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チュンチュン。
チュンチュンチュンチュン。
チチッ。
ヂヂヂヂヂッ!ヂヂヂッ!ヂヂヂヂヂヂヂッ!!
「……おい。喧嘩するなよ」
由樹は管理棟の前のベンチに座りながら、朝ごはんに食べようと思って買ったのに、全く喉を通っていかないパンを、スズメにあげていた。
あれからちょうど1週間が経った。
時庭展示場にいられるのも、あと1週間。その間休日も挟むため、たったの5日間しかない。
由樹は残りのパンを崩してスズメたちに上げ終えると、ベンチにもたれ掛かりながら潰れるようにしてため息をついた。
「……無理だよ。無理だって」
この1週間、何もしないでいたわけではない。
篠崎が展示場にサンプルを取りに行こうとすれば、二人きりになれるチャンスだと「手伝います!」とくっついていった。
しかし重いタイルサンプルを4枚も同時に持つ篠崎の二の腕の筋肉に、間抜けにも鼻血が吹き出し、仲田に介抱されることとなった。
篠崎の地盤調査にだって、渡辺を差し置いて同行し、相変わらず本部から届かない由樹のメットの代わりに、篠崎の物を借りた瞬間、眩暈を覚えて炎天下の中仰向けに倒れた。
二人きりになればなるほど、彼を意識してしまい、告白どころか普通に振舞うのも難しく、会話さえ成り立たなくなってしまう。
(心臓が……もたない………!!)
事務所に戻りデスクに突っ伏した由樹を、隣の席から遠慮なく篠崎がこちらを見てくる。
「……お前、大丈夫か?」
頭をポンポンと叩かれる。
(ダメだ……席にさえ安息はないっ…!)
「大丈夫ですよ。元気です!」
「いや、そうじゃなくて。頭、大丈夫か?」
向かい側で笑っていた渡辺が、何やら印刷機で出力すると、それを篠崎と由樹のデスクに置いていった。
「日曜日の夜、予約しましたー。8時厳守でよろしくお願いしまーす」
「おー、サンキューな」
篠崎はプリントに簡単に目を通すと、それをたたんで手帳に入れた。
「……え、なんですか?」
由樹も渡されたプリントを見つめる。
「駅前の海鮮居酒屋?ですか?」
由樹が顔を上げると、渡辺は微笑んで頷いた。
「そ。普通市内の異動の時は、特別に送別会なんてやんないんだけどさ。それじゃ、ちょっと寂しいねってマネージャーと相談して。もともと時庭は6人と小所帯だしさ、飲み会くらいしようよってことになって」
「……飲み会」
「送別会じゃなくて、激励会だ」
篠崎の大きな手が、由樹の肩を叩く。
その瞬間、いつかの居酒屋でぐいと引き寄せられた熱い体温を思い出す。
強引に口に入ってきた舌。
男の匂いと、荒い息遣い。
薄く開いた眼光。
「……いててててて」
由樹は思わず屈みこんだ。
「おい、どうした?腹でも痛いのか?」
篠崎が驚いて手を離す。
(………股間が脈打って痛いなんてとても言えない……)
「腹痛いんで、便所行ってきます」
前かがみになりながら席を立つ。
靴を履いたところで由樹は慌てて振り返った。
「飲み会、企画してくださってありがとうございます。嬉しいです。絶対行きます!」
篠崎はふっと笑うと小さく頷いた。
(……もう、いちいち……!)
由樹は眉間に皺を寄せながらドアを閉めた。
毎日会えていた時よりも、土日に天賀谷に行くようになってからの方が、想いが強くなってきている気がする。
このまま天賀谷に異動したならば、展示場に偶然篠崎が顔を出すたびに、不整脈で救急車を呼ぶ羽目になる。
物理的距離が開いても、会わない時間が増えても、想いは収まるどころか肥大化していく。
やはり、紫雨が言う通り、踏ん切りをつけなければ……。
手の中に握られた、居酒屋のチラシを見下ろす。
「日曜日の、夜か」
由樹は唇を結ぶと、立ち止まり、一人頷いた。