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離婚をする場合夫婦双方が離婚をすること

に合意する協議離婚と

調停で夫婦の同意が得られない場合の裁判離婚

があると弘美さんに説明を受けた

私の場合は最初のアポイントから交渉まで

何から何まで弁護士の彼女が

入ってくれて裁判離婚に発展していった





もちろん俊哉は一向に離婚に応じなかったが




離婚すると決めた以上私はとにかく俊哉とは

いっさい会いたくない事を条件に

彼女に手続きなどを進めてもらっていた




私に対する兄の態度もかなりかわった

離婚に対しての事も弘美さんといくつか選択指

を持たせてくれて、私に選ばせてくれた



ある日彼女がハルと遊んでいる私に言った




離婚の手続きに応じるかわりに最後に

俊哉が私と話をさせてくれと言っているらしい




私はそれに応じた





「これは録音に撮らせてもらうから」






と弘美さんが指定する日時と

電話で彼に電話した





「リンリン!悪かった・・・・

でも君も悪いんだよ

勝手に出て行ったりして・・・・

本当に俺がどれだけ

心配したか知っているのかい

俺はほとんど食事もとれなくなって君のせいで

5キロもやせたんだよ 」





電話の話し口に録音機が仕込まれた

受話器を握りしめて

私は奈々さんと受けたいくつものプログラムを

思い出していた






―相手の一方的な主張に同調しない―






私はこのプログラムを心の中で反芻した





「出て行ったんじゃないわ

あなたに背骨を折られて外に放りだされたのよ」



「いつ俺がそんな事をしたと言うんだい?

君が勝手に倒れた時に折れたんだろうよ

そりゃ・・・ちょっと手は当たったことは

あったかもしれないけどさ・・・ 」






これには驚いた、俊哉は本当に

私に暴力を振るった覚えはないのだろうか?



そこで奈々さんとのプログラムを思い出した

ナルシストの人格障害者は自分に都合よく

物事を捻じ曲げてしまう傾向がある

それに対してはただ事実を延べ伝えるのみ




涙で目が霞む、私が許すと思っているのなら

思い違いもいいところだ

俊哉に付き従ってきたこの二年間は

みじめな毎日の連続だった





たぶん自分の好きなように生きる時がきたのだ







「あなたは私をレイプして背骨を折って

脳震盪を起こすぐらい私を殴ったのよ

医者の診断書もきちんとあるんだから」





俊哉は泣いて申し訳ないと言ったかと思えば

突然激怒したりもした

そしてまた次には泣いてすがった







「ちょっと嫌なことがあったからと言って

結婚をすぐ解消するなんて・・・・ 」



「ちょっとどころじゃないわ、これは異常よ」



「愛し合っているなら

これからどうすればいいか

二人で話しあうのが普通だろ 」




「あなたは私を愛してなどいないわ」




「これだけ君に尽くしているのにどうして

俺の愛を信じてくれないんだ」






ダメだ・・・・

堂々巡りになる・・・・・

私は目を閉じた



私は奈々さんに受けたプログラムをひたすら遂行した「事実だけ」を告げるのだ






「たしかに俺は完璧な夫じゃなかったかも

しれないけど、君だって俺にいつも

嘘ばかりついてさ・・・」



「離婚するわ」




「どれだけ俺が君のために色んな事を我慢して

たと思うんだい?

君は家事も全くできないし

夜の方も酷いもんだった」




「何を言われてももう決めたの」




「愛してるんだよ

どうして運命の相手をこれだけ酷く捨てられるんだ」




「離婚するわ」



「愛しているんだ」



「離婚するわ」



「考え直してくれ」



「二度と会わないわ」








残りの時間

離婚するの一点張りでなんとか押し切った


私は冷汗が止まらず

神経が高ぶって心臓が早鐘を打っていた



声を聴いただけでこれほどダメージを受けているんだから今は到底会うなど出来ないと思った





そしてようやく電話を切り

リビングで待っている弘美さんと兄の元へ行った







「頑張ったわね」







兄と弘美さんが温かく迎えてくれた

まるで全速力で疾走したかのような

気だるさが体中に襲ってきていた





ハルが私を見てキラキラした目で

両手を前に突き出した

抱っこしてくれと言ってるのだ




彼は私が自分を抱きしめずにはいられない事を知っている


こんなに小さくても自分は愛されていると知っているのだ






私は温かくて重たい彼をしっかり抱きしめた

抱きしめてほしかったのは私だったからだ







:*゚..:。:.

.:*゚:.。








兄の所にやっかいになって1か月

義姉の弘美さんは言った





「内容証明も問題ないし

向こうが大人しく受け入れてくれれば

これで離婚は成立するけど

彼が不服を申し立てた場合は・・・・ 」



「裁判になって私は血みどろのあらゆる屈辱

を味わいながら戦う事になるのね・・・ 」





私はハルに離乳食を食べさせながら言った

今日の彼はご機嫌に半分食べて半分噴き出すを

繰り返していた


私は辛抱強く彼の口をふいてまた新しく

口の中に放りこむ





「それでもいいわ・・・・

覚悟は出来てる俊哉は何て? 」






彼女はどう言おうか迷っているようだった

そして話し出した





「あなたも彼の性格を分かっていると思うけど

彼がこのまま黙って離婚を受け入れるのは

ハッキリ言って難しいの

裁判で争うのはもちろんだけど・・・ 」





嫌な予感がする




「何?ハッキリ言って・・・」




「あなたは今も櫻崎家の一員よ

そして櫻崎拓哉の実の妹なの・・・・

彼は大芝居を打って

真面目な好青年を金持ちのわがまま娘・・・

それがしかも櫻崎拓哉の実の妹に

さんざん弄ばれ捨てられたと・・・・

彼はそうやって

世間の注目を引きたがっているわ・・」




「なんですって?」




「最近の彼は

本性を隠すことはもうしていないわ

あなたとの事をゴシップサイトに売ってもいいし

暴露系ユーチューバーになって全部バラすのも

面白いと言ってたわ」






信じられなかった・・・・

俊哉があのまま大人しく離婚を

受け入れることは無いと思っていたけど

裁判で正当に戦って可決したことには従わないといけないし

二度と彼と会わなければ良いと安易に考えていた





そして弘美さんが言わんとしていることすぐにわかった


このままでは

兄の評判まで悪くなってしまう・・・



なんてことだろう・・・・

私のしたことで兄達にこれほど迷惑がかかるなんて






「彼は慰謝料にいくら欲しいって?

それも口封じの・・・・ 」







弘美さんの口からは

目が飛び出るほどの金額が提示された

もちろん俊哉の提示した金額をそのまま

払うつもりはさらさらないと彼女は言った・・・




ただ・・・

ある程度の手切れ金は渡さないといけなくなる

かもしれないと



私をあんな目にあわせたあげく

彼に金銭的に特をさせるなんて

これほど人生で彼と結婚したという事を

後悔して屈辱を味わう事になるとは・・・




怒りと悔しさでどうにかなりそうだった






「俊哉の乗っているベンツを渡せばいいわ

あれは私名義で兄が買ってくれたから

彼に伝えて、

私は実家に勘当されているからあなたの

思っているような大金はせしめられないわよと

現に私は一銭も持っていないんだから」







人生でこれほど人を憎いと

思ったことはなかった

握りしめるこぶしに力が入った









しかし私の憤りとは反対に

弘美さんはにっこり微笑んで私に言った












「実はこの件に関して

あなたを助けたいという人がいるの」








:*゚..:。:.

.:*゚:.。









今まで避けていたけれど

私は約2年半ぶりに父と母に会うことにした




最近父は神戸の芦屋の一等地に私の知らないうちに別荘を購入していた


そこに母と住んでいた

どうやらここに永住したいらしく

色々住みやすいように改装しているそうだ



弘美さんに借りた

赤のアウディで山道を登っていくと

そこは静かな裕福層の住む住宅街だった



思ったより父の別荘はこじんまりとして

老人二人で住むには快適そうだった



ガレージに車を入れ

初夏なのに比較的涼しい日で

庭の木漏れ日が心地よかった




ベルを鳴らすと一分も立たないうちに

ドアが開き、母に迎えられた





「ママ・・・・・・ 」


「まぁ!この馬鹿娘がやっと帰ってきたわ」





ママは私を抱きしめ

この世の終わりのように泣いた

母は相変わらずほっそりとして

グリーンのパンツにビーズ飾りのついた

ミュールを履き、柄物のシフォンの

ブラウスを着ている

数年ぶりに見る母はやはり美しかった



60歳を過ぎても身なりに気を使い

そして俊哉と生活をしたおかげで

新たな目線で母を観察できることが出来た




やはり裕福な女性はそれなりに

自分のことにかまうお金があり若く見えるのだ




あのまま俊哉との貧乏生活を続けていたら

私は自分の身なりにかまう金もなく

子供を産んでまだ20代後半なのに

40代に見えると言われるほど

一気に老け込んでいたことだろう




「拓哉と弘美さんから話は聞いているわ

なんて可哀そうな子!もう体はいいの?

殴られた所は? 」



あんまりにも母がオイオイ泣いて

大騒ぎするので

かえって私は冷静になってしばらく

母が落ち着くまで抱きつかせて泣かせた




こんなに心配をかけていたんだと思うと

申し訳ない気持ちが一気に沸き起こる

私も涙が込み上げてきたけれど

なんとか舌を顎の上につけて昔ながら

の涙のこらえ方を実践した


母に手を取られ離れにいる父の部屋を

案内されている時に

新しい別荘を見渡した




家の中はまるで美術館さながらだった

広い廊下

見上げるばかりに高い天井

壁にかかっている絵にはそれぞれ

スポットライトが照らされていた






母が嬉しそうに言った




「さぁ お父さんに会ってやって

貴方が来ると聞いて朝からずっと

ソワソワしていたのよ 」





案内された離れの一室は

とても広々として俊哉と住んでいたアパートを

そっくり入れてもまだ余っているぐらいだった



私の目はすぐに奥のこれまたただっ広い

書斎のオーク材の机に座っている父に止まった



いつもきちんとした服装をしている父だが

今はコットン素材のスエットを着ていて

傷を負ったライオンのようだった




「昨日から少し風邪気味なの

でも少しもベッドで寝てくれないのよ」




母がそっと耳打ちをする



母がお茶を入れてくるとキッチンに向かって

私はしばらくドアの入り口に立って

父を観察していた



都合よく父は私が何か言うまで

私の存在を無視するつもりだ

今は大きく新聞を広げて読みふけっているフリをしていた




少し・・・・・

小さくなった気がする





父はどんなことがあっても仕事を優先していた

でも今ならわかる・・・





俊哉の2年間で男性にもいろんな

種類があるんだと気づいた





私は俊哉の仕事の愚痴をうんざりして

黙って聞いていた頃を思い出していた

彼の口癖は「それは俺の仕事じゃない」だった




彼はとにかく努力したり

不必要に働かされるのが嫌いで

自分の損になることを極端に嫌った

そして休日はダラダラと酒を飲んで

ただ時間を過ごした




一方この父は

幼い頃はいつも仕事で家にいなくて寂しい

想いをしていたものの

それはいったい誰のためだったのかと

今では考えることが出来た




父はいつも家族のため

会社の従業員のため

そして自分が損な役割をしていても

文句のひとつも言わず

ただ黙々と働いた

父は決して何事からも逃げなかった




日に焼けすぎて黄土色をした肌

干からびた土のようなカサカサした手・・・


父の体つきは力仕事の労働者そのものだった

急に愛おしさが込み上げてきた

同時に申し訳なさと・・・






「パパ・・・・ 」






私は数歩で近づき

背中からそっと父に抱き着いた




「帰ってきおったか・・・・

この愚か者めが・・・・ 」





しばらく間をおいて私はこう言った




「パパの言う通り私って本当にどうしようも

ない大馬鹿者よね・・・ 」





やっぱり我慢していたのに涙がこぼれた





「ふん!

今気づいただけマシじゃないか」



「そうね・・・・・ 」






皮肉すぎて思わず笑ってしまった

しかし父の言葉には温かみがあった







「あいつはお前の財産目当てのヒモに

なりたかったんだろう

だけどお前がそうさせなかった

お前は私に似て自尊心が強い

自分の力で成功しようとしたんだ

それがアイツには気に入らなかったんだろう」







これほど認めたくないと

今まで目をそらしていたものに

真向から確信を突く人はたぶん

この人以外にいないだろう






「私・・・・結婚に

失敗したわ・・・・・・」




ぐすんと鼻を鳴らして

父の書斎の前のオフィスソファーに座った





「成功だけが人生じゃないだろう

むしろ失敗の方に

学ぶべきものが沢山あるさ・・・

まぁ・・・

ワシもこの年になって

失敗ばかりしておるしな・・・」




父が丼ぐらいある大きなガラスの灰皿と

葉巻を持って私の前に座った




「パパも?・・・

何に失敗したの? 」




私はそう尋ねた

父は優しい瞳で私にこう言った






「私が若かった頃・・・・

幼い娘と十分に過ごす時間が

持てなかった・・・

しかしあの頃はそれ以外に道はなかった

しかし目標としていたものを

すべて手に入れた今、過去を振り返り・・・

やり残したいくつかの重要な事が

見えるようになったのさ・・・・ 」



少し過去を思い出しているような感じの父だった




「やり残した事って?」




私は再び尋ねた





「お前に男を見る目を養わせる事とかかな?」




私は笑った



「今からでも遅くはないと思うわ

でももう結婚はこりごりよ 」



「一度の失敗ぐらいでへこたれるな

根性なしめが 」





父も私も笑った




それから久しぶりに私と母で晩御飯の

支度をした、私の運転で母を乗せ

買い物にも出かけた


母は終始婦人会の誰それさんがどうのこうの

と噂話をし相変わらず精力的に人間関係を

増やしているようだった


午後からは兄家族もやってきて久しぶりに

私は家族団らんの温かい心地よさを味わった



驚いたことに父は兄と一緒に

ハルのための遊び場を庭に作っており

木製の軽いジェットコースターを設営していた





「海外から取り寄せたんだ」




兄が自慢気に設計図を広げ

父と組み立てていた




「出来上がるまで一年はかかるわよ」




弘美さんが笑いながら言った




「これ対象年齢5歳って書いてるわよ!

ちょっと気が早すぎない?」


「ハルのためという大義名分の男達の

遊びなのよ 」




母も微笑ましく言った

ハルの誕生で父も母もなんだかとても幸せそう

だった



私も変わらないといけない・・・

そう感じさせられる光景だった






「離婚にかかるお金や・・・・

慰謝料は・・・・

働いて必ず返しますから・・・ 」




晩御飯を食べ終えて

母と弘美さんはハルの沐浴

兄はスポーツニュースを見て

それぞれがくつろいでいる時に私は父に言った






「弘美さんがやってくれてるのかね?」



「ええ・・・ 」






父は葉巻を大きく吸い込んで吐いた

白い煙が雲のように漂った





「彼女は優秀で正当な弁護士だからな・・・

しかし私からすればまだまだ彼女も若い・・」





父はため息をついてぼやいた

そして私をまっすぐ見てこう言った






「ここからは私にまかせなさい鈴子

ああいう連中は一度甘い汁を

吸わせるとずっと吸いたがる

まるで己の体がぶよぶよに膨れ上がっても

吸いつくことをやめないヒルみたいにな」




「パパ・・・・ 」






「ああいった輩にはそれなりの

対処の仕方があるのだよ

ここからは私の顧問弁護士が引き受けよう

助けが必要な時にキチンとそれを認められると

いう事も、強い人間になるには必要な事だ

お前はひとりで結婚を決めて

今までひとりで苦労してきた

これからは支えてくれる人や

助けてくれる人に感謝し

恩返しのつもりで頑張りなさい 」





父がいったいどういう方法で

俊哉とやりあうのか聞くのは怖かった

でも今では兄や弘美さんではなく

父にこの問題を解決してもらうのが

一番良いのではないかと思った




私は素直に父に従い感謝した

止められていたクレジットカードを

母から再び返してもらった





「新しい生活をスタートさせるのには

色々と必要でしょ

もちろんこの家に一緒に住んでもいいのよ」




母は私にこう言った、ありがたかったけど

私は肩をすくめて言った






「でもこんな山の上に住むには不便すぎるわ

コンビニもないんですもの 」









母は笑って言った



「同感よ 」






:*゚..:。:.

.:*゚:.。






俊哉との離婚決議が成立してから新しいマンションが決まるまで兄の家に世話になっていた時

私が兄家族の料理を受け持っていた



料理の苦手な弘美さんが真剣に月28万で

うちの家政婦をやってくれと頼まれた



でも私は笑顔で断った

俊哉との離婚も成立し

(父がどうやったかは知らないが)

私は新しい生活をしたかった




義姉の弘美さんはもちろん好きだ



率直で素直な性格で彼女といると

いつでも自分の立ち位置が

ハッキリしてくる



彼女は何か好きなものがあれば

何のためらいもなくハッキリそれを主張するし

嫌いなものがあればどうして嫌いなのかを

遠慮なくそう言う




俊哉から色々こけ落とされていたけど

一人暮らしをするようになっても強制されずに

自炊する所から見ると

私はやっぱり料理が好きなんだと思った




それを兄に話すと



隣のショッピングモールの中にある

クレープ屋を紹介してくれた

そこは兄の友人が経営する店だった






「甘い者ばかり食ってると太るぞ」






兄がそそのかすことを言って面白がるので

私はそこに就職することに決めた



私は体を使って働きたかった

二年間も俊哉の私的な

奴隷として仕えてきた後だけに




それと同時にやはりずっと

兄の所に世話になるのも

そろそろ気が引けていた



なので職場に近いオートロックの2LDKの

マンションを借りた


といってもこのマンションも櫻崎家の持ち物

で少しだけでも私は給料から

光熱費と家賃を払うと父に言った





俊哉と暮らしたアパートは街と川に挟まれた

小さなアパートだったけど

私は一度も(我が家)と感じたことはなかった





今の私には清潔で安全ならばどこでもよかった






私の住むマンションは白いペンキ塗りの

外観はおしゃれで鎧戸も集合の郵便受けも

モダンで全体的に可愛らしい作りだった



そして何より気に入ったのが



玄関を入ると大理石調の

フローリングに小さめのキッチンに二部屋

そして何より気に入ったのが大きなベランダがあり

ガーデニングが出来るようになっていたのだ





一階だけど

オートロックもしっかりしていて安心だった





数日後、面接で兄の知人のクレープ屋さんの

オーナーに挨拶をしに行った


オーナーは40過ぎの男性でとても優しくて

他にも兼用の仕事をしているので

実際に店を切り盛りしてるのは雇われ

店長らしかった




その店長も紹介してもらった

30十代半ばの男性店長は家族の写真を

タイムカードマシーンに貼っているような人で

とても温厚な人だった



私はその日に制服と自分のロッカーをもらい

すぐに入れるシフトを記入した



そして私の他に学生のアルバイトが数人

平日の昼間は店長と私がメインで

入ることになった




出勤はフレックスのシフト制

昼のまかない付き





うん・・・・悪くない




今の私は両親や兄夫婦に頼りっきりではなく

適度の距離感を持って自立したかった




昔の知り合いなどは俊哉との2年間の

結婚生活ですっかり疎遠になってしまい

接点はなくなってしまった




免許証も新しく櫻崎鈴子で更新し

私は新しい環境で新しい人間関係を築くことに

希望を灯した




今まで散々な目に会いながらも楽天的に物事を

考える癖も徐々に戻ってきた


これ以上は悪い事は怒らないと

私は自分に言い聞かせた




私は自分が変わりかけているのを感じていた



俊哉との離婚を機に成長し、学び、人生の

困難に立ち向かう自信を身に付けなければならない





私は新しい人生の第一歩を歩き始めた


決して誰かの奴隷ではないのだ










:*゚..:。:.

.:*゚:.。


―1年後―





夜の11時過ぎには私はすっかり疲れ切って

車のハンドルをボーッと握っていた

今日はそれは大変な一日だった



まず休日だったはずの朝に店長からの

電話にたたき起こされてインフルエンザに

かかってしまったので自分の代わりに店を

開けてくれと電話をよこした




代役はみつからなかったので

今日は私は二人分の仕事をこなさないと

いけなかった



またクレープの具材で有機野菜だと聞いて

オーナーが仕入れていた自称有機野菜農家が

実は化学薬品を使っており、全然有機的でない

野菜を食材に使っていたことが判明し

メニューにも堂々と有機野菜使用と

明記しているのに




オーナーはカンカンになって農家に

文句を言いに出かけ

おかげで私は有機野菜を求めてあちこちの

八百屋を回った



おまけに閉店間際に新しく入ったばかりの

アルバイトの子がレジミスをし

結局今の今まで一人でレシートと

にらめっこして差額を報告していたのだ





時間は夜の11時過ぎ

ぐぅーっとおなかが鳴った





そういえば忙しすぎてお昼から

何も食べていなかった




私は冷蔵庫の中身を思い出していた

昨日仕込んでいたカレーライスがある

スパイスを数種類も入れて私好みに仕込み



特性の牛の肩ロースを入れて

何時間もコトコト煮込んだせいで

これ以上ない程美味しく出来上がったのが

自分の家の冷蔵庫に眠っている



思い出しただけで口の中に唾がたまった





ご飯も出金前にタイマーセットをしているので今頃は美味しく炊きあがっているはず






そして店から持って帰ってきた

もうすぐ賞味期限が切れる

ティラミスが保冷パックに入って

助手席に眠っている





そもそも賞味期限とはその食品が美味しく

食べられる期限なので、1日2日経ってもすぐ腐ると言うものではいのだが

日本の食品衛生管理下の元商売をする以上商品としては出せない





なので持って帰ってあとは私の胃袋に収まるというわけだ、

飲食店勤務のメリットはまさにそこだ





この日本に問題が起こっている

食品ロスのテーマの論文を今度の店長会議に

議題で上げてやろうかと思った






私は大きなため息をついた



すっかり疲れ果て

私はとにかく眠りたかった





あの予算オーバーだったけど無理して買った

ダブルサイズのベットの羽布団に潜り込み

ラベンダーオイルを振りかけておいた

シーツの間に横たわって

甘い眠りをむさぼりたかった




この信号を曲がればやっと我が家だ

ボーッと信号待ちをしていると

青に変わったので

私ははやる気持ちで勢いよくアクセルを踏んだ







その途端、いきなりフロントガラスに

ふらりと黒い人影が写った








え?




キキキキ―――――ッ





ゴンッ・・・・ドサッ










慌ててブレーキを踏んだ時には遅かった









私は人を撥ねてしまった





ドキンッドキンッ・・・・ドキン・・






心臓の音が耳元で聞こえる






どうしよう!

人を撥ねてしまった?

ああっっ!


どうしよう!





どうしよう!!






慌ててサイドブレーキを引き

私は運転席から飛び出した、動揺で体が震える





歩道に倒れているのは若い男性だった

真っ黒のシャツにクリーム色のオーバーコートを着ている


私は彼に駆け寄った





「ああっ!大変!あのっ!

大丈夫ですか? 」





素早く目で確認したら外傷はないように思える

どこも血が出ていない・・・・




でももし頭を打っていたら?

ロングコートを着ているのでどの場所に

どの程度の怪我を負っているのかわからない




血の気が失せてげっそりした男性から

苦痛にゆがむ表情が見て取れた





ああっ!なんてことっ!






「とにかく・・・き・・救急車っ!

け・・警察っっ 」





私はスマホを取りに

開けっ放しの運転席へ戻ろうと立ち上がった




その時ガシっと右の足首を掴まれた






「きゃぁ!・・・え? 」



「ダ・・・メ・・・です・・・」






弱々しい息を吐きながら男性が

私を見つめて言った



「お・・・願いです

救急車は呼ばないでくだ・・さい

警察も・・・無理・・です・・・・ 」





私はパニックになった




「そんなこと言ったってあなた!

大丈夫なの? 」





私は泣きだしたい気持ちを必死にこらえ

起き上がろうとする彼を支えた

なおも彼が必死に訴える





「お願いです・・

どこもなんともないですからっ・・・

救急車や警察は呼ばないでください

・・・僕はなんともないですから・・・・・」






もしかしたら経験上彼は救急車などを

呼ばれると都合が悪い人なのかもしれない

これほど公共機関と関わるのを嫌がるなんて

何か訳があるのかも・・・・




しかし彼の肌は冷たく、汗ばんでいて

呼吸は浅く弱くなっている

どこか悪いのかもしれない

見えない所で内出血とかしてるかも・・・






「お・・・ねがいです・・・」





でも彼は病院を嫌がっている






「とにかく・・・車に乗って・・・」




私は背中から彼の脇に手を入れて

彼を起こしうんうんと後部座席の中に

なんとか押し込んだ




「私の家がもうすぐそこなの・・・

とにかくうちで手当てしましょう・・ 」



「僕・・の・・・家も・・・

すぐそこなので・・・

だ・・いじょう・・ぶ・・・です 」




ルームミラーで彼の様子を確認しながら

運転する





ぐぅ~~~~~~っ・・・・





その時後ろで大きな音が鳴った






「・・・・今の音・・・何?・・・」






私は肩眉をあげて彼を振り向いた

彼は何か言いたそうだったが

言葉が出てこないのかじっと目を閉じて囁いた







「・・・・・腹・・・・へった・・・・ 」









:*゚..:。:.

.:*゚:.。








どうしてこんなことになっているのかが

まったく理解できなかった






ただ私の家のリビングで

目の前にいる私が車で轢いたと思った

男の子のが私の作ったカレーを

ものすごい勢いでガッツいている

という不思議な光景をじっと私は見ていた




私の家のリビングで私の家のテーブルで

しかも私の作ったカレーを・・・




彼はカレーの最後の一口をスプーンですくって

口に入れごくんと飲みこむと目を閉じた


痛みとも感動とも判別できない

不思議な表情をしている





「あの?・・・大丈夫?」





私は麦茶をコップに注いで

彼に差し出しながら囁いた


彼はフルフル震えながら言った




「・・・・生き延びれるかもしれない・・・

コイツをもう一杯お代わりできれば・・・ 」






「え・・・と・・よかったら・・・・

もう一杯――― 」



「くださいっっっ!!」






彼はカレーを二杯お代わりし

そして丼に入れてあげたティラミスも

綺麗に平らげた



食べ終わる頃には彼は元気を取り戻し

蝋のように青白かった顔に少し赤みが

戻ってきていた




「いやぁ~

驚きました・・・・

こんなに具合がよくなるなんて」






ふうとため息をついて彼が言った







「油断しちゃダメよ!

事故の後遺症って怖いんだから

明日にも必ず病院に行ってね

費用は全額負担するから 」






私は食器を食洗器に入れながら

眉をひそめて言った

こんなにおなかをすかせているのだもの

きっと彼はお金を持っていないのだわ





「実は・・・

本当にあなたの車に当たっていません

僕・・・おなかが空きすぎてて・・・

フラフラと倒れてしまったんです・・・

そこへあなたの車が来たんですけど

寸前の所で止まってくれましたし・・・ 」






彼はさっきのようにもうぼんやりと

具合が悪そうな様子には見えなかった



「ええ?じゃぁ・・・

あなたはおなかが空いて道路に倒れたの?

あやうく私はあなたを轢きそうになったのよ?」




「ハイ・・・・本当にすいません 」






彼は申し訳なさそうに肩をすくめた

なぜかいたずらをして飼い主の顔色を伺っている

子犬のような雰囲気を醸し出している




そこで初めて明るい蛍光灯の下で・・・・

マジマジと彼を見た





まぁ・・・・・・・



思わずため息が出た




ふわりと毛量の豊かな

センター分けの漆黒の前髪が

パラパラと額にかかっているけど


後ろはスッキリと刈り上げでうなじが

とても綺麗だった



ダークブラウンの二重の瞳が

じっと私を見据えている


その瞳が生気でキラキラしていた




しゅっとした鼻筋・・・


可愛い唇・・・・



彼ってとてもイケメンだわ・・・




でも・・・・すごく痩せている・・・・




ゴツゴツした広い肩幅に比べて

座っていてもわかるほどウエストは限りなく細い






それにどう見ても私よりかなり年下だ




急に自分の家で二人っきりなのを意識した


この人は怪我人でも具合が悪いでもなく

ただ単におなかが空いていただけなのよ


という事は・・・・

お腹が満たされた今は彼は健康な成人男性なのよ・・・・




途端に下腹部に不安の種が広まった




こんな深夜に男性と二人っきり

もし今何かされたら声のかぎりに叫んでも

外にいる誰かが聞きつけて助けてくれるだろうか

それか窓から飛び出して非常階段に逃げようかとも考えた






緊張が増して首の後ろが硬くなる

手に汗が噴き出してくる

落ち着こうと呼吸を浅く吐く



いつか心理カウンセリングの奈々さんが

私は完全な男性恐怖症ではないと言った



「あなたの場合障害のレベルに達してしまうほど根の深い問題だとは思えないわ元夫からあんな目にあわされたせいであなたは無意識のうちに(異性に対して罪悪感と不安を抱くようにしておけば再び傷つくこともない)と思い込もうとしているんじゃないかしら」



彼女はこう言った


私は彼と向き合って訳もなく

不安になる気持ちを無理やり押し殺した




事故をしてないと言うなら

そろそろ帰ってほしい・・・・・




「あ・・・あの・・・・

もう遅いし・・・

大丈夫なら・・・その・・・ 」




ろれつも怪しくなってきた

彼は細いけど身長は私よりすごく高い

それに近すぎる―――



私はまだ男の人を見ると自分にどれだけの危害を加えそうか

判断する癖から抜け出せていなかった




途端に彼が立ち上がったので

私は驚いた猫のように飛び上がった




「すっすいません!!

このお礼は必ずしますっっ 」




そう言うと彼はコートを取り

玄関にバタバタと騒がしく向かった






「で・・・でももう遅いし

車で送りましょうか? 」





車のキーを持って彼の後に続く

すると彼がいきなりこっちを振り向いたので

思わず私は距離をとるために後ずさった





彼の口もとにゆっくりとした笑みが広がった

一瞬私は息をするのを忘れそうになった



彼はブラックのシャツの第二ボタンまで外しているので

若い彼の色白の肌が滑らかに覗いた



その時信じられない想像が頭を駆け巡った





―この人の体を触ってみたら

どんな感覚がするのだろう―




実際彼も興味深く私を見つめていた






「・・・大丈夫です・・・・

ここから家はめちゃめちゃ近いです・・・ 」



「え?そうなの?」



「はい・・・・実は・・・

このマンションの一番左端です」




「ええ?

ならもっと早く言ってくれればいいのに

私達・・・同じマンションに住んでるの?」





私は目をしばたき反射的に答えた

彼が形の良い口を少し開いてにっこり笑った





「すいません

カレーライスがあまりに美味しくて

何もかもふっ飛んでしまってました

申し遅れました

僕・・・・稲垣柚彦(いながきゆずひこ)って

言います・・」





「柚彦・・・・ 」




私は不安になりながらも笑みを浮かべた

すると彼が赤くなってほっぺを膨らませた






「あ~・・・

今ヘンな名前だと思ったでしょ?

これだから自己紹介するのいやなんです 」






彼は片手で顔をおおった

照れて困っている





「あら そんなこと思っていないわ

古風だけど素敵なお名前じゃない 」






私は神経質に笑いながら言った



「・・・本当にそう思う?」





彼はとても恥ずかしそうにして

照れているのか目を合わそうとしない

さっきまでカレーを食べてた勢いの彼とは

まったく違い

私は意外にもクスクス笑った






「さぁさぁ 同じマンションなら

送らなくてもいいわよね

今日は私もうクタクタなの・・・ 」





女性の一人暮らしにはとんでもなく

遅い時間にお邪魔していることを

今この瞬間に悟ったように彼はビクッとして

何度もペコペコお礼をしてそそくさと帰って行った





ガチャリとオートロックに合わせて

二重ロックを内側からかけて

そこで初めて安堵のため息をもらした




よかった・・・・・

人を轢いたわけじゃなかったんだ・・・・






思えば離婚して初めて面と向かって

男性と二人きりになったのかもしれない



そう思って背筋を伸ばすと俊哉に以前踏みつけられた背骨のあたりに痛みが走った




傷はもう完全に癒えているはずなのに

古傷がうずく





途端に大きな音でインターフォンが鳴った

私は玄関で飛び上がった



画面をのぞくとさっきの彼だった


たしか・・・・柚彦君といったっけ・・・






「ハイ?」





思わずぶっきらぼうな声が出た





「あ・・・あの・・・・

僕・・・

お名前を伺っていなかったので・・・

その・・・ 」






あら・・・・そういえば

表札には何も書いていなかったっけ・・・・




インターフォン越しにキチンと両手を前にあわせ

真面目くさった表情の彼を見て

なんの悪意もない彼の雰囲気を頭から

疑ってかかっている自分の感情が

少しおかしかった



いくら俊哉とのことがあったからと言っても・・・

もう少し私も強くならなきゃ・・・・







「鈴子よ・・・・櫻崎鈴子・・ 」






私は言った









「実は私も古風な名前なの」














































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