Hiromu side .
理人『今から大夢の家行ってもいい?』
「おっと?」
3月も中旬に差し掛かる頃。今日は久しぶりのオフでゆっくり夕方からお風呂に入り夜はたっぷり睡眠でもしようかと考えて丁度、お風呂から上がった時だった。スマホが通知を鳴らし見ると理人からのLINEメッセージを受信していた。
トーク画面を開いたまま固まる俺はどう返事した物かと考える。この後人と会う約束がある訳でもないから予定としては空いている。
「何か用事でもあるのかな……?」
『何か用でもあるの?』
送信、と。返事は数秒も待たずに返ってきた。
理人『美味しいお肉買ったから一緒に食べようよ。』
「お肉?」
スウェットのズボンに足を通して彼の意図を探るが今まで彼がわざわざ、そうわざわざお肉を買ってまで家に来ることは無かったはずだ。
『予定は空いてる?』と立て続けにメッセージを受信し、返事をしなければと画面にキーボードを出す。
『空いてるけど、今から?』
理人『今から!っていうか……』
そしてブーブーと携帯が着信を鳴らした。相手は勿論理人でその時点で嫌な予感がする。
「まさか。」
応答ボタンを押してスマホを耳に当てるとよく聞き馴染みのある声が鼓膜に響いた。
理人『もう、家の前にいるんだけど、用意出来たらでいいから。入れてほしい。』
「…………信じらんない。」
俺はその言葉に頭を抱えた。
理人『ごめんごめん、気付けば肉買って大夢の家の前にいて。』
「そんな訳ないでしょ?家に来る時はアポを普通入れるよね?」
理人『ごめんって〜ねぇ、大夢。3月とはいえまだ寒いんだよ〜オレ凍えちゃうから入れて!……や、大夢の用意が出来次第でいいけど!』
…どっちなの?笑
はぁ、とため息を付いて電話をスピーカーにしてテーブルに置くと、俺はその場にあった黒のパーカーに袖を通す。
「今開けるから。通話切るね。」
理人『えっ、はや!ありがとうございます!』
プチッと通話を切って、玄関に向かった。ガチャっとドアを開けて出迎えるといつものアウターにマフラーを巻いた理人がスーパーの袋を片手に立っていた。
理人「さむ…、アポ無しごめん…って大夢!!」
「え?」
理人「髪の毛濡れてる!えっ、もしかして風呂上がりだった!??」
「あーー、うん。さっき出たとこ。」
理人「タイミング悪かった…、ごめん。とりあえず身体冷めちゃうから部屋に入ろ!」
理人は俺の肩を押して暖房のきいた室内に押しやる。彼は何回か俺の部屋には来たことがあるので、どこに何があるかは大体把握しているが、靴を脱いでスーパーの袋をそこに置くととそのまま洗面所に直行してドライヤー片手に戻ってきた。
「ドライヤー?」
理人「ご飯の前に!髪乾かそ!!」
理人がスーパーで買ってきた食材達をとりあえず冷蔵庫にしまって、俺はと言うとソファに座り彼に後ろから髪の毛を乾かされていた。
理人「自然乾燥でいいとか思ってない?髪の毛痛むからね。」
タイミングが悪かっただけなの!!理人が来なかったらちゃんとドライヤーしてたから…なんて言えない。
理人「んーこんな事なら風呂上がりにするケア用品とか持ってくれば良かった。」
耳に付いたピアスが髪の毛に引っかかって引っ張られないように丁寧に髪を乾かされていく。
その優しい仕草は俺の心臓をくすぐった。
「……ねぇ、何で来たの?」
理人「えー?何となく大夢に会いたくなっただけだよ?」
「会いたくなったって……っ」
昔から理人はそうだ。初めましての人と人間関係を形成するには見えない壁を作って、1度でも自分の懐に入れて許されると思った相手にはどこまでも甘える癖があるし、大人の顔色を伺うのが上手く、その人間が自分にどこまで許してくれるのか見極める事に長けている。
理人「それにこの前のダンス練習のとき?だっけ。大夢の様子がおかしかったのが気になって。」
そんなこと、あったっけ?あー、確かに。あの日は何も喋りたくない気分だった。
そりゃそうか、理人はグループの事をよく俯瞰している。『いっつも大夢くんを目で追って、何か困ってないか顔色伺って、』と迅が言っていたのを思い出すと同時に、カチッとドライヤーが止められ丁寧に乾かされた自分の髪がふわりと舞った。
理人「……何かあった?」
理人の顔は見えないけれど、頭を撫でる手と声色だけで俺に真剣に聞いてきていることが分かる。何かあったかと聞かれても何も無かった。ただ自分が気持ちを自覚したというだけで、特別誰かに何かされた訳でも勿論理人自身に何かされた訳でもない。
「何も無いし、あの日は寝不足で少し余裕が無かった。ごめん。」
だから少しの嘘を混ぜて謝罪をした。そうすればきっと理人はこれ以上何も言えなくなると分かっているから。そして案の定「……そっか、なら良かった。」と安堵した声色を滲ませドライヤーを仕舞いに立ち上がった。
理人「肉良いの買ってきたんだ、鍋にしよう?」
理人は牛肉が美味しそうだったからすき鍋にしようと思ったらしく、買ってきた材料はお麩や、12個入りの生卵などすき鍋に特化した材料が買い込まれていた。
キッチンに立って長ネギをカットしていると後ろから彼に話しかけられる。
理人「おおお、大夢って人並みに包丁握れるんだ。」
「馬鹿にしてる?俺結構自炊するの知ってるでしょ?」
理人「あ、そうだわ。洸人目線で話してた、笑」
また西くんのことばっかりだ。…いやいや、それより集中。2人前とあって切らなきゃいけない材料はそんなに多く無く次いで白菜、春菊なんかを切っていく。
「じゃあ、理人はお麩を水で戻して。」
理人「ん、了解。」
包丁は家に1本しかないし、それなら理人には鍋コンロの準備とか包丁を使わない作業をやってもらうしかない。
鍋の準備が終わる頃には丁度夕飯時の時間になっていた。
理人「すき鍋美味そ〜〜!!」
テーブルに鍋をセットし、対面式に座る。鍋の中でグツグツと煮られる焼き豆腐やお肉が醤油の美味しそうな色に染まり、食欲のそそる匂いを香らせる。
「久しぶりに鍋にしたかも。」
理人「鍋って人が来ないとしないよな〜一人暮らしだと面倒くさいし、今コンビニでも1人前売ったりしてるし、あれでいいやってなっちゃう。」
理人が椅子に座るのを確認し、俺はコップに2人分のお茶を注ぎ持っていくと彼の対面に腰掛ける。
理人「ほら、手合わせて。」
ほらほら、とキラキラの笑顔で促されどんだけテンション上がってるんだと呆れ笑いするが理人が楽しそうだとこちらも嬉しくなってくるもので、自然と手のひらとひらを合わせる。
「はいはい、これでいい?」
理人「うん、じゃあ大夢。鍋作ってくれてありがと!いただきまーす!」
「いただきます。」
新鮮な卵に肉をくぐらせて口に運ぶと、丁度いいサシ加減の脂が口内で溶けだし旨みが卵と共に広がる。噛まなくても飲み込めそうで、理人の買ってきたお肉は確かに美味い。
「うまっ、おいし。」
理人「でしょ?!このお肉は見た瞬間誰かと食べねば!って思ったもん。大夢が美味しそうに食べてくれて嬉しい。めっちゃ嬉しい、嬉しくしてくれて。」
「それたじくんのやつじゃん、笑」
理人は肉に春菊を巻いて口に入れている。口元を抑えて頬をほころばせてお肉を堪能する彼はとても美味しそうに鍋を食べ進めていく。2人の箸はすき鍋を突つき続け止まることは無かった。
「〆はうどん?ご飯?」
理人「すき鍋だったらうどんかな。あ、うどんも買ってきてるよ。」
「助かる!!これ1度茹でなくていいよね?そのまま鍋に入れていい??」
理人「すき焼きじゃなくてすき鍋だしいいんじゃん?」
理人のその返事を確認すると俺はうどんの袋を開けて鍋に突っ込んだ。肉と野菜の旨味が溶けだした汁に入れられたうどんがゆっくりと広がっていく。
「…………。」
理人「…………。」
テレビも音楽も付けずに食卓を囲っていた為、どちらかが喋る事を止めると途端に部屋は沈黙に包まれた。
この沈黙が今更気まずい間柄ではないが、スマホを弄るわけでもなく彼によって混ぜられている鍋をぼーっと眺めていた。理人はさえ箸で鍋に入ったうどんをくるり、くるり、と混ぜチラチラこちらの視線を確認しつつゆっくり口を開いた。
理人「……大夢さ、さっき嘘ついたでしょ。」
「え……?」
理人「何でもない、少し寝不足だっただけってやつ。」
「あぁ……あれ?なんで?」
一瞬理人に視線を寄越したがまた鍋に戻して先程の自分の発言を思い出す。
理人「大夢が何でもないって言う時は絶対何でもない訳ないんだから。」
笑いながら理人は言う。
「本当に何でもないのに。」
それに俺もふっ、と笑って返す。嘘をついたつもりは無い。ただ、理人に心配させたくなかった。1番目に歳上のプライドと言ってしまえば小さいかもしれないけれど、理人含めメンバーが理想とするグループに俺は隣で立って一緒に同じ景色を見たいんだ。だから、俺が心配される立場になる訳にはいかない。彼には隣を見るんじゃなくて前だけを見てて欲しいから。
「本当に何かあったとしても、……俺は理人には何でも無いって言い続けるよ。」
それがただの意地だと分かっていても。
理人「うん、そうだよね。大夢はずっと、”そう”だよね。」
鍋から視線を上げて、理人の視線を強く捉えると彼は寂しそうにまたあの笑顔でにがく笑った。その笑顔を目に映した瞬間、脳みそがひっくり返るような衝撃が走った。
『そう……っ…おま……は…い……つ……ーー!!』
キィーンと脳裏に響いた声に頭を抑える。なんだ、これ。
理人「大夢?」
「え……?あぁ、ちょっと一瞬頭痛くなっただけ。」
理人「大丈夫?!ゆっくり休んだ方が良いんじゃない?」
「うーん、でも、本当一瞬だったから。理人が帰ったらゆっくり休むよ。」
へらっと笑うが、理人の心配症に火をつけるには充分だったようで〆に煮たはずのうどんをドンブリに移し始めた。
「へ、何で?」
理人「もうオレ帰るから!頭痛いならすぐ休んで、このうどんはお腹すいた時用に冷蔵庫に入れとく。」
美味しそうに煮られたうどんがどんどんドンブリに盛られ、キッチンに向かった理人によってラップかけされる。
「いやっ本当に大したことなくてっ」
俺の言葉は取り付く暇もなくテーブルの後片付けもどんどんされていった。
理人「いいから、大夢はゆっくりしてて。」
その瞬間。
キィーーーン……、
『……引きこもってる……こんな炎天下…中歩いて……ぶっ……れるに……ってんだ……?!』
「っ!!」
また記憶にない理人の声が脳内に響いた。それと共に割れるような痛みが頭を襲い俺は耐えきれずその場に蹲った。全てを下げたキッチンで片付けをしている理人はこちらの様子に気付く様子は無い。
「ぅ……っッ、」
痛い、痛い。何だこの痛みは。頭だけじゃない胸も痛む。ぎゅうううと心臓を絞られるように痛くて苦しい。それはまるで恋している時の何倍も痛くて。
「は……ァ!!」
理人「?!、大夢……!!」
片付けを終えてこちらに視線を移した理人が異変に気付いて駆け寄ってくる。苦しむ俺の肩を抱く理人の胸に縋るように彼の胸元を強く握りしめた。
「あ゛……!」
理人「大夢……っ!!」
『海……行こ……プール……可!』
また知らない理人の声がする。海、プール、経験していないはずの夏の記憶が断片的に流れ込んできた。頭の痛みを堪えながら脳内の記憶を片っ端から引きずり出すが夏に理人と2人きりと出かけた記憶は全く無かった。……経験していない?そんな訳ないだろ、だって俺と理人の付き合いは半年なんてもんじゃない。何で、記憶が無い。何で気付かなかった。
『俺は理人の事が……ーー!』
「……っ!」
波の音と共に聞こえる声、幻に問いかけたと思ったあの言葉をもしかして俺は、言ったことがあるんじゃないか。胸に秘めて言わないでおこうと決めた言葉を。
「はぁ……っ、はぁ、」
痛みが少しだけ引いて、息を必死に整えながら震える声をたどたどしく紡ごうとする。告白を忘れるなんて、そんなこと有り得ない。こんな大事件忘れてるなんて、でも、今から口にしようとした気持ちは確かに知っていた。
「前に、理人に告白した事がある……っ!」
俺を抱いていた人間が小さく息を飲む音が聞こえた気がした。そして紡ぐ、二度目の告白を。
「『俺は理人の事が好きだよ』って……!!」
理人「……!」
「そして今もその気持ちは変わらない事を理人は知ってたんじゃないの……?!」
自分の今の気持ちも乗せて、その言葉は重く部屋に響いた。言われた本人は一瞬驚きで目を見開いたがそれから動きを止めて呼吸を忘れてしまったようだった。
さっきまで言うつもりなんて無かった告白の言葉は虚しく響き彼に伝わっていく。理人の瞳には心配ではない虚無、光を灯さない色が映し出されていた。パクパクと何か呟いた気がしたが声はこちらに聞こえてくることは無かった。
「なんか、言ってよ……!!」
そういえばいくら記憶を探ってもこの言葉を本人にぶつけたのは確かなのにそれに対する返事を貰った記憶が無い。無いんじゃなくて自分が忘れてるだけなんだろうけど、それでも嫌な予感がした。
その予感は見て見ぬふりをして、彼を責め立てるように強く睨みつけると、先程までは虚無に包まれていた理人は掴まれた俺の手を静かに退かしてふらりと立ち上がった。左右に視線を揺らし、俺に焦点を合わせると小さく弧を描いて口を開く。
理人「……また”気付いちゃった”んだね。」
「は……」
理人は一呼吸置き、”また”答えを口にする。
理人「じゃあ、答えも聞いた事あるはずだよね。…『俺は、ずっと大夢と友達でいたい』」
理人『恋人になるつもりは無い。』
「…………!!」
「分かった?」と優しく理人に聞かれると、ブツンッと脳みそが強制シャットダウンしたように意識が途絶えた。身体が支えられなくなりその場に倒れそうになる俺を理人は咄嗟に抱きかかえて、床に強く打ち付けることは無かった。もう声を出すことも身体に力を入れることも出来ないけれど、今理人がどんな顔をしているのか見てやろうと気になり、視線だけ彼に投げる。
「………っ。」
「………………。」
それを見て俺は見なければ良かった、と後悔した。最後に見たキミの顔は、やっぱり泣きそうに笑っていた。
コメント
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いつも楽しみに見てます!!続き楽しみです!!これからもがんばってください!!💪