真っ白な壁に囲まれた、窓のない分析室。
光源は天井の無影灯のみ。陰すら逃げ場を持たぬ部屋。
中央の記録台に、“実行記録No.01247/被験対象:一毬”と表記されたログが再生されている。
スピーカーから流れるのは、
「つまり! 一毬は! 可愛いということですよね〜!」
という高らかな声。
「……再生停止。ログ整理を開始します。」
無表情で指示を出すのは、《白階機関》の処理官、シン=リーテン。
彼の隣に座る女性職員が、淡々と書き込む。
「対象の発話内容、87%が“自己肯定的独白”。実戦的情報の価値は極めて低く……」
「――ですが、敵性存在《標的コード:ウィス》の戦闘特性が明確に抽出されました。」
リーテンが、別モニターに切り替える。
ウィスの戦闘データ:
・魔法使用なし
・肉体特化型
・再生力異常数値
・攻撃行動の大半が“躊躇なき殺意”
「戦闘を“成立”させたのは、対象の【執着心】による継戦意志。つまり……あの子供の“無駄な自己愛”が、むしろ役に立った。」
女性職員が冷ややかに笑う。
「へぇ、役立たずでも観測装置にはなるんですね。」
「ええ、“生き残った録音装置”って意味で。」
別の職員が資料棚から、別ファイルを投げてくる。
「この件、護井会側から“囮使用の許可”取ってないって聞きましたけど。」
「問題ありません。あちらは、そういう報告を“勝手に改ざんする人たち”ですから。」
リーテンが、端末に入力する。
【一毬:観察用擬似作戦ユニット(試験登録)→継続使用可能】
「次回、接触は“制御下”で行わせます。……素で突っ込まれると、さすがに計算外すぎる。」
女性職員が苦笑交じりに言う。
「まぁ、本人は自分が機関に『評価されてる』って思ってるでしょうしね。」
リーテンの指が止まる。
「その“思い込み”こそ、白階の兵器。感情という無駄な出力を、無償で提供してくれる最良のリソースです。」
――無数の白い端末が、冷たい光を瞬かせていた。
その光のひとつひとつに、“人”という実感はない。
ただ、情報という名の死骸を拾い集め、次の“素材”に使う。
それが、白階のやり口だった。
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