コメント
107件
うわ,感動する、、、あれ?目から涙が、
、、、どうやったらそんな皆が魅入る作品を作れる?、、、これは天性の作品だから真似する事はできなと思う
うわぁ、、、切なすぎるわほんまに、、すげぇ、、✨
注意
・ナチの片思いのお話。
・ナチ→イタ王。
・書いてる途中でつらくなることが決定するような内容。書く前から私も書ききれるのかどうか不安です。
・第二次世界大戦中。
・いくら史実に絡む描写が出てこようとこのお話は完全な創作物ですので現実と一切関係はございません。
・一人称が俺だの私だの出てますがうちのカンヒュに性別はありません。つまりBLでなければNLでもありませんしGLでもございませんのでご了承ください。
・書き方迷走中。
地雷さんはご自衛ください。
(追記(2024.10.26)
題名変えました。
旧:ずっと好きだった
新:初恋の香り)
では本編Go。
私がその人物に仕事や思想以外の部分で惹かれたのは、確か香水の香りからだったような気がする。
1933年生まれ、今年で9歳になる比較的若い国。
イタリア王国で生まれたファシズムの流れを汲み、のちにナチズムという思想法を取った国━━━…ナチス・ドイツこと、俺はもともと他国に全く興味がなかった。
全く…というのはちょっと語弊があるが、他国に対しての俺の認識は『いつかドイツが侵略し支配下に置く未来の領土』…といった程度だった。
だから、物心ついた時から他人の顔はどこかぼんやりとしていて、覚えるのがとても苦手だった。
左に青、真ん中が白、右が赤だから、嗚呼、この国はフランスだな、といった程度でしか覚えることができなかった。
いうなれば、他人の顔に常に靄がかかっているようなイメージ。
だが、そうやって生きてきて数年。
初めて香水をつけていると気づいたのは、ふと近くを通った時。
柑橘系の香りがふわりと鼻腔の奥に漂い、思わず香りの原点を見たものだ。
そこに居たのが、イタ王だった。
その時初めて、俺はイタ王の顔をまっすぐに見た。
「…イタ王、何か香水でもつけているのか?」
そう問うと、日帝と次の作戦について語り合っていたイタ王がこちらを向いた。
そして、少し眉を下げて困ったように首を傾げた。
「え、うん。そうだけど…苦手な香りだったりした?」
「嗚呼いや、そういうわけじゃなくて…良い香りだな、と思っただけだ」
「そっか!よかった、僕この香水好きなんだよねー」
にへ、とまるで子供の様にイタ王は笑った。
年は私よりも年上の筈なのに、どこか年下の様に見えてしまって不思議な気分だった。
「…その香水、なんて名前なんだ?」
「え、ナチも興味ある?珍しいねぇ…
これはね、アクアディパルマっていうメーカーの、コロニアってやつだよ。
今度持ってこよっか?」
「あ、いや、大丈夫だ。ありがとう、イタ王」
いつも通り微笑むイタ王。
なぜか、その姿に俺は一瞬胸が苦しくなった。
こんななんでもないことで、俺はイタ王に対して恋に落ちた。
それから俺は、無意識にイタ王の姿を目で追ってしまうようになった。
日差しの中で走るイタ王の白い軍服は光を反射し、光っているように見える。
本を読んでいれば後ろから唐突にのぞき込まれて、『それioも読んだことあるよ!面白いよね~』と読書の邪魔にならない程度の話題を提供してくれたり、突然お菓子を持ってきて枢軸に振舞い始める時もある。
緑と赤のオッドアイは興味のあるものや自身の好きなものを目にすればキラキラと輝き、食べ物は何であろうととてもおいしそうにほおばる。そして、頬に手を当てて『美味しい!』と笑顔で言ってくれるのだ。
そんなやつを、好きにならない方がおかしい。
そして、嬉しいことに俺は長年続いていた他国の顔にもやがかかるような現象が、イタ王の事を意識し始めてからぱったり無くなったのだ。
イタ王の顔を認識した途端、隣にいた日帝のもやも剥がれ落ちた。初めて見た二人の顔は、一瞬で脳内に刻み込まれた。
それから何度も他国に会う機会があり、そのたびに剥がれ落ちていく靄。比例して、俺は人の顔を覚えるのが得意になっていった。おそらく、人の顔を隠していた靄はただの俺の思い込みだったのだろう。今なら人の顔が認識しづらいなど馬鹿らしいと胸を張って言えるまでに成長した。
あるとき、昼食後にイタ王がスケッチブックと鉛筆をもって俺のもとにやってきたことがあった。
丁度俺はベランダで風を感じつつ本を読んでいたところで、イタ王の姿を出来るだけ視界に入れないようにしていたつもりだった。…が、いかんせん俺は面倒なことに『そこにイタ王がいる』という事実を認識してしまうともう本には集中できなかったのだ。
本を読むことは不可能だと悟り、諦めて本を閉じたタイミングでイタ王がぱっと笑顔を浮かべながら話しかけてきた。
『ねぇ、ナチ、今良い?』
『どうしたんだイタ王』
ちょっとぶっきらぼうになってしまっただろうか。
心の中に影が横切った俺に気づくことなく、イタ王は鉛筆をくるくると回しながら首をかしげた。
『ちょっと、久しぶりに絵が描きたくてね。君の座ってるところが様になってたからそれを描きたくてさ。被写体役頼まれてくれない?』
『なんだ、それくらいか。…嗚呼、構わんぞ』
『ほんとっ!?ありがとうナチ!』
イタ王が心底嬉しい、といった様子で俺の手を握った。
それからキャンバススタンドを立てた後、鉛筆を縦に握って俺の座っている姿の寸法を測り出した。
片眼をつぶり、鉛筆越しに俺を見ているイタ王の姿は見るに堪えないほど格好良くて、俺は見ないようにすぐに本に目を落とす。
それからすぐに聞こえてくる鉛筆のさらさらとした音が耳に届き、『今自分が描かれているのだ』と思うと一気に顔に血が集まる感覚がした。だが、幸いにもナチス・ドイツの鉤十字の国旗は地が赤色なので、絵に集中しているイタ王には俺の顔が赤くなっていることは悟られずに済んだ。
そのあと見せてもらった絵は、バランスよく描かれた俺の姿。座って本を読み、自分で言うのもなんだが無表情で本を読む姿はやけに様になっていたように覚えている。
『どう?ナチ。結構自信作なんだけど…』
『…まぁ、悪くはない』
『またまたぁ、ナチってば素直じゃないんだから。
…でもありがとね。あ、この絵僕もらっていい?』
『焼くなり捨てるなり自由にしろ』
『わーい、じゃあもらうね!』
イタ王は笑顔でスケッチブックを胸元で抱えた。
素直に物事を言えない俺の言動で、たくさんの人が離れていった。
でも、イタ王だけは言葉の本質を読み取って俺の伝えたかったことを正確に理解し、そして適切なリアクションを返してくれる。こんな存在は、本当に…日帝やフィンランドといった、枢軸のごく限られた人物しかいなかった。だから、話せるだけで嬉しかった。
(…嗚呼、やっぱり、好きだな)
絵を持って喜ぶイタ王の横顔は、とても綺麗で。
俺は思わずまじまじと見つめて、そう思うのだった。
そんなこともあったが、今日も今日とて書類仕事の最中。
ぼんやりと外に出ているイタ王の背を目で追いかけていた時だった。
「ナチ、今ちょっと良いか?」
紅茶を口に含んだタイミングで、日帝が不意に声をかけてきた。
日帝は枢軸の中で一番の童顔であり、身長も一番低く、外国の事を知らないことも多い箱入り娘のようなふるまいをすることも多い不思議なアジアの国の一つ。だが、これでもアジアで今最も権力を握っているといっても過言ではない、国土に見合わぬ大国である。
そして、大日本帝国と名はついているが江戸が開国をしてから生きているため、生まれて10年ほどしか経たない俺や1860年代に生まれたイタ王よりも古くから生きているやつでもあった。
そんな日帝が、俺よりも物事を知らぬ幼子の様にきょとんとした表情を浮かべてやってきた。
「どうしたんだ、日帝?何か作戦に不備でも見つけたか?」
「嗚呼、いや、そういうわけじゃなくて…これはただ私個人の疑問なんだが…」
「お前、イタ王のこと好きなのか?」
飲んでいた紅茶を吹き出すかと思った。
「ッ、はぁっ!?な、な、なななッ、何を急に…ッ!!!」
「だって最近ずっとイタ王の姿ばっかり目で追ってるじゃないか。恋愛にいくら疎い私でも流石に気付いたぞ」
「んなッ…!!」
そこで私は自覚した。
絶対に今、顔が真っ赤になっている。
それは日帝のわかりきったような微笑みが教えてくれるのだから余計に癪だ。
「…ッ」
「ナチ、お前わかりやすいな…」
「うっ、うるさいぞ日帝!黙れ!!」
赤くなった顔を手で隠すようにして顔を背けながら言うと、日帝は珍しく声を出して短く笑った。
「はは、青春じゃないか。戦時下でも恋は出来ることの証明だな」
「何が青春だ馬鹿!!おっ、俺が恋愛など…ッ」
「ナチ、そう隠さなくて良い。私に何でも言ってみなさい?」
「親面をするな!!」
「だってナチスお前、今年で9歳だろう?まだまだ子供じゃないか」
「精神年齢はお前らと一緒ぐらいだっつーの!!!」
…駄目だ、と心の中で悟った。
いくら戦争は俺の方が強いとはいえ、恋愛や精神論については俺よりもずっとずっと長く生きている日帝に勝てるわけがない。
精神論だけは、どうしても年齢に比例して知識を深めていくものだからだ。そりゃ、日帝の十分の一しか生きていない俺が勝てるわけがない。
俺は机に肘をついて手を組み、その手の上におでこを乗せる。下を向いて、大きなため息をついてから独り言のように呟く。
「……疲れた」
「そりゃあんだけ叫んだら疲れもするだろう。
いったん落ち着いて、その紅茶でも飲むと良い」
「元々この紅茶淹れたのは俺だがな!!」
飲もうとしていた紅茶のカップをカチャン、とソーサーに叩きつけるように置いた。
日帝はしばらく笑っていたが、ふと真顔に戻る。いつもの、自分にも他人にもすこぶる厳しい日帝の表情だ。
「…その話は置いといてだな。
俺としてはナチスがイタ王の事を好いていようが何だろうが別に構わんと思ってる。恋愛に対して私の価値観を押し付けて他国にどうこういうのは違うと思ってるし」
「応援してくれる、ってことか?」
「端的に言えば、まぁ…そうなる」
日帝はこくりとうなずいた。
俺は一気に目の前が明るくなるような気がした。
枢軸内での恋愛には、大きな障壁があった。それは、恋愛を善としない考えの持ち主である日帝の存在。
政略結婚など当たり前の国で生まれた日帝に『味方同士で、しかも戦時中に恋愛など甘えている』…と言われでもしないかと、イタ王の事を目で追う横で思考がチラついていたのだ。
そんな日帝に認められれば、心配事など無いに等しい。それが嬉しかった。
内心浮かれる俺とは対照的に、日帝は表情をすこし陰らせた。
「…ただ」
日帝は大きな目で俺を見上げた。
「失恋するかもしれない可能性は、この戦時下だとすごく高い。
もし、イタ王が他の国を好きになりでもしたら?もし、イタ王が死んだら?
…もし、イタ王が裏切ったら?
それでも、お前はその恋心を貫くほどの覚悟はあるのか?」
日帝は、まるで試すように言った。
俺は、全身が硬直したような感覚に一気に叩き落とされた。
確かに、考えたことはなかった。
フラれたらどうしようとか、そういったことは考えたことはあった。
けれど、死ぬ、だとか、裏切る、だなんてことは、イタ王を好きになってこの3か月くらい、全く考えなかった。
「…俺、は」
自然と声を絞り出していた。
「もし、もしも…今日帝が言ったみたいな状況になってしまったとしても…
俺は、貫きたいと思っている」
声が震える中、そう言い切った。
日帝はしばらくの間思考していたようだが、ゆっくりと頷いた。
「…そうか」
「なら私は、ナチスのその想いは全力で応援する」
日帝は微笑んだ。
…それから、1年。今の西暦は、1943年。
戦況がだんだん悪化してきて、枢軸の負けの色が濃くなってきた。
恋愛だので浮かれる暇も段々と無くなり、俺は書類とにらめっこを続ける日々。
日帝に関しては1942年にアメリカと繰り広げたミッドウェー海戦で負け、それから資源等も底をつき始めているとのことで目の下に濃いクマを作っていた。
そんな中でも、イタ王は変わらなかった。
毎日書類とにらめっこしたり、戦闘でボロボロになって帰ってくる俺たちを温かいご飯で出迎えてくれたりした。
俺たちが不安に駆られ眠れないときは、突然ホットミルクを持って部屋へと突撃され、そのまま話を始めたりする。ただ、いつの間にか俺たちの方が眠っているのがオチなので、結局イタ王に寝かしつけられたといっても過言ではない。
笑う時は笑うし、真面目な話をするときにはどこまでも真面目に話をしていた。そのギャップが好きだった。
時が移ろうにつれ、俺はどんどんとイタ王への想いを募らせていっていた。
毎日俺と日帝は戦い、ボロボロになった体で基地に帰るとイタ王が笑顔で出迎えてくれる。
なんとなく、こんな日々が続くと思っていた。
「一体、どういうことだ」
新聞紙に大きく載った、
『イタリア王国、ついに連合国へ無条件降伏』
…の文字。
その紙面がどうしても信じられなくて、俺は何度も何度も穴が開きそうになるまで新聞紙を見た。
けれど、文字は変わってくれない。
俺の望む、『連合国、ついにイタリア王国へ無条件降伏』という文字には、どうしても変わってくれなかった。
「ナチスッ!!
今日の新聞、もう見たかッ!?」
考え込んでいた時、バタバタと足音を立てて日帝が会議室へと入ってきた。
俺は紙面から顔を上げて、走ってきた日帝のことを見た。
日帝も同じ内容の日本語版の新聞を持っていた。
「…嗚呼、見た…見たよ」
「…本当に、恐れていた事態が…起こってしまった。まさか、イタ王が…裏切る、だなんて…」
日帝が膝をつき、悔しそうに床を拳で殴った。ドンッ!!と強い音がして、壁にかけていた絵の額縁が揺れた。
心底悔しそうに膝をついてうつむく日帝に俺は何も言えなくて、見下ろすことしかできない。
日帝の事を見ていた時、不意に床に水が落ちた。
「…へ」
じわ、と水は広がり、カーペットに一瞬で吸い込まれて消え、水の落ちた部分だけ色が濃くなる。カーペットの色は赤だったから、さらに赤く…紅色に。
なぜ水が、と思って上を見ても、雨漏りの様子はない。というか、窓の外を見ればそもそも今日は晴れている。
上を見上げた途端、目の横を水が伝った。
「…ナチス?」
急に上を見たり辺りを見回したりした俺を不審がったのか、俯いていた日帝が心配そうにこちらを見た。その瞬間、目が大きく見開かれていく。
まるで、日帝のその赤い瞳に俺の姿が映り込んでいるのが俺にも見えそうなほど、大きく。
何度か日帝は口を動かし、ようやく、といった様子でかすれた声を発した。
「ナチ、なんで泣いて…」
「…え?」
そこで、ようやく俺は気づいた。
カーペットを濡らしたこの水は、誰でもない、俺自身の涙だと。
「…ぁ」
気づいた時にはもう遅かった。
ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝って、止まらなかった。
止めようと何度袖で顔を拭っても、拭っても、涙が止まらない。
「ナチス」
日帝は、心底心配するような表情で俺の名を呼んだ。
そして、ふと頭に乗る暖かいものの感覚。日帝の手だった。
「…辛いよな、ナチ。私も、イタ王が裏切ったことは…すごく、つらい。でも、一番つらいのはナチだよな。
いつも沢山沢山、色んなことを頑張ってただろう?
…今日は、今日くらいは、思う存分に泣けばいい」
「お前はまだ、子供なのだから」
日帝の声は、今の俺の心に驚くほど沁みた。
イタ王の裏切りという名でぽっかりと空いた心の隙間を、日帝は全部包み込んでくれた。
それが、意図してのことなのか…それとも無意識の言動なのか、俺に確かめる術はない。
ただ、確かなことは。
日帝は俺のことをずっと、軍事力も医療的なものも進んだ年下だが尊敬すべき国だとして尊敬して扱ってくれた。
でも、イタ王が裏切った、その時だけは。
ただの10歳の子供として、慰めてくれていたのだ。
「…すまん、日帝。情けないところを見せた」
「いや、構わん。好いた人間が裏切ってつらい気持ちは、私もよくわかるからな」
散々俺は泣き続け、その間日帝は俺の頭をずっと撫で続けてくれていた。
ようやく泣き止んだ時には、すでに15分も経っていた。
喉が渇いたな、と思った時、日帝が事前に予想でもしていたのか水の入ったコップを渡してくれ、ありがたくすべて一気に飲み干した。
泣き過ぎで目元が乾燥しているのが指先の感触から伝わってくる。
壁際に二人で座り込み、数分間沈黙が会議室を支配していた。
不意に日帝がその沈黙を破った。
「…ナチス、大丈夫か?」
「…お前には大丈夫なように見えるのか?」
「それは野暮な質問だったな」
どこからか取り出した煙管を日帝はゆうゆうと吸い始める。
ただし、中身はたとえ未成年が吸っても問題はないハッカだということは、枢軸国ならよく知る当たり前のことだった。
「…なぁ日帝、俺、これからどうしたらいいかな」
「そんなの私に聞いても答えは出ると思うか?」
「…いや、出ないとは思うが…日帝の意見を聞きたくて」
「そうか。…そうだなあ…」
スーッ、と煙が部屋の上空へと舞い上がり、そして消えていく。
その光景を見ながら、俺は隣に居る日帝の体に体重を預けていた。
日帝はじっくり言葉を吟味するように、ゆっくりと話し始めた。
「私なら、イタ王に悔いのない様に最後に何か伝えておこう、と思うかな」
「へぇ…そりゃまたなんで?」
「この状況で無条件降伏ってことは、このあと高確率でイタ王は連合国側として参戦し枢軸国に宣戦布告するだろうから。そうなって、会うことすらご法度になる前に一度だけでも会ってお互いの思いのたけをぶつけておきたいと思う。『あのとき、ああ言っておけば…』なんて後悔が残るのは、俺としては一番嫌だから」
珍しく、日帝は長々と話していた。
その言葉は淡々としていて、今の状況だと逆に『嗚呼、いつもの日帝だ』と感じられてホッとするのが不思議だった。
日帝は俺の返答を待つように、またハッカを吸った。
「…もう一度会っておく、か」
「嗚呼、そうだ。まだイタ王は元の基地に居る。本格的に連合国側の基地へと移るのは、明後日だと聞いている」
「明後日…」
明後日。今日を含め、あと3日。
(…あと3日しか、イタ王に会えないのか…)
今は連合国へ無条件降伏した直後。だから、まだイタ王は枢軸に宣戦布告もしていない。
つまり、今だけは中立のような立場にある。
俺は立ち上がり、自分のデスクへと向かう。
「どうしたんだ、ナチ」
「…や、日帝からいいこと聞けたから…実践しようかと…」
「お前正気か…実際のところ、イタ王のそばには常に連合国が見張りに入っているかもしれないんだぞ」
「そんなのとっくにわかっているさ」
俺はデスクから万年筆と便箋を取り出した。
インクボトルも開ける。ふわ、とインクの香りが漂った。
「…だから、手紙で連絡を取ってみるんだ」
インクボトルに万年筆の先を付け、薄ベージュの便箋に、まずは慣れないイタリア語で『Caro Regno d’Italia』と書く。ドイツ語からイタリア語へと変換する辞書を引っ張り出し、俺の書きたい語句はイタリア語だとどう書くのかとページをめくる。
そうしているうちに、手紙を書くという行為にのめりこんでいった。
何度も何度もスペルを間違え、そのたびに新しい便箋に書き直すので何枚もの便箋が机の上に高く高く積まれていく。
俺が手紙を書いている様子を、煙管を燻らせた日帝は何も言わずじっと眺めていた。
慣れないイタリア語を必死に書き、わからない語句があれば辞書のページをめくり、目に焼き付け、また書く、といった行為を繰り返しているうちに、随分と時間が経っていた。
書き終えたころには日は随分と高く上っており、朝から書いていたというのに…と、思わずつぶやきが漏れた。
「書き終えたか」
日帝が机の上を覗き込んできた。その問いに頷き、今封をしたばかりの便箋を見せた。
「嗚呼、ばっちりだ。昔イタ王に習った通りに書いたから、きっと大丈夫なはず」
「そうか、なら良かった」
日帝は蕾が綻ぶように微笑んだ。
「…で、その手紙出しに行くのか?」
「嗚呼、勿論。出さないと届かないしな」
「ならば私が責任をもって投函してこよう」
「え、いいのか?」
「もちろんだ」
こくりと日帝はうなずき、俺の差し出した封筒を丁寧に受け取った。
そして、日帝はまるで宝物を抱えるように胸の前でそれを大事に抱えた。
「これは、お前の苦労して書いた大切な手紙だ。
私なら剣術や体術も心得ているから、何か不祥事があれば対応は可能。
…絶対に、最後まで届け切って見せるさ」
日帝はそういったのち、すぐに部屋を出て行った。
…なんて頼もしい、自分の味方。
でも、俺の心の中の大部分を占めるのは、やっぱりイタ王の事ばかりだった。
それから数分後。
俺の心臓が痛いほどにドクドクと鳴り続けるほど緊張して待っていた時、息を一切乱さず日帝は戻ってきた。
「っあ、日帝━━━…」
ドアの開く音で俺は椅子から立ち上がり、慌てて日帝へと駆け寄った。
「嗚呼、ナチ。ただいま」
「お前、怪我…」
「何、この程度掠り傷だ。消毒するまでもない」
そう言って微笑んだ日帝の頬には、横に一本の切り傷があった。
…枢軸をよく思わない輩からの攻撃だろうか。
俺のわがままで日帝を怪我させてしまったことに一気に後悔の念が湧いた。
「…ごめん、日帝。無理やり行ってくれたのに、怪我させてしまって」
「…あのなぁ……」
じんわりと視界がにじむ。
今日の事があってから、俺は随分と涙腺が緩くなってしまっているらしい。
日帝は今にも泣きだしそうな俺の頭を撫で、ため息をついた。
「このけがは別にナチスのせいじゃない。私が勝手に行って、勝手に怪我しただけだ。そこにお前のわがままだとか、無理やり~…なんてものはない。私が勝手にしたこと、されたこと。お前が謝ることではない」
日帝は言葉をじっくりと吟味しながら話してくれる。
普段の会話はかなり短文が多いけれど、それは日帝自身が口に出す前にしっかりと言葉を吟味して、その場その場に必要な分だけ、適切な言葉を選んで発しているに過ぎないのだ。
だから、こうして心に刺さる。
日帝に頭を撫でられ、俺はまた涙をぼろりと零した。
━━━…数時間後。
「我らが祖国様、封書が届いておりました」
その言葉と共に、一人のイタリア兵が部屋へと入室してきた。
僕は荷物をまとめる手を止め、すいと視線を巡らせて適当なテーブルに指をさした。
「ありがとうね。その机の上置いといてくれる?」
「承りました」
…手紙を置いてから、うやうやしくイタリア兵の一人が部屋から出ていく。
人影がなくなったことを認識すると、無意識にこわばっていたらしい僕の体から一気に緊張がほぐれた。
「…ッあ゛~、精神削られる…」
思わずへなへなとへたりこんでしまった。
昨日連合国へ無条件降伏をしてから、僕はずっと精神がじりじりと削られていくのを肌で感じられるほどに消耗しきっているのだ。
明後日にはもうこの基地を引き払って連合国軍側の基地に移り住むことになる。そのための荷造り。
長い時間を過ごしたナチや日帝と離れ、僕が無条件降伏という選択を取ったのだけど…ただただ、気持ちを整理するための時間が欲しかった。
けれど、連合国が『早く来い』と僕を急かすから、心の消耗を無視してこうして荷物をまとめているのだった。
「…てか、今更僕に手紙って何?裏切り者だの罵倒の内容でも書いてんじゃないの」
思わず疑心暗鬼になりながら、僕はさっきイタリア兵が置いていった封書を持ち上げる。
中には爆薬も何も入っていなさそう。本当にただの手紙らしい。
表には、『Caro Regno d’Italia』…と、流れるようなイタリア語で書いてあった。
(…この筆跡、どこかで…)
どことなく、この流暢なイタリア語の文字に見覚えがあった。
裏返すと、ワインレッドのワックスで封がされていた。ご丁寧に百合の花があしらわれた模様でスタンプが押され、薄ベージュ色の封筒と相まって高貴な印象を漂わせている。
「さて、誰からかな」
今のところ僕に手紙を送ってくるような奴なんて考えられなかった。
だからほんの少しの期待と不安を胸に、封を開ける。
出てきたのは、封筒と同じ色の薄ベージュ色の便箋2枚。
開くと、流暢なイタリア語で文字がつらつらと書き連ねてある。
それに目を通していくうちに、僕は━━━…
「…へぇ、面白いじゃん」
無意識に、口角が上がっていくのを感じた。
「えっと、どこやったっけ…」
僕は手紙を閉じて封筒にまたしまい込むと、まとめたばかりの荷物を見回して一番小ぶりなサイズの荷物を手に取った。
次の日。
(…結局返事は来なかったが、来てくれるだろうか)
俺が書いた手紙の内容。
それは、もう一度イタ王に会って話をしたいということ。
もしかしたら、もう降伏してしまったイタ王は枢軸の拠点に来てくれないかもしれない。
けれど、一縷の希望にかけて、わざわざ慣れないイタリア語で手紙を出したのだ。
俺たちの拠点であり家だった場所は今は綺麗に片づけられ、部屋の隅に荷物がまとめてある。
もうじき、俺と日帝はここを離れるからだ。
お互い戦線が厳しくなってきており、今すぐにでも本土へ戻らないといけないほど逼迫した状況。
だから、ここへいられるのは…本当に、今日だけなのだ。
「…緊張するな」
自分の身なりを何度も姿見で確認し、どこもおかしくないことを確認する。
徽章は曲がっていないか。腕章はずれていないか。ネクタイについている鉄十字のピンの向きは正しいか。
色んなことを確認し、そのたびにおかしくないと認識しても、やはり心配で何度も確認してしまう。
イタ王が来るのが、どうにも待ち遠しかった。
「ナチス、大丈夫か」
「日帝!」
丁度そこへ日帝がやってきた。
そわそわとして落ち着かなかったので、信頼できる国である日帝の姿を目にすると一気に安堵感がやってくる。
日帝はポンポンと俺の頭を撫でた。
「緊張してるのか?」
「…当然だ」
「はは、自信家のナチスらしくないな」
「ッ、俺にだって緊張する場面くらいある!」
茶化すように言われたので強めに言い返すと、日帝が声をあげて笑った。
「そうかそうか…っはは、でも良かったよ、ちゃんと緊張してくれてて」
「はぁ?どういう意味だよ」
「そのままの意味だ」
日帝は椅子に腰を掛けた。長い脚を組み、その上に肘を立てて上目遣いで俺の事をじっと見据える。
すべてを射抜くような視線に、ほんの少しだけ畏怖にも似た感情が湧いた。
「昔の事を覚えているか?」
「昔の事?…日独伊三国防共協定を結んだときか?」
「嗚呼、俺たちが初めてであったときのこと」
こんなときに何を話し始めるのだろうか。
日帝は昔を懐かしむように少し話し始めた。
「あの頃、初めてお前と会ったとき。
お前は一切私に目をくれず、一枚の書類を差し出してきた。日独伊三国防共同盟の調印書類をな。
一切の言葉もなく、表情も消え失せ、『こいつはヤバイやつだ』…って本能で悟るくらいには、昔のお前に表情はなかった。私の中で、昔のお前はモノクロのイメージだったな」
淡々と日帝が語っていく様子を、俺は相槌すら打たずただ聞いていた。
日帝はさらに続けた。
「…でも、お前があの日、イタ王に香水の香りについて自ら話しかけた時、お前に色がついていくような気がした。初めて他人に興味を持ち、話しかけた。
それからお前は、よく笑うようになった。よく落ち込むようになった。何より、たくさん他の国について話すようになった。
…昔から見れば、お前はよく成長したなと感じるぞ」
日帝はまるで子を持つ親の様に微笑んだ。
「大丈夫だ、ナチス。
お前には沢山の味方がいる。
それは俺も、フィンランドも例外じゃない。
だから、安心してイタ王に会え。何かあれば、絶対に私たちが守りに行くから」
日帝は椅子から立ち上がり、俺の肩を叩いてからそのまますれ違って扉の方へと歩いて行った。
古い木の扉が開く音がする。
俺は何となく、振り向けなかった。
「…そうだ、ナチ」
耳が日帝の声を拾う。
「前に私は聞いたな。
『もしイタリア王国が裏切ったとしても、お前はその恋心を貫けるのか』…と。
あの日、お前は『貫きたい』と答えた。
…なぁ、ナチス。お前は今でも、あの日と全く同じように言えるのか」
重い鎖につながれたように動かない体を必死に動かして、ようやく俺は振り返れた。
無意識に、表情は笑みの形を作った。
「…貫いてみせる。
誇り高き、ナチス・ドイツの名にかけて」
そういうと、日帝はこくりと頷いた。
夕方。
俺はイタ王に一緒に夕食を摂ろうと手紙に書いたので、おそらくイタ王が来るとしたらこのくらいの時間。
ベランダへと出てみると、気持ちの良い風が流れていた。この分なら、外で食べるのも一興だ。
「…」
時間が経つにつれ、俺はどんどんと緊張していくのがわかった。
心臓がバクバクと鳴り、汗がじっとりとにじむ。
「…落ち着け、俺。
仲間に会うだけだから…」
何とかそう言い聞かせて自身を落ち着かせようとしても、やはり頭は言うことを聞いてくれない。
緊張が最高潮に達しそうになった時、トントン、と扉をノックする音が聞こえた。
いきなりだったので全身がビクッと跳ね上がり、そうっと扉の方を向いた。
「…どうぞ?」
声を、必死に絞り出す。俺の声に従い、扉がゆっくりと開けられた。
現れたのは━━━…
「…Ciao、ナチ」
2日ぶりの、イタリア王国の姿だった。
イタ王の姿を目にしただけで、なぜか涙がこぼれそうになる。
自分が初めて愛した、世界に色を付けてくれた人。
それが、今目の前に居た。
「お手紙ありがとう、ちゃんと届いたよ。
急だったから返事は書けなかったんだ、ごめんね」
「いや、返事は構わん。…忙しかったろうに、来てくれて感謝する」
そういったところで、自分に嫌気がさした。
これで会うのが最後かもしれないというのに、自分は冷たい言い方しかできないから。
けれど、イタ王は一切気にしてないといった様子でにこにこと笑っていた。
「んで、今日は夕食のお誘いだったね?
僕楽しみ過ぎて来る道中すっごいウキウキしてたんだ」
「そうか…戦時中だから豪華なものは用意できなかったが、最後くらい一緒にと思って色々用意させてもらった」
「最後…うん、そうだね。
ありがとうナチス、君の心遣いに感謝するよ」
どことなくぎこちない会話。
やはり、もう立場は違うのだと嫌でも知らされるのが…俺にとっては、一番苦痛だった。
ほんの少し前まで、同じこの家で過ごしていた仲間と今はもうこうして手紙で約束を取り付けないといけないほどに遠くなってしまった心の距離。
同じ場所に居ても、“降伏した”というレッテルが透明な壁を作り出していた。
「…なぁ、イタ王。
夕食…室内で食べてもいいんだが、今日は気候もいいし…ベランダで食べないか」
「お、いいねえそれ!ベランダで食べよっ!」
イタ王の喜ぶ姿で、言ってよかったと一気に安堵が襲ってくる。
俺は一度断りを入れてから食事をお盆に乗せて運び、ベランダに置いてある真っ白いテーブルの上に並べる。
「イタ王、用意できたぞ」
「ありがとうナチ、じゃあ早速食べよっか」
イタ王が帽子を取り、室内のフックにひっかける。
俺もそれに倣って帽子を取り、イタ王の軍帽がかかっているフックから一つ飛ばして帽子をひっかけた。
ベランダへと出ると、気持ちの良い風が頬を撫でていった。
「じゃあ…いただきます」
「いただきます」
ナイフとフォークを手に取り、黙々と俺達は食べ始めた。
(…どうしよう、いざこうなったら…何を話せば)
自分から誘ったはずなのに、いざイタ王を目の前にすれば何を話せばいいのかわからなくなる。
ぐるぐると思考が巡っていた時、イタ王が話しかけてきた。
「ね、ナチ。僕、今日誘ってもらえてすごく嬉しかったんだよ」
「…え、本当か」
「うん、本当。
…や、気分暗くさせちゃったらごめんだけど…僕、無条件降伏した直後だったし。よく殺害予告とか悪口ばっかり書かれたメモとか投げつけられてたから…ナチからの手紙がすっごく嬉しかった」
カタ、とカトラリーを置いた。
ベランダに光源はなく、室内から漏れる暖かい光が俺たちを照らしていた。
笑顔で語るイタ王の横顔が光に照らされ、どことなく哀愁を漂わせているその光景に心臓がギュッとつかまれたような感覚を覚える。
「…喜んでくれたなら、良かった」
「うん、本当にありがとう」
イタ王が微笑んだ。しかし、隠せない目元には濃い隈。イタ王の性格からして、自責の念に苛まれていたのかもしれない。
俺たちはそれから一言も言葉を交わすことなく、黙々と夕食を摂っていた。
俺は、イタ王の事が好きだ。
まだ日独伊三国同盟が有効だったころ、俺はずっとイタ王の姿を目で追っていた。
花が開くように笑うイタ王の表情が、何よりも好きだった。
けれど━━━…
けれど、泣きそうな笑顔を浮かべるイタ王の姿はどうしても見ていられなかった。
「…いやぁ、おいしかった。
久しぶりに誰かと一緒にご飯を食べるとやっぱり美味しいねぇ」
「あちらでは一人で食べているのか?」
「んー…一人ではないよ?イギリスとかソ連とかと一緒に食べたりする…けど、やっぱり長いこと過ごしてきたナチたちと比べると全然ご飯は美味しくないね」
「イギリス料理はまずいと聞くしな」
「そうっ、本当にそうなんだよ!!!イギリスのスターゲイジーパイ…あれを食べた日は腹痛にやられてたよ」
「はは、そんなにか」
「そんなにだよ!…え、今度ナチにも食べさせてあげようか」
「…丁重に遠慮しておこう」
真顔で尋ねたイタ王に俺も真顔で返し、数秒沈黙が支配してから俺たちは同じタイミングで笑った。
笑うのも、こうして長く会話するのも随分と久しぶりな気がした。
「………」
「…………」
…不意に訪れる、静寂。
下の道で誰かが話している声が聞こえていた。
何も言わずただ二人で街を眺めていた時、イタ王は音もなく立ち上がった。
「…今日はありがとうね、ナチ。
連合国に呼び出されてるから、そろそろ行かないと」
「…そう、か。じゃあ、これで最後か」
イタ王が首を軽く傾けてほほ笑んだ。
「今までありがとう、ナチス。すごく楽しかったよ」
「…じゃあね、ナチ」
イタ王がそう言ってから、室内へと入るベランダのドアノブに手をかけた。
「ッ、ぁ━━━…」
行かせちゃ、だめだ
「ッ、イタ王ッ!!!」
行かせてはならないと思った直後には、考える間もなくイタ王を引き留めていた。
イタ王はノブに手をかけたまま、振り返った。
「…どうしたの、ナチス」
イタ王の声は、どこまでも暖かかった。風に飛ばされてしまいそうなほど、儚くもあった。
(…きっと、このまま行かせたら…本当に、会えなくなる)
会えなくなったら、俺の、この想いも━━━…
(…そんなの、嫌だ)
俺は、椅子から立ち上がった。
優しく微笑むイタ王の目をまっすぐに見て、気づかれないように一度だけ深呼吸。
(…何を言われても、これで正真正銘最後だ)
フラれれば、俺はもうきっぱりこの恋から手を引く。あきらめる。
けれど、この思いを伝えないまま終わるのは━━━…絶対に嫌だった。
俺は胸の前でこぶしを握り締めて、溢れそうになる想いを必死にせき止めて…声を出した。
「イタ王…俺、」
「お前の事が、ずっと好きだった」
イタ王が目を見開いた。
俺は言葉が止まらなくて、そのまま言葉を一息つく間もなく発し続けた。
「きっと覚えはないだろうけど、昔、世界に色のなかった俺を救ってくれたのがイタ王だった。好きなものを目の前にすると目を輝かせて喜ぶイタ王の笑顔が好きだった。いつか作ってくれたパスタの味が、ずっと忘れられなかった。ぶっきらぼうな物言いをしても、イタ王は…全部、全部ちゃんと聞いて一緒に話してくれた」
話しているうちにだんだんと涙声になってきた。
視界がにじみ、軍服の裾をぎゅっと握る。
目元に力を入れて、決して涙は零さぬよう。
イタ王は一切目を背けず、俺の事をしっかりと見ていてくれた。
「でも、イタ王が降伏して…あっち側に行ってしまって…その時、ひどく悔やんだ。もっと、もっとイタ王と話しておけばって…
だから、昨日、手紙書いて…それで、俺は、イタ王を呼んで…ッ!」
頭がぐるぐるとして、自分でも何を言っているかわからなくなってきた。
「…多分、きっと、イタ王は俺を振ると思う。でも、俺、どうしても…イタ王に好きだって伝えないまま諦めるのは、嫌だった。だから、伝えた。
俺は、全部含めて、イタ王が好きだ。それは今までもこれからも変わらない。
どうか、どうか…返事を、ください」
俺は今までにしたことがないほど深く頭を下げた。
「…ナチス……」
イタ王は、俺の名を呼んだ。
ほんの数秒の沈黙の時間が、俺には数時間にも思えた。
「…ッ、ぅ…」
待っている間、ただ怖かった。
ついに、言ってしまった。
これが原因で、イタ王とは元の関係でいられないかもしれない。
どういう反応をされるのかが、今までにないくらいに怖かった。
「…ねぇ、ナチ。顔を上げて」
「…え」
イタ王に言われるまま、俺は顔を上げた。
そこには、優しい笑顔を浮かべるイタ王の姿があった。
「手、出して」
「手…?」
俺は両手を上に向けて出した。
イタ王が、俺の手の上に何かを置いた。
置かれたものを見て、無意識に目が見開かれていく。
「これ、ナチにあげるよ」
「い…イタ王、これって…」
「うん、ナチの思ってる通りで合ってるよ」
俺の掌の上に置かれたもの。
それは、イタ王が好んでつけていた香水だった。
「これ…昔、俺がイタ王に話しかけた…」
「そう、アクアディパルマの香水。戦時中だけど、まだ生産してくれててね」
イタ王は俺の手を握った。
「ナチス、僕の事を好きになってくれてありがとう。言ってくれて嬉しかった。
でも、ごめんね。僕は、君の想いにこたえることはできない」
「…うん」
わかっていた。
けれど、はっきりと言われればやっぱり心がひどく傷んだ。
「あのね、ナチ。
僕からも聞いてほしいことがある」
「…?」
俺は首を傾げた。
イタ王は目を伏せていて、表情が読み取れなかった。
「僕も、ナチスの事をずっと見てた。まだ生まれて10年しか経たないのに、周りの国はほとんど敵ばかり。でも、それでも必死に頑張るナチスの姿を、僕はずっと見てて…憧れてた。僕も、そんな風に行動できたらなって思ってた。
…うん、言い換えれば…僕もきっと、ナチの事が好きだった」
一言一言、ゆっくりとイタ王は言葉を紡いでいった。
「でも、あるとき不意に気付いたんだ。
『嗚呼、僕はナチみたいになれないや』って。
君みたいに僕は強くないし、心の奥底は臆病者で…逃げてばっかりの僕は、ナチにはなれないんだって。
ナチの隣に立つのは僕じゃなくて…きっと、日帝みたいな強い人なんだろうとも、気づいた」
イタ王は片膝を地面につけて俺の右手を引き寄せると、そっと口づけた。
俺は驚きで、声も出なかった。
イタ王は俺の姿を見上げ、泣いているのかと疑うほどにうるんだ瞳で俺の事を優しく見つめた。
「…ナチ、君はきっと僕の背をずっと追っているつもりだったんだと思う。
でも、本当は逆で、僕がずっと…君の背を追いかけてた。
その時間が、僕にとって一番の宝物の時間だった」
「…今までありがとう、ナチ。
…そして、さようなら。同志、ナチス・ドイツよ」
そう言い切ると、今度こそイタ王は立ち上がってベランダから出て行った。
呼び止めることもできず、誰もいなくなったベランダで立ったまま動けなかった。
「…イタ王……」
その名を口にすると、じわりと心を侵食していく感情が一つ。
(…俺、失恋したんだな)
手を握られた時の体温が、まだ残っている。それがさらに、俺の初恋は散ったのだと実感させてくる。
けれど、苦しくはなかった。
伝えられてよかったと、心底安心する感情もあった。
だから、もうきれいさっぱりこの恋心は忘れるべきなんだろう。
(…でも、やっぱり…)
(…忘れられるわけ、ない)
敵国になっても、とても優しくしてくれた。
不器用な俺の事を、好きだと言ってくれた。
昔話した香水を、俺に贈ってくれた。
そんな優しい人を、簡単に忘れることができるわけがなかった。
「…そうだ、香水…」
香水の箱を開けた。
中から出てきたのは、青い容器いっぱいに入った香水。
袖と手袋をずらして、現れた地肌にそっと香水を吹きかける。
ふわりと香るキャラメルとホワイトムスクの香り。
一気に視界がにじんだ途端、全身に力が入らなくなって一気にしゃがみ込んでしまった。
それからは、もう駄目だった。
涙がとめどなく流れ続けた。
「━━━…う、ぁ━━━…ぁぁ…ッ」
その時、人生で初めて声をあげて泣いた。
もう、イタ王とは会えない。
あんなに優しくて、朗らかで、一番のあこがれだった存在にもう会うことすら出来ない。
もう、あの声で俺の名前を呼んでくれることは二度とない。
もっと話しておけばよかったと思うことがたくさんある。
けれど、想いを伝えられてよかったと…
そういう思考が頭の大半を占めていた。
だから、やっぱり、伝えたことに後悔はなかった。
こうして、俺の初恋は散った。
…それから、数十年。
戦争が終結し、ソ連とアメリカの戦争も終わり…
俺はドイツ連邦共和国として生きていくことになった。
ふと上を見上げると、雲一つない美しい青空。
「綺麗な空だな」
昔はこの青空を眺めるのにも多大なる苦労が必要だったから、こうして無償で見ることができるというだけでありがたいものだ。
(…イタ王と、見たかったな)
よぎるのは、俺の初恋の相手の姿。
綺麗な景色を今まで何度も見てきたが、やっぱりともに見る相手が欲しかった。
戦争が終わった後。
ソ連から『イタ王は死んだ』と聞かされ、日帝も原爆で重傷を負ってようやく降伏した。
俺も独ソ戦で沢山の怪我を負ってから降伏した。
『…自分で命を絶とうとするな。
今までお前を育ててくれた奴らにどう顔向けする気だ』
銃口を自身の頭に向けて発砲しようとしたとき、ソ連は銃口を押さえて自らの手に怪我を負いながらも言った光景は未だ鮮明に記憶に残っている。
あのときはソ連を心底憎んだが、今思えば生きていてよかったと思えることばかりで…
(ソ連も、嫌いじゃない)
そう思うことの方が多くなっていた。
けれど、生きていてよかったと思えてもイタ王が居なくなった分心にはぽっかりと穴が開いたままだった。
でも、この穴が埋まることはきっとない。
今までも、これからも━━━…
誰一人好きになることなく、自ら選んだ孤独で生きていく。
その覚悟は、とうにできていたというのに━━━…
「ねぇ、ドイツ。
そんなところに一人で立って、どうしたの」
懐かしい、アクアディパルマのコロニアの香り。
俺はまだ、完全な孤独へ達することはできないらしかった。
なんだこの駄作。
まじで文章力が終わってます、ごめんなさい。
次回は何書こうか。
前にイタ王ナチの監禁物語を書きたいと思ってたのでちょこちょこ書き進めていくとしますか。
ではまた次回、さいなら。