昼休みが終わると、次は校内案内だった。
担任教員に続き、校内の教室を回る。
建物の中は新しく単調で、学校というよりは施設やビルと呼んだ方がしっくりくるような気がした。
「5階以上に行く際はエレベーターを使ってもいいが、4階までは階段を使うようにー」
教員が間延びした声を出しながら振り返った。
「ただし、下りは必ず階段で」
その言葉に、
「えー」
「だりぃ」
少しずつ打ち解けつつあるクラスメイト達がダレた声を出す。
教員はそれには答えず、階段を下り始めた。
「マジかよ。ここ7階だぜ」
思わず呟いた青木に、
「卒業するまでにはムキムキになりそうだね」
前を歩いていた白鳥が振り返る。
(卒業――。できんのかな、俺」
謎の声は実験にどれくらいの期間を要するかは言わなかった。
1年?半年?それとももっと――。
考えていたところで、
トン。
軽く背中を押された。
「え……」
青木は気が付くと空中に飛び出していた。
ヤバい。
そう思ったときには遅かった。
バランスを崩した青木は白鳥を巻き込むまいと横に突き飛ばしながら、正面から階段に突っ込んだ。
額に激痛が走る。
その次は背中に、続いて後頭部に。
今どの向きでどんな体勢になっているかはわからない。
しかし自分が階段を転げ落ちていることだけはわかった。
「青木……!!」
白鳥の声が遠くで響く。
踊り場でやっと止まった身体を投げ出したまま、階上を見上げた。
皆ギョッとした顔でこちらを見下ろしている。
「青木ぃ!」
白鳥が駆け寄ってくる。
青木はゆっくりと瞼を閉じた。
*******
『……う………うぅ……え……ええッ……』
おい。
何で泣いてるんだ……?
またいじめられたのか?
『え……んっ………うえ……えッ……』
泣いてちゃわかんないだろ?
大丈夫。
お兄ちゃんが、守ってやるから……。
*******
「青木……!!」
瞼を開けると、目の前には白鳥の美しい顔があった。
「――ここは……?」
「保健室!」
白鳥が涙目になりながら言う。
「よかった……もう目を開けてくれないかと思ったよ!」
ふわっと抱きしめられる。
「白鳥……」
(これは怪我の功名というやつでは……?)
抱きしめ返そうとしたところで、
「大袈裟ね。ただの脳震盪でしょ」
と白鳥の後ろに立っていた保健師が呆れて腰に手を当てた。
「裂傷なし、捻挫なし、骨折なし」
保健師は青木の布団をはぎ取った。
「もう大丈夫だから、教室戻りなさい」
「だってさ!」
白鳥が人懐こい笑顔で青木の手を握った。
「いこ!青木!」
「あ、ああ……」
青木は導かれるままに立ち上がった。
◇◇◇◇
「マジで焦ったよ。青木、全然動かないんだもん」
白鳥は青木の手を握ったまま言った。
「あはは。脳震盪だって。ウケるよな」
言うと、
「全然面白くなんかない!」
白鳥は眉間に皺を寄せながら振り返った。
「今度からはちゃんと気を付けてよね!」
青木は自分の手を引く白鳥の華奢な身体を見下ろした。
「まさか、白鳥が運んでくれたのか?」
「うん。そうだよ!重かったんだから!」
白鳥はそう言うと、さらに強く青木の手を引いた。
「次の時間は委員決めだって!いいのなくなると悪いから急ごう!」
「あ、ああ……」
青木は白鳥に手を引かれるまま、廊下を走った。
◇◇◇◇
「遅れましたぁ!」
白鳥が元気よく扉を開けると、皆が驚いたように振り返った。
「え、もう大丈夫なの?」
一番近くにいた男子が白鳥と青木を交互に見る。
「大丈夫!ただの脳震盪でした!」
青木の代わりに答えた白鳥が先に席につく。
「何もなかったなら良かったけど」
男子は背もたれに腕を乗せながら笑った。
「しかし転校初日にあんな派手なコケかたするなんて、持ってるなぁ」
誰かが言うと、教室は笑いに包まれた。
「ドジっ子かよ」
「バッチリ印象には残ったけどー」
「……はは」
青木は苦笑いを返しながら教室全体を見回した。
――誰だ。
誰が俺を突き飛ばした……?
『6人全員、お前の敵だから』
茶原の言葉を思い出した。
全員が敵か。
面白い。
それならかかってきたやつから順番に蹴落としてやるよ。
「げー。いいの残ってないじゃん」
青木は黒板を見ながら口をとがらせる白鳥を見つめた。
(白鳥は俺のものだ……!)
◆◆◆◆
「あ。そういえば、あの少年に伝えるの忘れたなー」
コーヒーを淹れたカップを持ち上げた保健師は、窓から見える中庭を眺めた。
「保健室まで運んで来てくれた赤羽って子に、ちゃんとお礼言いなよって」
保健師は首をゴキゴキ鳴らしながら回すと、
「ま、いっか。知らなくても別に死ぬわけじゃないし」
少々濃く淹れすぎたコーヒーを口に含み、ため息をついた。
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