『君に、光を教えてもらった』
透明な存在
教室に入った瞬間、空気が変わるのがわかる。
張り詰めたような、でもどこか嘲笑を含んだ雰囲気。
笑い声。ヒソヒソとした囁き。机の上には見慣れた落書き。
――「死ね」「気持ち悪い」「消えろ」――。
見慣れてしまった、自分の名前に添えられるそんな言葉。
誰が書いたかなんてもう関係なかった。
誰一人、味方なんていない。
笑われるくらいなら、感情なんて捨てたほうがマシだ。
だから、今日も私は笑う。
誰にも届かない、作り物の笑顔で。
けれど――転校先の音駒高校で、それは少しずつ変わっていく。
***
「転校生? 名前は……天音 夜空(あまね よぞら)さん、だね」
担任の声にうながされ、私はお辞儀をする。
「よろしくお願いします」
――その声が震えていないことを、少しだけ誇りに思った。
「じゃあ……空いてる席、研磨の隣ね」
その名を聞いた瞬間、空気がまた少し変わった。
ざわめきの中、彼はただ静かに顔を上げる。
金色の目が、無機質にこちらを捉えた。
「……よかったら、座って」
それだけ。
それだけなのに、その声はどこか優しくて、私は――
不意に、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。
彼、孤爪研磨は他人に興味がないと噂されていた。
バレー部の天才セッター。だけど、集団行動が苦手で、基本はマイペース。
けれどそんな彼だけが、私の“異変”に最初に気づいた。
それは、下駄箱に入れられたゴミ袋を見た日だった。
「……それ、いつもなの?」
「……え?」
「誰かに……されてるの?」
私は誤魔化すように笑った。
「気のせいだよ。誰かのいたずらでしょ?」
「嘘」
彼の瞳は、まっすぐに私を見据えていた。
目を逸らしたくても、逸らせなかった。
「……気づかないふり、してほしかったな」
小さな声で呟くと、彼は少しだけ困ったように眉を下げた。
「……それは、無理」
そんな言葉をもらったのは、生まれて初めてだった。
誰かが、私の痛みに気づいてくれるなんて。
それがこんなに温かいことだなんて――知らなかった。