その日、由樹はベッドの柵におもちゃの手錠で括り付けられていた。
「今日は……これで、するの?」
一度だけ同じようにベッドでされたことがあったが、愛撫され、広げられ、挿入されるという同じ行為でも、両腕が自由じゃないだけで、ものすごく怖かった。
(いやだな。でも断ったら)
最近、優しい視線を全く向けてくれなくなった男を見上げる。
(きっと、二度と会ってくれない……)
リョウは何やらスタンドを立て始めた。
「えっ!!カメラ?」
「そう」
無表情でビデオカメラを取り出したリョウはその画面でアングルを確かめている。
「俺、撮影はちょっと……」
「大丈夫、大丈夫。売ったりしないから」
「いや、そういう問題じゃ………」
「はい、入ってきていいよー」
ドアが開いた。
見知らぬ男たちが入ってくる。
「……え?」
リョウが要らなくなったアクセサリーへの仕打ちに選んだのは、
“シェア”だった。
すでにベッドに手錠で括り付けられているのに、さらに両手を上から抑え込まれる。
ブチュッ。
間抜けな音を出してローションが腹の上に絞り出される。
その冷たさに思わず声を出すと、男たちが笑った。
悔しくて、初めて見る3人の男たちの顔を睨む。
「あー、いいね。その顔」
中央にいる天然パーマで眼鏡をかけた男が笑う。
「ノリノリの変態だったら、ドン引きだったけど、“無理やりやられても、心だけは負けないぞっ”的な感じでこられると、そそられるよ。なんつーかな。サドの血が?」
笑うと、ヤニに染まった黄色い歯が光る。
「男を抱くなんて、何の罰ゲームだよって思ったけど、これはこれで、悪くねえなあ?リョウ?」
少し離れたところで煙草を咥えながら見ていたリョウが笑いながら頷く。
(なんで、こいつら。男が好きでもないのに、こんなのに参加してるんだよ……!)
かろうじて見える腹筋の縦の線。うっすら浮かぶあばら。男にしては色素の薄い突起。
それらが滑りと煌めきを帯びて、ストレートのはずの男たちを誘惑していく。
男たちが目を細め、舌なめずりをする。
そこにあるのは、性欲じゃない。
支配欲だ。
誰かを無理やり犯すことに歓びを感じる人種。それは何も珍しいものではない。
ただ彼らにとって、目の前にものすごく都合の良い男が現れ、ものすごく都合良い舞台が現れただけのことだ。
彼らが異常なんじゃない。
このシチュエーションが異常なのだ。
そしてそれを生んだのはリョウではない。
自分だ。
そう考えると、ストンと腹に何かが下りた。
(結局、俺が………悪いんだな)
握っていた手から力が抜ける。のしかかる男の身体に押し付けていた膝を開く。
「あれ?諦めちゃったの?」
眼鏡の男が笑う。
脇にいた男が、眼鏡の手にローションを絞り出す。
それを両手になじませると、由樹の体の中心のモノを握った。
「……ッ!」
「あ、感じちゃった?」
漏れた息を勘違いしながら、それを上下に擦る。
「俺、自分以外のモノしごくの、初めて」
笑いながら、同じような下卑た笑顔でそれを見下ろす仲間を見回す。
「色が白いから、なんか悪いことしてるような気になるよな~」
眼鏡の男が言った言葉に、ここからは姿が見えないリョウが、「あーそれわかるー」と同調する。
強い力で上下に絞り出されるように刺激される。
身体に力が入り、おもちゃとはいえ、鉄でできている手錠のチェーンがジャラッと冷たい音を立てる。
「はは…。硬くなってきた…」
その頃になると眼鏡の男は、もう笑っていなかった。
周りの男も同じだ。
みんな一様に由樹の赤く染まっていくモノを見ている。
「んうッ……!」
噛んだ唇から声が漏れる。
「はは。エロ……」
誰かが呟く。それに対して笑うものもからかうものもいない。
「おい、まだ挿れんなよ」
眼鏡の男が自分の反り立つそれにもローションを塗り付けているのを見ながら、リョウが笑う。
「ちょっと待て。もう一台、カメラ準備するから」
言いながらスタンドに自分のスマートフォンをセットしている。
由樹の左腕を抑えていた男が、ソレを取り出し、ベッドに括り付けられている手に握らせようとしてくる。
前を見ても、横を見ても、暴力的にまで腫れあがったそれが見える。
「お待たせ」
リョウの声が聞こえた途端、眼鏡の男がベッドに膝をつけ、上に乗ってきた。
スプリングが軋む。
男の匂いが濃くなる。
もうだめだ。
由樹は目をつむった。
せめて早く……終わってくれ。
バンッ。
ドアが開いた。
「動くな!」
水色のシャツに警帽をかぶった男たちが入ってくる。
眼鏡をはじめ、全員が、股間のモノをしまい、後退りをする。
「ち、違いますよ。これは、こういうプレイの一環で」
リョウが慌ててカメラを隠す。
「同意の上ですから」
「同意かどうかは」
年配の警察官が、後ろ手に隠したそれを取り上げる。
「これを見ればわかるだろう」
男たちが、連行されていく。
リョウが振り返って由樹を睨む。
(……いや、俺、知らないんだけど)
言おうとしたが、もうその必要もないかと、口を閉じた。
彼とはもう、終わりだ。
リョウを含めた男たちと、警察官が去ったあと、部屋に誰かが入ってきた。
頭を上げて、その人物を見上げる。
「……き、君は……」
すらっとスタイルの良い体。
長いストレートの髪の毛。
彼女はベッド脇に寄ると、そのあられもない由樹の身体を上から下まで眺めた。
「もしかして、君が助けてくれたの?」
おそるおそる聞くと、彼女は緑がかった瞳で見下ろしながら、口を開いた。
「私、あなたのこと助けるつもりなんてないけど」
意図がわからずに眉間にしわを寄せる由樹に彼女は微笑んだ。
「あの男、ああいうことする常習犯だったの。ま、今までは頭の悪い女たちがターゲットだったけど。
良かったわね。ビデオをばらまかれる前で」
言いながら首をかしげて由樹を見下ろす。
「助かりたい?」
由樹が裸で必死にうなずくと、彼女は鼻で笑った。
「助かりたいなら、助けなさいよ。あんた自身が」
入り口が大きく開き、他の警察官が入ってきた。
「君。君にも話を聞きたいんだ。署まで来てくれるか?」
身体にタオルケットがかけられる。
手首の手錠が外される。
上体を起こされ、服を渡されながらふと視線を上げると、彼女はもういなくなっていた。
堅倉千晶(かたくらちあき)。
それが、由樹の人生初の彼女となる女性との初めての会話だった。