少し浮き浮きとした足取りで家に戻ると、
「おかえり」
なんて女性の声。ああ、母親を名乗る人物か。
結局、僕はあの女性の事を何も思い出せない。
あの後先生に聞いたが、どうやら僕は
【忘愛症候群】から派生した新しい奇病ではないかと言われた。
忘愛症候群は発病した本人が愛しているものを拒絶するようになり、その愛している人やものに関するすべての記憶がなくなってしまう。
その過程は人それぞれで、一夜にして綺麗さっぱりすべてを忘れてしまうものもいれば、日々薄れていく場合もある。一から新しい関係を築こうとしても一度この病にかかったものは皆何度でも記憶をなくしてしまうのが特徴らしい。
僕の場合はそこから更に特殊になり、身内や友人としての好きでも症状が出て、拒絶の過程は無くとある条件で記憶が消え、また戻ったりするらしい。
「…ただいま、」
僕に覚えは無いがどうやら女性と一緒に住んでいるらしいから、追い出す訳にも行かないため大人しく住む事にした。
家に人が居るのはどうも落ち着かず、取り敢えず学校の事を何かしようと思って部屋に戻り制服に着替えた。
カバンを持てば声も掛けずにさっさと家を出て、学校に向かう。
休日でも誰かしらは居るはずだろうから、と期待した。
学校に着けば取り敢えず教室や図書室など色々な所を歩き回って、たまたま居たクラスメイトに休んでいた分のノートは写させてもらった。
さて、これから何をしようか。
病院に行って先生にこの病気について話を
聞くのもいいかもしれないな、なんて考えて
目が痛いくらいに晴れている青空をちらりと
時折見上げながら病院へ向かう。
受付を済ませて、診察室に案内された。
少し検診を受けた後、先生と話し込む。
病気の治療方法については、忘愛症候群と解離性同一症の治療方法を試してみるらしい。
本当に悩んでいるような、困ったような表情をしていたから僕が初めてなんだと言うことが
よく分かる。
先生の困ったような表情を見て、少し不安に
なったが「大丈夫だよ」と声を掛けられて少し
安心した。きっと治るはず。
そう期待する。でも、もし治ったとしても片方の記憶しか維持する事ができない事になって
治療も上手くいかなかったらどうしようという
心配は心の底に封をした。これ以上考えても、
仕方がない。