「緑川先輩」
昇降口を出て坂道を下り、脇道に入ってやっと一人になった緑川を呼び止める。
「青木……?」
緑川は振り返ると、顔を険しくした。
これが恋敵に対する視線なのか、それとも命がけの勝負をしているライバルに対する視線なのかは判断がつかない。
「ちょっと話があるんですけど。いいですか?」
緑川は大きく息を吸いこむと、コクンと頷いた。
◇◇◇◇
場所には、校舎裏の小さな神社を選んだ。
軽く電子マップで調べただけだったが、人通りもなく悪くない。
陽が翳り暗くなった神社で青木は緑川と向かい合った。
(まずはこいつが死刑囚かどうか確かめなきゃ……)
青木は緑川をぐっと見上げた。
「すみません。朝、日誌を取りに行ったまま戻ってこない白鳥が心配で探しているときに、偶然、化学準備室で2人がしていたことを見てしまいました」
「――――」
緑川の切れ長の目がわずかに見開かれる。
「こんなこと言うのはぶしつけかもしれないすけど、俺も白鳥のことが好きです。退けません」
言葉に感情が宿る。
そうだ。
自分だってここで退くわけにはいかない。
茶原と戦い、黄河に騙され、桃瀬と黒崎に襲われ、やっとここまで来たんだ。
俺は勝って家に帰るんだ。
俺のことを諦めて毎日泣いているだろう母さんと、
発端になった自分のことを責めて悲しがっているだろう優しい加奈を、
この手で抱きしめるんだ。
負けられない。
負けるわけにはいかない。
だったら――
(勝つしかないだろ……!)
青木は後ろ手に持ったナイフを握りしめた。
「……そうか」
緑川は一旦視線を下げてからぐっと睨み上げた。
「でもそれを俺に言うのは違うんじゃないのか。選ぶのは白鳥だ」
(――確かに)
真正面から来た正論に奥歯を噛みしめる。
(でもこの発言……どっちだ?)
なかなか尻尾を見せない。
それとも本当に一般人なのか。
そうであれば自分が焦る必要はない。
今回の実験はあくまで消去法。
7人の中で一番白鳥が好きだった人物が残る。
もう一人の刺客が例えば緑川とは全くの別人の実験に興味がない奴で、はなから参戦する気のないやつだったとしたら、明日のジャッジで選ばれるのは自分だ。
それならそれで構わない。
どっちにしろ自分はこの学園に残る人物ではない。
あとは緑川と白鳥で好きなように過ごしてもらって構わない。
だが万一死刑囚だったら――。
(ここでつぶさなければ負ける……!)
「先輩には申し訳ないんですけど」
青木は切り出した。
「今日、白鳥に会うの延期してもらえないですか?」
「……なんで?」
緑川の眉間にうっすらと皺が寄る。
「今日の白鳥、体調が優れないんですよ。早退をすすめたんですが無理して最後までいたので」
「――――」
「別に話は今日じゃなくてもいいですよね。アイツのことを思うなら、体調がよくなってからにしてあげてくれませんか?」
これが青木が考え出した、死刑囚か否かを見極める唯一の質問だった。
もし一般人であれば、体調が悪い白鳥と無理矢理会うよりは延期を選ぶのが自然だ。
だが死刑囚ならジャッジは明日。
今日なんとしてでも会おうとするはずだ。
(どう出る……緑川……!)
青木は緑川を睨んだ。
「――体調が悪いなら仕方ない。話はまた今度にしよう」
緑川はあっさりとそう言うと、小さく息を吐いて人の気配のない神社をぐるりと見回した。
「白鳥には俺の方から断っておく。お前の話はそれで終わりか?」
青木はあっけにとられて緑川を見つめた。
「―――あ、はい……」
「じゃ」
緑川はそう言うと、スタスタと神社を後にした。
「……マジか」
青木は緑川の足音が聞こえなくなった神社で一人呟いた。
「マジで一般人だった……」
しかも今日は白鳥のところへ行かないという。
ということは――
ということは――
「よっしゃああああああ!!!」
青木が叫ぶと、神社に聳え立つ杉並木に留まっていたカラスたちが一斉に飛び立った。
緑川は一般人。
これでジャッジは決まったも同然だ。
スキップでもしたくなるのをこらえながら青木は歩き出した。
勝つのは俺だ。
生き残るのは俺だ。
俺が――。
「……!?」
その瞬間、右わき腹に鈍い痛みが走り、
青木は神社の土の上に倒れ込んだ。
「――お前も死刑囚だったのか。早く言えよ」
低い声が上から降ってくる。
「そんなら話が早い」
青木は尋常じゃないわき腹の痛みにのた打ち回りながら、必死に声の主を見上げた。
「かかってこい。闘ろうぜ?」
そう言うと緑川は両手の拳を握り、ファイティングポーズをとった。
◇◇◇◇
「『無事、王子様を送り届けましたよ』っと」
赤羽は白鳥が入って行ったアパートの扉を見つめながら小さくため息をついた。
「…………」
ショートメールを送信したばかりのスマートフォンの画面を見つめる。
電話帳に登録してある番号は2つのみ。
青木浩一。
そして、
沖田優紀(おきたゆうき)。
その名前を見ながら赤羽は目を細めた。
自分が殺人を犯すとき、家族、親戚、友人知人、全ての番号を消した。
それは自分がこの世から消える覚悟の上でだったし、彼らの記憶や感情から自分を消してほしいという願いを込めてのことだった。
しかしこの番号だけは消さなかった。
消せなかった。
「…………」
指がその番号に触れそうになるすんでのところで赤羽は大きく息を吸い、電話帳を閉じた。
「ん……?」
テロップでニュースが通知された。
『法務省は今日、死刑囚4人の刑を執行しました。執行されたのは茶原亮死刑囚、黄河利尋死刑囚、桃瀬飛馬死刑囚、黒崎茜死刑囚の4人で、いずれも犯行当時16歳であり、法定年齢制度の引き下げにより死刑が確定し――』
そこまで読んで赤羽はページを閉じた。
明日には同じテロップに自分の名前と緑川の名前も出ることだろう。
青木はあんなに華奢なモヤシ男だが、12人もの人間を殺した殺人鬼だ。負けるはずがない。
「――――」
試しに自分の名前を検索してみる。
「……あった」
青木には未成年の実名報道はされないと言ったがケースバイケースだ。
自分の起こした事件もある意味センセーショナルであったため、実名報道がなされたのだろう。
「…………」
試しに緑川の名前を入れてみる。
「――は?」
赤羽は目を見開いた。
「……ヤバい……!青木!!」
慌てて青木に電話を掛ける。
「くっそ……!出ろ……!!」
電話に出ないということは何かがあったということだ。
「青木……!!」
赤羽は走り出した。
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