『わたしのゲイシー………』
目の前から空気を震わせるような低い声が聞こえてくる。
舞ちゃんにとってゲイシーは、弟の繁そのもの。
弟が殺された状態で、いくら誕生日を祝ってもらっても――――。
『よくもわたしのゲイシーをおおおおおお!』
舞ちゃんの目が漆黒に染まる。
ごめん。
比嘉。
ごめん。
東。
『ゆるさないいいい!ゆるさないいいいい!!』
ごめん。
平良。
吉瀬。
玉城。
照屋。
みんな。
みんな、ごめん。
俺も、
すぐに逝くから。
「舞ちゃん」
そのとき、背後から声が聞こえた。
「それ。ゲイシーじゃないよ」
「…………?」
振り返るとそこには、
真っ黒に汚れたクマのぬいぐるみを持った、
知念が立っていた。
――あのナップザック……。
渡慶次はその泥だらけのぬいぐるみを見上げた。
あっちの世界の知念が、こっちの世界の知念に預けたナップザックの中には、
本物のゲイシーが入っていたのか。
知念は一歩一歩、確かめるように舞ちゃんに近づくと、ゲイシーを差し出しながら、渡慶次の隣にしゃがみ込んだ。
「雨の中、公園にこれをとりにいってくれて、ありがとう」
知念の大きな目から涙が落ちる。
「助けてあげられなくて、ごめん……。お姉ちゃん」
『…………』
舞ちゃんがゲイシーを黙って見下ろす。
――――頼む……。
渡慶次は知念と舞ちゃんを見つめた。
――通じてくれ……!姉弟の愛が……!
『……馬鹿ね』
舞ちゃんは無表情で知念を見下ろした。
『弟に守ってもらうお姉ちゃんが、どこにいるのよ』
「………!」
知念が見上げた。
舞ちゃんはまっすぐに知念を見つめながら微笑んだ。
『何歳になっても、あなたは、私の可愛い弟よ』
舞ちゃんはそう言うと、真っ黒に汚れたゲイシーを受け取り、かわりに知念の頭を優しく撫でた。
「……お姉ちゃん……」
知念がそう呟いた瞬間、
🎶チャンチャチャーン🎶
チャーン チャーン チャーン🎶
ピアノの音が鳴り響いた。
🎶ハッピーバースデイ トゥーユー🎵
🎶ハッピーバースデイ トゥーユー🎵
🎶ハッピーバースデイ ディア 舞ちゃん🎵
🎶ハッピーバースデイ トゥーユー🎵
「…………!!」
渡慶次は知念を顔を見合わせた。
『🎶ハッピーバースデイ トゥーユー🎵』
いつのまにか恰幅のいいおじさんに変わっているドクターが手を叩く。
『🎶ハッピーバースデイ トゥーユー🎵』
若く優しそうな女性に変わったティーチャーも歌う。
『🎶ハッピーバースデイ ディア 舞ちゃん🎵』
若い男に変わったピエロが、おどけた顔をして知念舞をのぞき込む。
『🎶ハッピーバースデイ トゥーユー🎵』
バンバン。
バンバンバンバン。
窓の外で銃声のような音が鳴り響いた。
「花火……」
空を見上げた前園が呟いた。
色とりどりの花火は、「Congratulation!!」という文字に変わった。
「ゲームクリア……」
新垣が呟いた瞬間、
放送室が歪んだ。
「ああっ」
渡慶次は思わず床にしがみついた。
しかし床自体が歪んでくねくねと原型を崩していく。
エレベーターの箱のように、床が落ちていく。
いや違う。
自分たちが浮き上がってる……?
――これ、もしかして……戻るのか?
戻れるのか?元の世界に……!
渡慶次はいつの間にか天井が抜けて、頭上に広がる眩しい世界を渡慶次は見つめた。
「………!」
ふと隣にいた知念を見つめる。
彼は舞ちゃんと手をつなぎ、見つめ合っている。
「おい……?」
しかし彼は振り返らない。
よく見ると、彼だけ浮いていない。
歪む床の上に、
滲む景色の中に、
溶けていく……?
――ダメだ!
「知念……!!」
渡慶次は知念の腕をとった。
「お前も……!お前も一緒に……!!」
「!?」
知念が驚いたようにこちらを振り返る。
「帰ろう!あっちの世界に!」
渡慶次がそう言うと、彼の身体もふわっと浮き上がった。
『またね、繁』
舞ちゃんは微笑んで、やがて歪んだ世界に巻き込まれて見えなくなった。
落ちているのか。
それとも浮き上がっているのかわからない。
不快な浮遊感の中、視界が白く染まっていく。
眩しい。
眩しい……!
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