飲んでいい?」
「いんじゃね?」
多分に適当な返事を返されても赤羽に支障はない。既に答えは決まっている。
「水飲むの久しぶりだなー」
一直線に湖に駆け寄っていく赤羽。その様子を『犬やん』とか思いながら見守っていた桃宮は、発見した。
「おい、なんか莉犬のピアス黒ずんできてね?」
「え?」
何がだ、と振り向いた赤羽に向かって、桃宮ではない者の声で『早く逃げて!』と声が飛んでくる。困惑している赤羽を、今度は桃宮が手を引っ張り、急いで湖から離れさせる。
「あっっぶねー…」
「え?なんで?」
意味がわかっていない様子の赤羽の前に、二人の人物が現れる。
「莉犬くんこのままじゃ死ぬとこだったんだよ⁈」
「なーくん⁈」
「ななジェルなんでここ?」
「俺ら硫酸探しとったんやけどそしたらそこにさとりーぬおってん!」
現場はトップ・オブ・ザ・カオスによって支配された。よく分からないがとりあえず逃げた人と、水飲もうとしたら命の危機って言われた人と、命の危機って叫んだ人と、叫んだ人について行った人。お互いがお互いの状況を把握していなかった。
「あの湖は硫酸っていう猛毒だから近寄るのもやばいのに飲んだりしたら100パー死ぬよ⁈」
「マジで⁈」
血相を変えて叫んだ意味がよくわかる。あと少しのところで赤羽は死んでいたところだったのだ。彼のピアスが黒ずんできたのも毒が原因だと言う。それに気付いた桃宮に感謝してから、紫月は表情をコロっと変えて、
「じゃあ硫酸取りに行こっか!」
と言った。
「……は?」
正気か?他の三人はそんな目をする。ついに狂ったかこの人。過労でやったかこの人。大丈夫か、と心配された彼だが、実はしっかり対策すれば硫酸は採取できるそうだ。興味深そうに紫月の話を聞く三人。そのうち三人の顔色がみるみる悪くなって行く。生贄を決める聖なるじゃんけんをした結果、橙乃と桃宮が選ばれてしまった。その時の彼らの顔色はゾンビと匹敵できるくらいだった、と後に赤羽は語る。
「……死ぬかと思った」
数十分後。そこに居たのはとてつもなく疲れた顔をした二人と嬉しそうにきゃっきゃしてる二人だった。無理もない。木に登り、硫酸が届かないギリギリのところで硫酸を汲む。それも、バランスを崩したら零してしまう。重心も不安定、入れる器も不安定、さらに風がいつ向かい風になるか分からないとなると、文字通り命がけの試練となった。
「ありがとうさとちゃん、ジェルくん!」
「ほめてつかわす」
「莉犬なんでそんな上から目線?」
「こんな大変なの?無人島」
「多分俺たちが勝手に難しくしてるだけだね」
「俺たちっつーかなーくんね」
「……」
「否定して?」
早速手に入れた硫酸、さっき手に入れた硝酸を持って座る四人。あとグリセリンがあれば石鹸は作れるらしい。
「グリセリン?」
「油と貝殻と灰の融合体」
「へー、意外と簡単」
うんうんとうなづいていた赤羽だったが、不意に先程の会話を思い出す。
『ねぇさとちゃん』
『んだよ莉犬』
『なんか奥の方から助けてって聞こえない?』
『……確かに』
『行く?』
『……しゃーねーな』
『でもなんも持ってないとダラダラしてたってバレるから貝拾ってこう』
『サボりのプロいるって』
ハッと懐を確認すると貝殻が入っている。
「俺貝殻持ってる!」
「え⁈」
「こんな事もあろうかと持ってきてましたー!」
嘘だろ、と桃宮にドン引きされているのを感じながらもその貝殻を提出する。紫月と橙乃に褒められて赤羽は良心の呵責を感じた。しかしやっぱり桃宮のことは黙っておいた。
「後は灰と油やけど、灰はともかく油はどうする?」
「動物とかから取るのよく見るな」
「ソレオレムリ」
「知ってる」
とはいえ、植物の種を集めるのは大変だ。どこかで動物を狩るしかない、ともやしを一人置いて会話は進んでいく。もやしは端っこの方でちょこんとうずくまる。三人が入れ替わり立ち替わり肩を叩いていった。向けられた視線が哀れだった。
「そもそもこの島動物いる?」
「まだ探索してないから分かんないね…」
「まずは島の探索やな」
会話が執着する。すみっこもやしもやっと真ん中に来て、『まずは島の探索しようぜ』という何とも平凡な結論を聞いた。素直に口に出したら怒られた。世の中には黙っておいた方がいい事もある。