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篠崎さんのことが好きでもいい。
他に好きな相手ができたのでもいい。
後輩として。
部下として。
それでもいいから…。
そばにいて、いいですか?
林に送ってもらい、展示場でキャデラックに乗り換えると、紫雨はふうと息を吐き、シートに凭れかかりながら、車を発進させた。
林は白根と付き合っていなかった。
その事実が、どうしてこんなに自分の胸を熱くすのか、よくわからなかった。
(……絆された?まさか。俺が?あんな仏頂面の可愛くないクソガキに?)
それどころか、白根に告白されたのに、流されそうになったのに、勃たなかったとまで言っていた。
自分に対してはあんなに興奮し、欲望の限りをぶつけてきたのに。
(そうだよ。おい思い出せ、アイツ鬼畜だったじゃないか。好き勝手犯しやがって、アイツが一番恐ろしいんだって。思い出せよ)
自分に忠告し、自分を説得する。それでも胸を襲う息苦しさが収まらない。
一人暮らしを始めていた。
あんなに―――あんなに紫雨のマンションの近くに部屋を借りて……。
(もしかして、俺を守ろうと……?)
自分に都合のいい状況に、さらに都合のいい解釈が追い打ちをかける。
(……期待すんなって。自分の20代半ばを思い出してみろよ。移り気で遊び盛りで――――)
「あ」
紫雨は口を開けた。
(……いや、んなこともねーな…)
自分の20代なんて、全てあの男で覆いつくされていた。
寝ても冷めても昼間も夜も、就業中も休みの日も、誰といても誰と話しても、誰とキスしても誰を抱いても抱かれても――――。
篠崎岬のことしか、考えていなかった。
もし林が、あの時のような熱量で、自分を想ってくれていたなら――――。
和室で求められるままに合わせた、あの熱い唇を思い出す。
「……………」
ふと思いついて、画像フォルダを漁る。
先ほど林に見せた、背筋を丸めてドリップコーヒーを淹れる篠崎の後ろ姿を見る。
この画像フォルダでさえ、撮るだけ撮って、開いたことなど稀だった。
こんなに抵抗なく開けるようになるとは―――。
「新谷に送っとこ」
紫雨はフフフと笑うと、それを新谷に送った。
「ーーーー」
そして真顔に戻ると、フロントガラスの向こうに聳え立つ、自分のマンションを見上げた。
あの男が待つ、巨大な檻を――――。
今すぐ、篠崎を忘れられなくても。
今すぐ、岩瀬から逃げられなかったとしても、
それでもいいから、と
先輩としてではなく、
上司としてでもなく、
俺のことを好きでいてくれるんだろうか。