「ごめん。これそっちに置いてくれる?そうそう。で、これがカニ用のフォークね。それとこっちがキミのお皿」
「カニ用のフォーク?こんなんあるん?」
ーーバイト先からは歩いて30分ほど。
カンカンとうるさいサビだらけの階段を上がった二階建てアパートの204号室、そこが我が家だ。
部屋は6畳のワンルーム。玄関との間に5mほどの廊下があり、その途中にキッチンと呼べるのかも怪しい調理スペースと反対側にトイレと風呂。ユニットバスは嫌だったので不動産屋にお願いして別れている物件を探して貰った。そのおかげで家賃が上がってしまい、最終的にこんなボロアパートに決まったのだが。
いつ警察に声をかけられるかとビクビクしながらの帰り道だったが、なんとか無事わが家に辿り着く事が出来、今はカニ鍋の真っ最中なのだ。
「あれだけカニが食べたいって言っていたのにカニ用のフォークを知らないのか?」
俺はふと疑問をぶつけた。
「うん。うちが前に食べた時はな、まだカニを食べだして間もないって言ってたから。こんなもんは作られてへんかったと思う」
ーーでた。不思議ちゃんキャラだ。
これさえなければ完璧な美少女なのになぁ……。
顔には出さない様にしたが、内心かなり残念に思った。
「ま、それはそうと。お腹も減ったしそろそろ食べるとするか!」
「うん!」
『いただきまーす』
二人仲良くハモって俺たちは一心不乱にカニを堪能した。
カニを食べる時は無口になるって、あれ本当だったんだな。
♢
「ごちそうさま」
ふぅ。とお腹をさすりながら俺は食事を終えた。
やはり久しぶりのカニは相当美味かった。彼女はと言うと、カニが全然食べられず殆ど俺が殻をむいて中身だけをお皿に入れてあげた。
苦労する事なく美味しい部分だけを堪能出来た様でご機嫌そうに食事を終え、今は謎の儀式?のようなものの真っ最中だ。
「ーー全ての命、創造主たる神に感謝いたします」
……やはり熱心な宗教家なのだろうか。
俺はしばらく彼女を黙って見つめていたが、いよいよ核心に触れる事にした。
「よし。食事も終えたし、聞かせて貰うよ。キミはどうしてあんな時間に一人でいたんだ?家はどこなんだ?ご両親は?」
もうかなり時間も遅くなってしまったが、そこははっきり聞いておかないといけない。
「あ。そういえば自己紹介まだやったね」
彼女は改めて姿勢を正しながらこう言った。
「ーー申し遅れました。わたくし、音楽を司るミューズが一柱、歌唱を司る女神アオイデーと申します。以後お見知り置きを」
「って事でよろしくね」
カニがほっぺについたまま満面の笑みで彼女はそう言ったのだった。
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