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沖藤は、新幹線の窓から見える街の灯りが、橋を越えトンネルをくぐりながら、少しずつ、少しずつ闇に飲まれていくのを、ただ眺めていた。
今回、合同練習の講師を引き受けたのは、8割以上久次に会うためだった。
彼のことを思う。
そうして遠い日の彼らのことを想う。
沖藤と、虹原との出会いは彼が小学3年生の時。
親に連れられてきた県立少年少女合唱団で、試しに声を出してみるか?と誘うと彼は照れくさそうに頷き、そして沖藤を含めた皆が目を見開かんばかりの歌唱力を披露した。
親が慌てて合唱団……というよりも、当時から県の指導者として名をはせていた沖藤のもとへ、我が子を送り込んできたのも理解できる逸材だった。
週2回の合唱団の練習とは他に、彼は沖藤の個人レッスンも申し込んだ。
そちらも週2回。それぞれ2時間ずつ。
遊びたい盛りの小学生の男子に、週8時間の拘束は酷ではないかと思ったが、彼は飽きる様子もなく疲れたそぶりも見せずに歌い続けた。
高校に上がったばかりの虹原に、指導者として彼を紹介したのは、他でもない沖藤だった。
その頃、毎年受ける胃カメラで、小さなポリープが見つかった。
内視鏡で検査できる大きさでもなく、摘出した方が早いとの医師の勧めで沖藤は、胃がんで父を亡くしたばかりだったこともあり、二つ返事で手術の予約をした。
その1ヶ月弱の個人レッスンの穴埋めに、彼を紹介した。
彼もまた自分の教え子で、訳あって音楽の道を志さなかったものの、勤めている地元の高校で合唱部の顧問となっていた。
入院の直前、顔合わせに同席した虹原は、彼を見て、一瞬止まった。
彼もそんな虹原を見て、穏やかに言った。
「俺の顔に何かついてる?」
微笑んだ彼に、虹原は顔を真っ赤にして首を振った。
あの時……。
あの時自分が、長年教えてきた虹原の異変に気が付いていれば……。
あのとき彼らのどちらかが、「助けてくれ」と自分に助けを求めていたとしたら。
あの悲劇を生むことなく、彼らを助けられたかもしれないのに。
変化のない退屈な闇の風景に眠気が射し、沖藤が眼を瞑ったその時、携帯電話が鳴った。
周りで同じように微睡んでいた客たちが迷惑そうに振り返る。
沖藤は苦笑いをしながら携帯電話を手に、デッキに移動した。
【久次誠】
その表示を確認してから耳に当てる。
「どうした?土産でも渡し忘れたか?」
笑いながら出ると、彼は低い声で言った。
『……そうですね。預けたいものがありまして』
「おいおい。もう新幹線の中だぞ。じきに福島につく」
沖藤は冗談とも思えない久次の声に、眉間に皺を寄せた。
『それでは明日、そちらに向かっても構いませんか?』
「……何を言ってるんだ?」