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◆◆◆◆◆
「いつからだ……」
漣が全てを話し終わると、長い沈黙の後、久次はゆっくりと口を開いた。
「……2年前。初めて、ヌードモデルをさせられた時から」
「あいつ……。何が18歳以上だ。16歳の頃からじゃないか」
久次の奥歯を噛み締める音が、こっちまで聞こえる。
「それどころか売春を斡旋してただと?」
その視線が漣に戻る。
「瑞野。よく聞け。これは立派な犯罪だ。刑事事件だ。警察に行こう」
「……だめだよ」
漣はため息をついた。
「谷原先生が逮捕されたとして。絵画教室が無くなったとして。そうしたら、教室からの収入が無くなっちゃう」
「……そんな、金の問題じゃないだろ!」
「金の問題なんだよ。母さんにとっては……」
漣は自分で発する言葉の重さに、立っているのも辛くなり、近くにあった丸椅子に倒れ込むように座り込んだ。
「………絵画教室が無くなったら、母さんはきっと身体を売ってでも金を工面する」
「それも谷原に吹き込まれたのか?」
久次も隣の丸椅子を引き寄せ、瑞野と膝を突き合わせるように座り込んだ。
「確かに、そう言ったのは谷原先生だけど……」
漣は膝の間に頭を埋めるように項垂れた。
「俺も……そう思う」
「瑞野……」
「母さんは、強い人じゃないから……」
漣は腹から絞り出すようなため息をついた。
「父さんが蒸発して、俺たちの人生は狂ったんだ」
久次が息を飲んだ。
「亡くなったんじゃないのか?」
「説明のしようがないから、聞かれたらそう答えるようにしてる。でも正確にはわかんない。死んでるかもしれない。でも俺たちの前からは、ただ姿を消したんだ」
言いながら上体を起こし、膝に肘をついて何とか身体を支える。
「それから母さんは変わった。一人で俺たち二人を立派に育てるんだって。大学まで何としても出すんだって。日勤も夜勤も入れて、働いて、働いて働いて」
呼吸が苦しくなり、ハッと息を吸い込む。
「………気づいたら。母さんは、おかしくなってた」
「……それでも」
久次は漣の前に跪いた。
「子供がかわいくない親なんていないんだから。瑞野がこんなひどい目に合ってたって知ったら、きっと目を覚まして……」
「……無理だよ」
漣は久次の飴色の瞳を見つめた。
「母さんは、俺を養子に出すつもりだ」
「……なんだと?」
「谷原の紹介だ。そいつは俺を養子にとるかわりに瑞野家に金を入れるらしい」
「……なんだそれは!絶対だめだ!そんなの……」
「思うだろ……。でも、母さんは―――」
久次の顔が涙で滲む。
「母さんは、養子縁組届にサインしたんだ……」
「……そんなの無効だ。お前は学生だけど18歳だ。ちゃんと裁判所に訴えれば、お前にその意思がないことを示せば……」
「親が……」
瞬きをするたびに涙が溢れていく。
「母さんが俺を、いらないって言ってるのに……?」
気が付くと、漣は久次の腕の中に包まれていた。
先ほどのように探るような抱擁ではなく、今度はしっかりと、互いの体温を共有するための抱擁。
相手を大切に思い、守ろうとする抱擁だ。
2年間………。
獣のような男たちから、数えきれないほど抱きしめられてきたが、
こんなふうに抱きしめられたのは、
酷く、久しぶりな気がした。