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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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皆は連日の練習と、沖藤が取り入れた体力強化のためのマラソンと筋トレですっかり疲れ、寝静まっていた。


「…………」


漣は一人、男子部屋を出て、廊下の窓を開けた。


山から虫たちの大合唱が入ってくる。

窓枠に頬杖をついて、漣はその声の一つ一つに耳を澄ませた。


合宿も明後日で終わりだ。

沖藤は明日、合宿の集大成として、近所の小さな音楽ホールを借りて、舞台で歌わせてくれると言っていて、皆は大層喜んでいた。

生意気にも「グランドピアノですか?どこのブランドですか?」などと質問していた中嶋も相当楽しみにしているらしく、夜遅くまでホールを借りて練習をしていた。


しかし漣は……。


明日、ホールで歌うことなく、ここ福島を去る。


久次が合宿所を出るのを見計らったように、母から電話が来た。

明日、8時に駅で母親と若林を待つようにということだった。


どうやって沖藤に気づかれずに駅まで行くかが問題だったが、この間発声練習で使った山の裏側に大きな道の駅があった。

そこまで歩けば、きっとタクシーは捕まるだろう。


久次は明日戻ると言っていた。

戻って自分がいなかったら、彼はやはり怒るだろうか。


母親と話し、養子縁組の話は延期してもらう。

そのかわり、自分の身体はもう若林の元へ送ってもらっても構わない。

若林の家から登校すれば、久次にはバレない。

彼には「養子縁組の話は無しになった」と嘘をつく。

谷原ももう自分の身体を斡旋しなくなったと、説得する。


そして………。

久次をこのどうしようもない沼から解放してあげる。


それでいいんだ。

それしかないんだ。


漣は目を閉じた。


ザザザザザザ……


砂利の駐車場に車が入ってきた。

ハイヤーやタクシーではない。


あれは………。


「クジ先生……!」


思わず叫んだ漣を、運転席から降りてきた久次は見上げた。


軽く手を上げたその影を見て、漣は走り出した。



廊下を抜け、


エントランスを通り、


扉の鍵を開けて、



漣は久次に抱きついた。




「仕事は終わったの?」

尋ねた漣に久次は頷いた。


「やっとな。もっと早く帰れれば良かったんだけど」

久次はスーツの上着を手探りで探し当てたハンガーにかけながら笑った。


「本当に直前になっちゃったな……」

笑いながら、部屋をきょろきょろと見回した。


「……っと、暗いな。あれ、スイッチどこだっけ」

久次が壁を触る。


「……………」


その手は同じく壁に手を突いた漣の手に触れた。


「……瑞野?」


「電気……つけなくてもいい?」


久次の影が漣を覗き込む。


「何か、あったか?」


「…………」


漣は黙って首を振った。


「誰かから、電話とか来てないか?」


「うん」


「あれから、誰も会いに来てない?」


「うん」


漣が頷くと、久次はやっと安心したのか、ため息をつきながら、椅子に座った。


「いやー。3時間半の運転は、さすがに堪える」

言いながら苦笑している。


「走行距離ケチって普段運転してないからでしょ」

笑うと、


「そうだな。今度からはもっと出歩くよ」

久次も笑った。


「県外に来てるコンサートとか。これからはしょっちゅう遠出してやる」


久次の言葉に思わず漣は吹き出した。


「県外?」


久次はどこか吹っ切れたように微笑んだ。


「俺、福島に戻ることにしたんだ」


「……え」


身体が凍り付く。


「本当は明日、皆に伝えようと思ってたんだけど」


言いながら久次は、鞄の中から一枚の用紙を取り出した。

それを翳してくれるが暗くて見えない。


「見えない」

言うと彼は笑った。


【退職届受理通知】


漣は目を見開いた。


「先生、学校辞めんの?」


久次は短く息を吐いて頷いた。


「正確には高校教師を辞める。もともと教職に就きたくて教師になったんじゃないしな」


「え、じゃあ。なんでなったの?」


「………」

久次が黙る。


外の外灯から僅かに漏れる光を背中から浴びて、真っ黒な久次の顔が静止する。


「理解、したかったんだ」


「理解?」


「高校時代、俺は教師と付き合っていた」


「…………」


今度は漣が黙った。


沖藤から聞いたが、久次の声で、久次の言葉で聞きたかった。


「好きになったのは、俺だった。俺が先生に攻め入り、先生の中にあった僅かな愛情と欲望を無理やり引っ張り出し、迫るように関係を結んだ」


「…………」


聞きたくなかった。

でも聞かなければ。


今、聞かないと、きっと彼は二度と教えてくれない。


「関係がバレて、親や双方の学校を巻き込んでの大問題になって、俺たちは逃げ場が無くなり無理心中を図った。そして俺は、運悪く、生き延びてしまった」


「…………」


「だから、知りたかった。先生は死ななければいけないようなことをしたのか。教師って何だ。教職って何だろうって」


久次は俯いた。


「結論は……出たの?」


瑞野は黒い久次を見つめた。


「……出たよ。俺の中では」


久次がゆっくり立ち上がった。


「……瑞野。お前、俺のことが好きか?」


久次の影が漣に問いかける。


「俺はもう教師じゃない。お前ももう、俺の生徒じゃない」


その影が近づいてくる。



漣は頷いた。


「好きだよ。大好き……」


黒く迫ってくる影が怖くて、

でも彼が発している熱の意味が嬉しくて、

漣は震えながら立ち上がった。


その身体を久次が抱きしめる。


「……俺が出した結論。教師も人間。未熟だし、感情的にもなる。そして……」


腕に力を入れ、強く抱きすくめる。


「恋だってする」


「………!」


「好きだよ。瑞野。お前の声だけじゃない。家族思いのところも、いじらしいところも、一人で耐えてきた強さも、全部好きだ」


「…………」


漣の眼から涙がこぼれ落ちた。


こちらからは窓からの逆光で見えないのに、久次からは漣の顔が見えるのだろうか。

彼の指が優しく頬の涙を拭ってくれる。



「……お前を、俺のものにしていいか?」


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