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最悪だ。
由樹は、彼氏を殴って尚、怒りが冷めやらずに、後頭部から煙が出ている千晶を見上げた。
ゲイの彼氏を持つ彼女に、一番やってはいけないこと。
それは……。
“男との浮気を匂わせること”だ。
「この…………」
襟首を掴まれる。
先ほど、篠崎を持ち上げたときといい、この細い腕から、どうしてそんな力が出るのか理解できない。
「浮気者!!」
また振り上げた彼女の右手が振り落ちてくる。
由樹は目を瞑った。
「…………?」
いつまでたっても歯を食いしばった左頬に痛みを感じない。
おそるおそる右目を開ける。
と、彼女の細い手首を、いつの間にか立ち上がった篠崎が掴んでいた。
「おいおい。彼女ちゃん、落ち着けって」
「なんですか?部外者は黙っててください」
展示場的には明らかに部外者な彼女は、小型の狂犬のように、篠崎にまで噛みつかんばかりの声を上げた。
「いや、どう見たって誤解だろ」
「誤解かどうかは、こいつの体に直接聞きます」
(そんなエロ漫画みたいな台詞やめてくれ…)
泣きたい思いで、自分に跨る彼女と、その奥にいる直属の上司を見上げる。
「野郎と一緒にいるこの状況を、どう捻って見れば浮気だと思うんだよ…」
篠崎が少し呆れながら千晶を見る。
(いや。千晶が悪いわけではないんだ。俺が全て悪くて。でも、それを説明するのは。あー、もう!どうしようかな!!)
戸惑っていると、千晶が由樹の気持ちを見透かすように睨んできた。
「……いい?言っても」
ここで拒んだら。それこそ、篠崎に気があるのがバレてしまう。
(……いやいや、違う!!気があるんだと、誤解されてしまうだ!!ここ、重要!!)
「どうなの!?」
千晶が声を張り上げる。
「……いいです」
千晶は篠崎の手を振りほどくと、ゆっくりと立ち上がり、篠崎を正面から見据えた。
「彼、ゲイなんです」
言われた篠崎は一瞬、ぽかんと口を開けたあと、鼻をポリポリと掻いた。
そして、上体を中途半端に起こしながら仰向けに倒れている由樹を見下ろした後、千晶に視線を戻した。
「……は!?」
由樹をもう一度見た。
「はあ?!」
(……ああ。終わった)
慌てた篠崎を千晶が睨み上げる。
「だから、由樹に近づかないでくださいね。もしうちの彼氏に手を出したら、私がただじゃ置きませんから!」
わけもわからぬ宣戦布告をされた篠崎は、自分よりも30センチは小柄な女性を見つめた。
入ったばかりの部下の彼女が乗り込んできて、自分との浮気を疑った上に、部下はゲイだと暴露する。
そのカオス的な展開を、掴めたようでさっぱり掴めていない篠崎は、目を血走らせている千晶と、白目を剥いている由樹を、いつまでも見比べていた。