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そのまた翌日。
神楽家でいつものように魔法の練習に励みつつ、けれどまるでうまく魔法が使えないことに辟易してきたので、気分転換にとわたしはまた真帆さんのもとを訪れていた。
閉店作業を手伝いながら、特になんてことのない話をふたりでべらべらしているところへ、
「――こんにちは」
先日来たお客さん、山田涼香さんがガラリと引き戸を開けて入ってきた。
「いらっしゃいませ」
と真帆さんは片付けていた手を止め、
「こんにちは。その後いかがでしたか?」
すると山田さんはため息交じりに、
「……ダメ、こんなの、使うタイミングがはかれないわ」
言いながら、カウンターの上にあの聴診器をことりと置いた。
真帆さんに顔を向けて、
「お医者さんでもないのに、聴診器なんて、いつ、どう言って彼に使えばいいのかわからなかった」
まぁ、そりゃそうだ。まさか子供みたいに、いい大人がお医者さんごっこなんてするわけないし。
「何か他に、彼の心を聞き出す方法はないの?」
真帆さんはそんな山田さんに、「そうですねぇ」と口にしながらカウンター後ろの棚に身体を向けて、
「あれでもない。これでもない」
とわざとらしく言ってから、
「あ、これなんてどうですかね?」
振り向き、山田さんに差し出したのは、ワイヤレスイヤホンのような小さな道具。
というより、イヤホンにしか見えない。
どう見たって普通のイヤホンだ。
「……イヤホン?」
「見た目はそのままワイヤレスイヤホンですけど、聞こえてくるのは他人の心の声です」
「他人の、心の声……?」
「魔法的な理屈はあの聴診器とほぼ同じです。違うのは、チェストピースがないので、特定の誰かというわけではなく、その場にいる全員の心の声が同時にすべて聞こえてくるという点でしょうか。耳につければ、周囲の人の心の声が全部、聞こえてくるようになります」
「ぜ、全部……?」
「はい。全ての人の声が、同時に、聞こえてきます」
それはある意味、とても恐ろしい道具だとわたしは思った。
人はその心の中に、色々な思いを持って生活している。
他人とうまく付き合っていくために、口には出さず、ただ胸の内に秘める想いや不満だってたくさんある。
その声を、このイヤホンは全て拾ってしまうということだろうか。
山田さんもすぐにそれに思い至ったのか、眉間にしわを寄せながら、少し困ったような表情で、じっとそのイヤホンを見つめていた。
「……どうします? おそらく、涼香さんが心配なさっている通り、彼氏さんだけではなくて、周囲にいる方々のあなたに対する本心まで、全て聞こえてくるようになってしまいますが」
その言葉に、山田さんはしばらく考え込んだあと、
「――いいわ。大丈夫、他人が私のことをどう考えていようと、関係ないもの」
まるで自分に言い聞かせるように言って、山田さんはそのイヤホンを手に取った。
「ありがとうございます。お借りします」
「はい」
真帆さんはにっこりとほほ笑んで、
「それでは、結果をお待ちしていますね」
深くお辞儀して、帰っていく山田さんを見送った。
わたしは山田さんがお店を出ていってから、真帆さんに訊ねる。
「本当に大丈夫? あんなの貸して」
すると真帆さんはにやりと笑んで、
「さぁ、どうでしょう? 口では大丈夫だと仰ってましたけれど、もしかしたら耐えられないかもしれませんね。ふっふっふっ……」
まるで悪役のような不気味に嗤う真帆さんに、わたしは思わず鳥肌が立った。
「ま、真帆さん――?」
そんなわたしに、けれど真帆さんは次の瞬間には「ぷぷっ」とあの噴き出すような笑いをもらすと、
「な~んて、冗談ですよ」
とけらけら笑う。
「たぶん、大丈夫なんじゃないですか? あのイヤホン、心の声は聞こえてきますけど、誰が何を考えているかまでは特定が難しいので」
「えっと……つまり?」
「さっきも言ったでしょう? あのイヤホン、周囲にいる全員の心の声が聞こえてくるんです。たぶん、周囲十数メートル以内くらいだったと思います。しかも、心の声なので声帯の影響を受けません」
「声帯の影響を受けない?」
首を傾げて訊ねると、真帆さんは、
「要するに、喋っているときの声と、心の中で思っているときの声は全く違うということです」
「えっと……だから?」
「あのイヤホンは付ける場所を選ばないと、それこそ彼氏さんの心の声すら、どの声がそうなのか判別つかないってことですね」
「なにそれ、意味ないじゃん」
わたしがつっこむと、真帆さんは「そうですか?」とまたにやりと笑んで、
「恋人同士なら、ふたりっきりになることなんて、よくあることだと思いますけど。ふたりっきりなら、どの声かくらい判別できるでしょうし、問題ないでしょう?」
言われてふと、自分と神楽くんの関係を思い浮かべる。
ふたりっきりになること……まぁ、なくはないけど、そんなにあるかなぁ?
わたしの場合は学校からの帰り道――くらいのものか。
正直、付き合い始めてからずっと、まともにふたりっきりになったことがない。
むしろ、ふたりっきりになりたいと思ったことすらない自分にちょっと驚く。
はたして本当に、わたしと神楽くんは付き合っていると言えるのだろうか。
なんだかちょっと、不安になってきた。
「どうしました? 変な顔して」
真帆さんに声を掛けられて、わたしははっと我に返って、
「ま、まぁ、確かにふたりっきりになったときに使えばいいんだろうけど……」
「でしょう?」と真帆さんはうんうん頷いて、
「つまり、そういうことですよ」
「ふんふん、なるほどね。そういうことか」
わたしも納得したようなフリをして頷いた。
つまり……どゆこと??