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階段がこんなに長いものだと感じたことはなかった。
比嘉が2段飛ばしで上がっていくと、
「あ」
「おお…!」
駆けあがってきた知念と、3階から下りてきたのであろう渡慶次が同時に声を出した。
「んだてめえ!ビビらせんな!」
比嘉が舌打ちをすると、渡慶次は「そっちこそ」とムカつくことを言った。
「玉城たちは?」
渡慶次が比嘉と東を見ながら言う。
「――――」
比嘉が答えないでいると、
「吉瀬と平良は?」
知念が同じトーンで返し、やはり渡慶次もそして後ろにいる上間も黙ってしまった。
――マジかよ。
比嘉は息を吸った。
さっきまで体育館には10人もいたのに、今はこの5人だけ。30分もしないうちに半分になってしまったということだ。
それなのに敵の数は減っていない。
寧ろゾンビ増殖により増えている。
さらにはまだ出没していない“舞ちゃん”もいる。
――これはマジでさっさとクリアしねえと……。
「何か、あった?」
この緊迫感にそぐわない落ち着いた声が階段に響いた。
「……え?」
渡慶次がキョトンと聞き返した先にいたのは、知念だった。
「渡慶次、何かあった?」
彼は同じ口調で繰り返すと、感情のこもらない瞳で渡慶次を見つめた。
「何かって……?」
「なんか、君が出す空気が変わったように見えるから」
知念は大きな目を見開きながら淡々と言った。
「そ……そりゃあ、変わりもするよ。目の前でダチがどんどん殺されれば」
渡慶次が自嘲気味に笑う。
「何もできない自分にも腹が立ってさ。だからもう終わらせてやろうって思って。な?」
そう言いながら上間を振り返る。
「うん……!」
上間も渡慶次を潤んだ目で見つめた。
――あらあら。なんでここ仲良くなってんの?
比嘉は鼻で笑った。
――あんなことがあったのに、寛容ですこと。
そして気づかれないように渡慶次を睨んだ。
自分は許せない。
あんなことを言った渡慶次を。
あんなことをしでかした渡慶次を。
一生、許さ…………
――あんなことって、なんだ……?
「そうだよね」
揺れる比嘉の思考を遮るように、凛と冷静な声が響いた。
「行こう。このゲームを終わらせるために」
知念が階段を上りきり、2階に足を踏み出す。
それに階段を下りきった渡慶次が合流する。
――なんだ?この違和感。
比嘉は前を走っていく知念と渡慶次の後ろ姿を見ながら、それでも必死でついて行った。
◇◇◇
知念の背を追いかけるように渡慶次は階段を上り切り、特別室と校長室を通り過ぎた。
「おわっ!なんだ突然お前たちはっ!!」
見張りでもさせられているのだろうか、ドアに凭れて立っていた大城が慌てて体勢を立て直す。
「……遅い!どけ!!」
比嘉が、渡慶次と知念の間を抜ける。
――こういう時には頼りになるな。
渡慶次はあっという間に自分たちを追い抜いていく銀髪を見つめた。
はだけた白シャツ。首からぶら下げた黄色いカード。何かあったのだろうか。
上間の後ろを走る東も、片腕で胸を押さえながら首からかけた赤いカードを揺らしている。
「邪魔だ!デブ!!」
あっという間に大城の飛び掛かった比嘉は、
「え?ひ……比嘉っ!?」
その贅肉がたるんだ頬に右ストレートをぶち込んだ。
「うぐッ!!」
大城が後頭部を放送室の分厚いドアにぶつける。
すかさず比嘉の左回り蹴りが腰にヒットし、大城の巨体が崩れた。
「……すげえ」
目を見開いた渡慶次を肩越しに鼻で笑いながら、比嘉は両手で扉を開けた。
「――あ」
開いた扉の隙間から新垣の声が聞こえる。
「やった。来てくれたの?比嘉」
――そうか。そういえば、新垣は比嘉を欲しがってたな。
渡慶次が覗き込もうとした瞬間、比嘉はつかつかと放送室のカーペットの上に土足で上がっていった。
「あ、おい……」
呼び止める暇もない。
「きゃあっ!」
「ちょ……!」
「痛っ!」
彼は3嶺を突き飛ばしながら中に入ると新垣の胸倉を掴み上げた。
「やめてよ!なんなの!?乱暴しないで!」
新垣の向こう側にいた前園が耳を塞ぐように顔を抱える。
「前園、落ち着け!」
渡慶次が放送室に入ると、
「渡慶次くんっ!!」
3嶺が同時に黄色い声を飛ばす。
「………渡慶次くん?」
前園は大きな目を見開いた。
「もう大丈夫だ」
その震える肩に手を置く。
元から渡慶次を恋い慕っていた3嶺と前園。
軌を一にした知念、そして比嘉。
生き残りたい東に、帰りたい上間。
今や、比嘉に吊し上げられた新垣と、廊下で伸びている大城を除いた全員が、渡慶次の味方だ。
何も恐れることはない。
それに自分には、
――これがある。
渡慶次は腰元にいれたソレに手を添えた。
「ふ――――――ん」
新垣は比嘉に胸倉を掴み上げられたまま、渡慶次を見下ろした。
「なるほどね。比嘉を仲間につけたってわけ」
「……誰が誰の仲間だと?」
比嘉が眉間を引くつかせる。
「寝言は寝て言えよ!パシリ野郎!」
「はは……」
新垣は比嘉に視線を戻して笑った。
「ところで比嘉。玉城と照屋はどうしたの」
「――――!」
比嘉はパチパチッと痙攣するような瞬きをした。銀色の前髪が震える。
「あー。もしかして死んじゃった?」
新垣はクククっと笑った。
「雅斗なんかと一緒にいるからだよ。こいつ、人を犠牲にして生き残るの、得意だから」
新垣はニヤニヤと笑いながら、また視線を渡慶次に向けた。
「俺と一緒にいたら、助けてあげられ――――」
比嘉が右アッパーをその顎に打ち込み、新垣のしたり顔は左に平行にズレた。
「やめてえっ!!」
前園が再び悲鳴を上げる。
「は……図星な……せに……」
「ッ!!」
躊躇なく、同じ位置に同じ角度で拳が撃ち込まれる。
新垣の唇から鮮血が吹き出した。
「やめてってば!!」
前園が、比嘉の腕にしがみつく。
――前園……?
渡慶次が目を見開いていると、
「やめなよ。時間がないんだから」
知念が比嘉の拳を握った。
「全員で協力しないと、クリアできないよ」
「――――は?」
新垣は垂れる血を拭いもせずに、目の前に現れた知念を見下ろした。
「何言っちゃってんの?もしかしてお前もゲーム経験者なの?」
「知念は……」
渡慶次が代わりに答える。
「ゲーム開発者の息子なんだ」
「――へ?」
新垣は目を見開いた。
「じゃあ、知ってるの?クリア方法」
「うん」
知念は新垣を見据えたまま頷いた。
「……なんだ。それを早く言ってよ!」
新垣は両手を開いて笑い始めた。
「降参だよ、こーさん。俺だってこんな世界、ずっといたいわけじゃないんだよ。でもプレイしたことはあってもクリアしたことはなかったからさー。攻略法とか中途半端にしか知らなかったしぃ」
新垣は急にペラペラと話し出すと、口の端に血の泡を作りながら笑った。
「クリアしてもらえるなら大歓迎。なんでも協力するよ?」
その言葉に、
「はぁ。よかった……」
心配そうに見ていた上間がホッとしたようにこちらを向く。
彼女に頷き返しながら、渡慶次はもう一度新垣を見た。
このドールズ☆ナイトの世界に来てからの新垣とは違う、いつもの彼がそこにはいた。
「……わかればいーんだよ。最大限に協力しろ」
比嘉がその胸元から手を離す。
「あはは。ごめんて」
新垣は頭を掻きながら言った。
――待てよ。
渡慶次は新垣の笑顔を見つめながら思った。
新垣は、本当は渡慶次のことが嫌いだったと言った。
つまり、
渡慶次の前では、嘘をついていた。
教室の中では、演技をしていた。
その笑顔と、今の笑顔が同じなら……?
「え、なにこの子、可愛い~!」
そのとき、ドア付近にいた稲嶺が声を上げた。
「何でこんなところに女の子が?」
仲嶺が覗き込み、
「お姉ちゃん、ここは危険よ?」
赤嶺がしゃがみこんだ。
「………ッ!!!」
途端に新垣、そして知念の空気が変わった。
左右にツインテールに結ったロングヘア。
ピンク色のバルーンワンピース。
真っ赤なリュックからはみ出した、茶色のテディベア。
大きな目に長いまつ毛。
白い肌にピンク色の唇。
どこからともなく漂う、綿菓子のような甘い香り。
まるでお人形のように可愛い女の子。
――これが……。
「舞……ちゃん」
知念が低い声で呟いた。