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「……眩し」
渡慶次は朝日に、舞ちゃんに引きちぎられたはずの右手を翳した。
感覚的には、1ヶ月ほど闇の世界に閉じ込められていた気分だ。
強い朝陽が目に、肌に、身体に痛い。
でも、
「気持ちいい……!!」
翳した手を避けると、朝陽を全身に受けながら歩き出した。
「おはよー。昨日のWBCみたあ?」
「観たぁ!大谷選手かっこよかったねぇ!」
高校が近づいてくると、懐かしき日常が帰ってきた。
――本当に戻ってきたんだ……!
渡慶次は学生服のポケットからスマートフォンを取り出した。
「っていうか。まさかの夢オチだったり?」
起きた瞬間は全てがリアルで、ドールズ☆ナイトでの日々が現実のものだったと思って疑わなかったが、起床してから時間が経ってくると、全てが夢だったのではないかと思えてくる。
「ま」
渡慶次は両手をズボンのポケットに入れた。
「行けばわかるっしょ」
そう呟くと、渡慶次は昇降口を通過した。
「渡慶次くーん」
「?」
振り返るとそこには、
あの日あの朝に告白してきた先輩が立っていた。
◇◇◇◇
――やはり現実。
渡慶次は先輩を軽くあしらうと、1年の廊下に差し掛かった。
――問題はクラスメイト達が今どうなっているかということと、
スマートフォンを取り出した。
「……あった」
並ぶウィジェットの右下。
ピエロのアイコンのドールズ☆ナイトはあった。
「こんなのさっさとアンインストールしないと」
長押ししたところで、
「まーさと!」
「うっぐ」
後ろから誰かに乗られて軽くせき込んだ。
「あはは。大袈裟だなー」
誰かがケラケラ笑っている。
「………?」
振り返るとそこには、
「うはよ。昨日の野球観た?」
髪の毛を茶色に染めた、新垣が立っていた。
――やっぱりこいつ生きていたか。いや、てか……
「なんだよ、その髪の毛」
渡慶次はポカンと口を開けた。
「お前は、黒髪だったはずだぞ……?」
「……はあああああ?」
どうやらドールズ☆ナイトでの記憶は全くなさそうな新垣は、後頭部で手を組んで笑った。
「なに寝ぼけてんだよ。俺が染めてもう3ヶ月以上経ってるけどぉ?今度の色はいいなってお前も褒めてくれたじゃん!」
「3ヶ月以上……?」
「そそ。ほらアホ言ってないでさっさと行こうぜ。今日化学テストなんだってさ!」
そう言うと新垣は渡慶次の肩に腕を回した。
「!」
今まで無駄にべたべたしてくることはあった。
しかし後ろから驚かすとか、肩に腕をかけるとか、自分からしてきたことはなかった。
そうだ。
新垣といえばいつも渡慶次に気を使って、ヘコヘコしていたはずなのに。
「てか今日は……」
横目で見ていた渡慶次の視線に気づかないまま新垣が言った。
「彼女は一緒じゃないん?」
「……は?」
渡慶次は瞬きをした。
「彼女って……ウグッ!」
渡慶次は肩口を襲った衝撃と重さに、短く悲鳴を上げた。
「ちょっとぉ!どうして置いてっちゃったのよ!」
自分の背中に乗った誰かがそう言う。
「毎日一緒に行こうって言ってくれたのは、渡慶次くんじゃないの!」
「――――」
「うわ、彼女登場。朝の廊下でイチャつかないでもらっていいすか?」
新垣が笑い、
「いいんです~、ラブラブなんだから!お邪魔虫は黙ってて」
可憐な笑い声が聞こえてきた。
渡慶次はゆっくり振り返った。
「ね!渡慶次くん!」
そこには首を傾げながら微笑む、上間の姿があった。
◇◇◇◇
――彼女?上間が?
狐につままれたような心境で1年5組の教室に入ろうとすると、
「おい~!どこ行く!」
新垣が首根っこを掴んできた。
「俺たちは3組だろぉ?忘れちゃったのかよ」
廊下に連れ戻される。
「……3組?」
渡慶次は生徒たちが往来する廊下を見つめた。
1年5組の手前側にあったはずの1年6組は消失していた。
平良が言ったことは本当だった。
ドールズ☆ナイトの世界で死んだ奴は、この世界に存在しない。
1年5組のメンバーは、30人中24人が死んでしまったため、残った6人は不自然のないように他のクラスに入れられた。
6組編成だった1年は5組になった。
そういうことだ。
「ほら、こっち!」
まだ自分の首根っこを掴んでいる新垣に連れられながら、3組の教室に入る。
「じゃあね、渡慶次くん。また放課後―」
上間が手を振って廊下に消えていった。
「はい!ここがお前の席!思い出したぁ!?」
新垣が笑いながら渡慶次を廊下側の席に座らせた。
「おっすー」
「お、新垣」
窓際にいた男たちが振り返る。
「てか新垣、昨日のLAINなんなん?」
「えー、だってそれはお前がーー」
窓際に駆け寄る新垣が、クラスに溶けていく。
名前も顔も知らない生徒たち。
誰も渡慶次には寄ってこない。
「てか化学の教科書さえ忘れたんだけどー」
と、後ろの席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、前園……!」
渡慶次が振り返ると、女子生徒たちと話していた前園がフリーズした。
「……?おはよう」
話しかけてみる。
すると、
「……おはよーございます」
前園はキョトンとした顔のまま言った。
「…………」
「…………」
なぜかそれ以上会話が続かず、渡慶次は再び前を向いた。
「えー?今のなにー?」
前園が声を顰めながら隣の女子に言う。
「キモオタ渡慶次に呼び捨てにされたんだけどー?」
――なるほど、把握。
渡慶次は渡された化学の答案用紙を見下ろしながら理解した。
この世界は、偶然ときっかけの連続で成り立っている。
渡慶次が築いたカースト上位でモテモテの自分は、消えた24人の誰かがきっかけを与えてくれた積み重ねの上に成り立っていたのだろう。
それは自分のファンクラブを作ってくれた3嶺かもしれないし、懐いていつもそばをうろちょろしていた平良かもしれない。
とにかく誰かがどこかのタイミングで自分を慕い、それに誰かが賛同して、それで渡慶次はあの地位を手に入れたのだ。
あの24人がいない世界線では、自分はモテることもなかった。
新垣にヘコヘコさせることもなく、前園に慕われることもなかった。
しかし、上間とまだ付き合っている。
つまりこの世界線では、彼女と別れるきっかけになったあの事件は起こっていないのか……?
◇◇◇
「テストどーだったー?」
「お察し―」
休み時間、クラスの中心で笑っている新垣の肩を掴んだ。
「なあ、知念って何組だっけ!?」
「…………」
新垣はポカンと口を開けた。
知念はあのとき――渡慶次がドールズ☆ナイトで死んだとき――まだ生きていた。
どこかで生きているはずなのだ。
確かめなければいけない。
この世界線では知念がどうやって過ごしているか。
どう変化が訪れたか。
「チネン?」
新垣の眉間に皺が寄る。
「誰だそれ?」
――嘘だろ……。
渡慶次は新垣の肩に置いていた手をブランと脇に垂らした。
この世界線では知念がいない……?
どうして――?
だって………。
「おいおい」
とそのとき、隣に座っていた名前も知らない男子が笑った。
「いるじゃん。1組にちっこいの」
「――1組?本当か!?」
渡慶次が食い入るように言うと、彼は「おお、ビビった。必死かよ」と笑った。
「サンキュッ」
いてもたってもいられず、渡慶次は走り出した。
「――サンキュッ……だって」
後ろから声が聞こえる。
「渡慶次くーん、キャラ変?」
誰かが野次り、クラスに笑い声が広がる。
この世界線では自分はどんなキャラなのだろうか。
しかし今は構ってはいられない。
渡慶次は廊下に駆けだした。
ーードンッ。
と、そこで誰かにぶつかった。
「あ、ごめ……」
言いかけて渡慶次は言葉を失った。
そこには黒髪に真っ赤なヘアピンを付けた、比嘉が立っていた。
――そうか。
比嘉が髪の毛を銀色に染めてきたのは、玉城が金髪にしてきた後だった。
玉城がいない世界線では、比嘉は黒髪だったということか。
「……なんだてめえ」
比嘉は固まっている渡慶次を睨み上げた。
「邪魔だ。どけよ」
廊下にいた生徒たちが、自分が言われたわけでもないのにさっと道を開ける。
「……ごめん」
渡慶次も道を開けると、彼はギロンと睨んだまま、スタスタと行ってしまった。
その脇には玉城や照屋に変わる生徒の姿は見えない。
彼はただポケットに手を突っ込んで、大海を分けたモーゼのごとく、避ける生徒たちの間を歩いて行った。