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春――。
桜が咲く季節が、また巡ってきた。
あの桜の木の下に、今年も新しい風が吹いている。
里村美結は、制服の襟を正し、ベンチの前に立っていた。
その表情はどこかすっきりと、晴れやかだった。
彼女の隣には、いつものように森崎誠がいる。
時の流れを感じさせる白髪と静かなまなざし。けれどその瞳には、確かな光が宿っていた。
「……美結ちゃん、卒業、おめでとう。」
「ありがとうございます。」
「“ひま部”、続けてくれて、本当にありがとう。」
美結は、少し照れくさそうに笑った。
「いえ……わたし、あの場所があったから、たくさんの人とちゃんと向き合えた気がします。
怖かったことも、苦しかったことも……全部、少しずつ手放せた。
だから、“ひま部”は、もうわたし一人のものじゃないんです。」
「……うん、きっとそうだね。」
誠は、ポケットから一枚の便せんを取り出した。
「杏美が書いた、もう一通の手紙。これが、最後の一枚。」
「……まだあったんですか?」
「うん。……“誰にも渡せなかった最後の手紙”。
君になら、託していい気がする。」
美結は静かに受け取ると、息を整えて、それを開いた。
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春になったら、またここで会おう。
あなたが誰であってもいい。
わたしを忘れていても、覚えていても。
ただ、そこにいてくれたら、それだけでうれしい。
“わたしの居場所”は、どこか遠くにあるんじゃなくて、
あなたの「心の中」にある。
そう気づけたら、わたしはもう、大丈夫だから。
――春、またここで
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美結はそっと便せんを閉じた。
心が、ふわりとほどけていくような気がした。
「……杏美さん、やっぱり“ありがとう”を言いたかったんですね。」
「そうだね。
でもきっと、君がこの言葉を受け取ったことで、杏美はようやく“旅立てた”んじゃないかな。」
誠は、空を見上げた。
満開の桜の花が、風に吹かれて舞っていく。
花びらの一枚が、美結の肩に落ちた。
それを見て、彼女はふとつぶやいた。
「“ひま部”って、もしかして……“ひま”じゃなくて、“ひ・ま”だったのかもしれません。」
「“ひとり”と“またひとり”。
それがつながって、ふたりになって。
やがて、たくさんの人に。」
誠は、笑った。
「そうか。……きっと杏美がそう名付けたんだな。」
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やがて、美結はふたたび歩き出す。
桜並木を抜けて、新しい世界へと向かって。
その背中には、“誰かの孤独に寄り添う”という、あたたかな約束が宿っていた。
“春、またここで”。
それは、「別れ」の言葉ではなく、「続いていく」という宣言だった。
そして“ひま部”は、これからも誰かの心の中で、そっと咲き続けていく。
いつでも、どこにいても――
「居場所」は、ここにある。