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「……ッ!!」
渡慶次は目を開けた。
「!?」
自分のベッドの上。
スマートフォンのアラームが鳴っている。
「………!」
散らかった自室に差し込む朝陽。
『次のニュースです。昨夜行われたワールドベイスボールクラシックの予選リーグで、日本は強豪の韓国相手に――』
リビングから聞こえてくるニュースの音。
「……!」
渡慶次は飛び起きると、ベッドから足を下ろした。
急いでスウェットを脱ぐとクローゼットを開ける。
「雅斗~?起きたのー?」
階下から母親の声がする。
シャツとブレザーを同時に羽織り、ネクタイを首から欠けると、ベルトをしめながら部屋を飛び出した。
「今日はやけに早いのねー。ご飯はー?」
台所から覗く母を無視して、玄関に向かいスニーカーに足を通す。
『ずっとかっけーって思ってたから。お前のファッションとか、髪型とか、スニーカーとか』
比嘉の声が耳の奥で聞こえた気がした。
「……いってきますっ!」
渡慶次はそう言うと、家を飛び出した。
◇◇◇◇
いつもより2本も早い電車から飛び降りると、渡慶次は学校までの坂道を走り出した。
「おはよー。昨日のWBCみたあ?」
「観たぁ!大谷選手……キャアッ!!」
前を歩いていた女子高生とぶつかった。
「悪いっ!!」
渡慶次はそう言いながらも休まずに走り続けた。
――結局どうなったんだ……?
ゲームはクリアできた。たぶん。
でも死んだ奴らは?
平良は?
吉瀬は?
玉城は?
照屋は?
東は?
そして、
比嘉は?
逸る気持ちに足がついて行かない。
それでも渡慶次は走り続けた。
◇◇◇◇
「あ、渡慶次くん」
「すみません。後で!」
校門の前で待っていた先輩の脇を通り過ぎる。
もちろん消火器の粉末なんて飛び散っていない昇降口を抜け、渡り廊下を走る。
「…………」
今まではそこにあることすら知らなかった防火シャッターを見上げながら通過する。
西階段を横目に、角を曲がり、1-5の教室に駆け込んだ。
「ハアッ。ハアッ。ハアッ」
渡慶次は膝に両手をつきながら、顎からしたたり落ちる汗を拭った。
額から垂れ落ちる汗で、目がよく見えない。
早く確認したいのに。
渡慶次は袖で目を擦り、目を見開いた。
「――雅斗?」
目の前に新垣がいた。
「どうしたんだよ。今日はやけに早くない?」
「あれー?渡慶次じゃん」
「…………」
視線を移す。
「なんかさー、昇降口で渡慶次のこと聞かれたんだけど。女の先輩に告白されたりした?」
前園が覗き込んでくる。
「あれえ!渡慶次くんがいるー!」
廊下から入ってきた赤嶺がこちらを指さしてくる。
「なにぃ!?推しよりあとに登校するとはなんたる不覚!」
稲嶺が額を覆い、
「電車で言うといつもより2本分早いですようですが!」
仲嶺が時計と渡慶次を見比べる。
――みんな、いつも通りだ……。
渡慶次は彼らの反応に安堵しつつ、クラスを見回した。
でも、
ゲームクリアの瞬間、
新垣は生きてた。
前園も、3嶺も。
死んでたやつらは――?
どうなった?
「渡慶次ぃ!数学の宿題やってきたぁ?」
そのとき、掠れた声がクラスに響いた。
「俺忘れてさあ!見せてクレヨン!」
振り返るとそこには、
犠牲になって死んだ平良が立っていた。
「こら、平良。自分でやれ!今からやれば十分間に合うだろ!」
その頭を、吉瀬が叩く。
「平良……!吉瀬……!」
渡慶次は抱き着きたくなるほどの衝動を何とか抑えた。
「おはよー」
「あれ?渡慶次くん、今日は早いね?」
「昨日のWBC見た?」
「ははは、寝てたー」
次々に死んだはずのクラスメイトが入ってくる。
そして――。
「おはよう」
誰に言うわけでもなく上間が教室に入ってきた。
「――お、おはよう!」
渡慶次は立ち上がった。
「……雅斗?」
新垣が口を開け、
「どしたん?」
前園が渡慶次と入ってきたばかりの上間を見比べる。
「な……なんでもない……!」
渡慶次は慌てて座りながら、上間を見つめた。
「――――?」
彼女は戸惑ったように眉間に皺を寄せながら、イスを引いた。
――何やってんだ。俺……。
渡慶次が俯くと、イスに座りかけた彼女はこちらを振り返った。
「おはよう……」
「!!」
しかし彼女はふいと前を向いてしまった。
「…………」
――今は、これでいい。
自分には、上間と話をする前にすることがある。
「つか、昨日は散々だったなー」
そのとき教室に、派手な頭の男たちが入ってきた。
「見た目で判断するんじゃねーつうんだよ、あのクソ店主。俺らが煙草なんか万引きするわけねえだろって。なあ?」
比嘉が鞄を肩につっかけて、笑いながら教室に入ってくる。
「だからといって、レジの女を口説いて学生服で堂々と買うのもどうかと思いまーす」
玉城が鼻で笑いながら続き、
「いいなあ、あの姉ちゃん。ちょっとでいいから貸してよ。右のおっぱいだけでもいいから!」
照屋が両手を合わせる。
「――――」
涙の溜まる瞳で3人を見つめる渡慶次を、
「ん?比嘉たちがどうかした?」
新垣が覗き込む。
「いや……」
渡慶次は3人から目を反らすと、新垣を見つめた。
「……なあ。俺、お前に無理させてねえ?」
「はいー?」
新垣が目をぱちくりと瞬きする。
「俺のわがままや気分で、お前のこと振り回してねえ?」
「ええええ?どしたの雅斗」
新垣が口をポカンと開け、
「熱でもあるんじゃないの?」
前園が渡慶次の額に手を当てる。
「これからは何でも言ってくれよ。遠慮は要らないから」
渡慶次はそれでも新垣を見つめた。
「俺、お前のこと、ちゃんと親友だって思ってるから!」
「――――」
目を見開いていた新垣は渡慶次を見つめると、
「……変なやつ!」
ニッと笑った。
キーンコーンカーンコーン。
予鈴が鳴った。
「――――」
渡慶次は教室を見渡した。
――これであらかたクラスメイトは全員揃ったかな……?
黒板の前の席では、上間と木村が話している。
窓際では3嶺と前園がなにやらスマホを弄っていて、
後ろの席では、慌てて宿題をする平良を吉瀬が覗き込んでいる。
廊下側の席では東がイヤホンで音楽を聴いていて、
その後ろで比嘉と玉城と照屋の3人が駄弁っている。
――戻ってきた。
本当に、
戻ってきたんだ。
「――ん?」
渡慶次はクラスを見回した。
「あー、ねえ」
後ろを振り返り、平良と吉瀬に話しかける。
「今日、知念は?まだ来てないの?」
吉瀬が口をあけ、平良が視線を上げた。
「知念て……知念繁?」
平良が間抜けな声を出す。
「ん。他に誰がいるんだよ?」
渡慶次が少し笑いながら言うと、吉瀬は眉間に皺を寄せた。
「お前、やっぱり今日変だぞ……?」
「何が」
渡慶次は今度は声を出して笑った。
「クラスメイトのことを聞くのがそんなに変かよ?」
吉瀬と平良は顔を見合わせた。
「おい」
振り返った吉瀬は、渡慶次に言った。
「お前、まさか忘れたのか?知念は――」