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「あんまり兄さんに近づかないでくれる?俺と兄さんはお前みたいに日向を歩いていく人間じゃない。あんたみたいな奴が隣にいたら、絶対あの人はダメになるんだよ……!」


「そんなの……わかんねぇだろ……!」


「いや、わかる。あんたみたいな人は肝心なところで俺たちの闇を理解できない。そうして傷つき絶望するのは兄さんの方なんだよ!」


「決めつけんなよ!」


「いつもあの人の周りにうろついてるガラの悪そうな人たちはどうでもいい。どうせ蜂谷グループに就職したら父が兄さんとそいつらを絶縁させるだろうから。でもあんたは―――」


右腕を掴みながら、その白い首に左手を這わせる。


「でもあんたみたいな奴はダメだ……!」


軽く首を絞める。


「どうしてもセックスがしたくて我慢できないなら、俺が相手してあげますから」


言いながら左手を滑らし、胸と腹を撫でると、右京の大き目なTシャツの裾から手を入れる。


「何言ってんだよ…?」


「あれ、とぼけます?この間も今日も、兄と“こういうこと”してたでしょ?」


「んんっ…」

胸の突起を引っ掻く。


「俺、見ちゃったんですよね。写真も撮ってありますし」


言いながらコリコリとそこを刺激する。


「…………ッ」


「このこと、学校や親に言われたくないでしょ?セートカイチョーさん?」


「………ふっ。ふはは」


右京は机に凭れ掛かりながら、弱く笑った。


「言うこと成すこと、あいつに似てると思ったけど、やっぱりお前は違うわ」


「―――なに?」


「少なくてもあいつは、包帯を巻いてる奴の腕を握ったりはしない」


「――――っ」


右京は掴まれていた手を逆につかみ返し隆之介を引き寄せた。


「あいつを想うのも、嫉妬すんのも好きにすればいいけどな。あいつの人生は、お前んとこの父親が決めるんじゃない!お前の母親や、お前が決めるんでもない!あいつが決めるんだ!」


その胸ぐらを掴み上げる。


「お前もだ、隆之介。お前も頁を捲った形跡もない全集に、囲まれ押し潰された生活なんか、しなくていいんだ」


右京の大きな目が隆之介を睨み上げた。


「こんな本、全部捨てろ!こんな部屋、今すぐ逃げ出せよ!」


「……あんたに、何がわかるの」

隆之介は負けじと右京を睨み返した。


「俺たちの辛さは、俺たちにしかわからない!あんたみたいに両親に愛されて、何不自由なく育ったような人に、わかるわけないだろ……!」


言うと、右京はすうっと息を吸い込み、隆之介を正面から見つめた。


「―――不幸自慢をする気なんて、さらさらないけどな」


「はあ?」


「俺は……俺の両親は……」



◇◇◇◇◇


案外早く部屋に戻ってきた右京を、蜂谷は振り返った。


「変なちょっかいかけられなかったか?」


冗談交じりで言ったつもりだったが、右京はうつ向いたまま蜂谷の隣に座った。


「―――おい……?」


見下ろすと、包帯が巻かれた手首のすぐ上に、赤い痕がついているのが見えた。


―――これは、指の痕……?


ギョッとして右京の顔を覗き込む。

と彼は奥歯を噛みしめるようにエラの筋肉を突っ張らせて、机の一点を睨んでいた。


「――――!」


蜂谷は立ち上がり、部屋を飛び出した。


―――あいつ、やっぱり何かやらかしやがった!


右京の表情、気配からして、二人の間に何かがあったのは確実だ。


ある程度場数を踏んでいる自分でも、日々練習に筋トレに明け暮れている永月でも、全く歯が立たない右京が、あんな勉強しかしてこなかったような隆之介に本気で攻撃したら、ただで済むわけが……!


ドアを開ける。


「――――」


隆之介は倒れていなかった。


崩れ落ちてもいなかった。


ただ、右京が蜂谷の部屋でしているように、俯き、机を睨んでいた。


「―――隆之介……?」


「……………」


「おい、隆……」


「兄さん……」


振り返らないまま、彼の小さな唇が動く。


「初めから持ってないのと、持っていたものを失うのって、どっちが辛いと思う……?」


「は?何を言ってるんだ?」


「…………」


隆之介は少しだけこちらを振り返った。頬にも口にも、殴られた痕はない。


「俺にはわかんないよ。だって初めから持ってなかったから」


「――――?」


蜂谷が眉間に皺を寄せると、彼は静かに椅子を引き座った。


「右京さんに、お礼言っといてくれる?教えてくれてありがとうございましたって」


「え、あ、ああ」


解せない蜂谷があいまいな返事をする。


「……とりあえず、言われた通り、やってみますって」


「――そんなの、自分で伝えろよ」


蜂谷が首を捻ると、隆之介は今度はちゃんと振り返った。


「………そうだね。今度、自分で伝えるよ。勉強の邪魔してごめん」


隆之介は、母親の死後、後妻となった依子に連れられて、初めて蜂谷家を訪れたときのような、少し悲しそうな笑顔を向けた。


◇◇◇◇◇


狐につままれたような心境で部屋に戻ると、右京は立ち上がってこちらを向いていた。


「…………」


手には黒いリングノートが握られている。


「―――」


「やっと……」

無表情な右京が口を開いた。


「やっとわかった。お前のこの出納帳の意味」


「―――」


――隆之介のやつ、何か喋ったな……。


今さら気づいたところで後の祭りだった。

蜂谷は次の言葉を待った。


「これは―――復讐なんだな」


右京の視線が蜂谷を刺す。


「お前と母親を裏切った父親への、復讐だろ。収入するのはお前。そしてその分を支出するのは、父親のつもりだった」


無表情のまま、右京の大きな瞳から涙が一筋こぼれ落ちる。


「――お前の死後に、か?」


「……………」


「蜂谷グループの次期社長である、実質の一人息子が、いろんな人間から金を脅し取っていた事実と証拠。それがこの出納帳だ」


「――ふっ」


勝手に腹が震えた。


何年も何年も考えて実行した自分の作戦が、他人の、特に右京の口から発せられると、ひどく幼稚でつまらないものに感じた。



――依子が、嫌いだった。


いつも笑顔で、気が利いて、優しくて。

自分たちに献身的に仕えてくれた依子が―――。


陰では勇人との関係を続け、勇人に抱かれた体で屋敷を掃除し、自分たちの口に入るお茶を淹れていたあの女が―――。


何一つ悪いことをしていない母親が、今わの際に、なぜあんな仕打ちを受けなければいけなかったのか。

それは5年経った今でも理解できない。


せめて。

せめて、自分は勇人に愛されていたと。

遺していく一人息子を勇人に任せていけると、


そう安心して逝ってほしかったのに。


しかし、よく理解できない顔をして、依子に手を引かれながら、蜂谷家の大きさに口をあんぐりと開いた隆之介の顔を見て、自分は間違っていたと悟った。


悪いのは、後妻になってもなお、グループからは煙たがられてる依子ではない。

勇人の息子であるのに、後継ぎどころか、グループに入ることさえ許されていない隆之介でもない。


――勇人。自分の父親だ。



「―――あいつが」


蜂谷はカクンと頭を落としながら笑った。


「あいつが今まで積み上げてきたものを、崩してやろうと思ったんだ。んで思いついたのが、後継ぎだった一人息子の死と、その息子が犯した犯罪の記録。……我ながら陳腐だな」


言いながら額を撫でる。


「でも思えば、あいつのことだから、その出納帳ごと闇に葬るのはたやすい気がして……。やめたよ。金を出したやつらにも、ちゃんと卒業までに返す。親父にはもっと別の方法を―――」


「蜂谷」


顔を上げると、いつの間にか真正面に立っていた右京はこちらを見上げていた。


その両手が、優しく自分の頬を包む。


「―――っ」


右京の手首からシップの匂いがする。


驚いて目を見開くと、右京の大きな目もこちらを見上げた。


「蜂谷―――。お前の人生と、親父さんの人生を、離して考えることはできないのか?」


「―――できねえよ。俺が生きてる限り、グループから離れられないし、無理やり逃げ出したところで、どこまでもあいつは追ってくる」


「――――」


「それならいっそのこと、終わらせるしか……」


「俺は―――」


右京は蜂谷をまっすぐに見つめた。



「お前と、生きていきたい」



――――。


グワンと景色が揺れた。


誰かに―――。


母親以外に、自分を肯定されたのは―――。


自分との未来を望まれたのは―――。



初めてだった。



「お前がどうやったら納得ができるか。どうやったらこれからの人生を幸せにすごせるのか、一緒に考えたい」


「…………」


右京が真っ直ぐな瞳で見つめてくる。


――そんなの……。


「ダメかな?」


――ダメに決まってんだろ……。


蜂谷は自分の頬に触れている包帯が巻かれている手を、優しく包んだ。



――こんな世界に入ってきちゃダメだ。


俺にはどんだけ敵が多いと思ってんだ。


義母も義弟もみんな敵で、父親でさえ味方じゃない。



多川みたいな奴もちょっかいをかけてくるし、蜂谷グループ自体がいろんな組織に狙われている。



諏訪の言う通りだ。


こんな世界に生きてたら――。


お前は何度でも、何度でも、危険な目に合う。



膝の捻挫じゃ、輸血で済んだ傷では、きっと次は終わらない。


――だから……


「……俺も同じ気持ちだよ、右京」


蜂谷は右京の小さな顔に手を伸ばした。



「もう出納帳もやめるし、死ぬのもやめにする。俺もお前と、生きていきたい」


蜂谷は顔を寄せると、掬うように優しくその唇を奪った。



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