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試験の余韻が残る夜、アレンとカイルは酒場の一角で食事をしていた。
「いやー、やったなアレン!これで晴れて学園生活がスタートだ!」
カイルが豪快に肉の塊にかぶりついた。ジュワッと弾ける肉汁が滴り、香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「うんめぇぇぇっ!アレンも食えよ!」
「カイル、調子に乗って食いすぎじゃないのか?」
アレンは呆れたように言いつつ、スプーンでシチューをすくい、口に運んだ。とろりとしたスープが舌を包み込み、優しい味わいが広がる。彼の表情には、疲労とともに達成感が滲んでいた。
「細けぇことはいいんだよ!これは祝杯だ、祝杯!それに、これから学園生活が始まるんだぜ? 最後くらい贅沢しねぇと!」
「……確かにそうだね。今日は沢山食べて飲もう!」
アレンも微笑みながら、肉を一口齧る。肉汁が口の中に広がり、ほのかなスパイスの香りが鼻腔をくすぐる。
「そうこなくっちゃ!ほら、乾杯だ!」
カコンッ!
カイルとアレンはジュースをグビッと飲み、再度食事を楽しんだ。
――こうして、2人は窓の外に月が昇り、静かな夜風が店内を通り抜ける中、夜遅くまで語り合い、笑い合った。
翌朝。
朝焼けが街並みを淡い橙色に染める中、2人は並んで歩いていた。
「アレン! 俺たち、別々の学科だけど、学園生活楽しもうな!」
「ああ。……ま、カイルが問題起こさない事だけ祈っておくよ。」
「何言ってんだ、俺が問題を起こすわけねぇだろ!」
「本当かぁ……?」
カイルは豪快に笑い、アレンも小さく微笑んだ。分岐点で立ち止まり、それぞれの寮へ向かう道を見やると、2人は拳を軽くぶつけた。
「またな、アレン!」
「ああ、また。」
それぞれの道を歩き出す。背中越しに朝陽が差し、2人の影が伸びていったーー。
「……ここが。」
高層の寮を見上げると、朝焼けがガラス窓に反射し、淡い金色の光を帯びていた。
まるで天空へと続く塔のように、静かにそびえ立つ。
アレンはごくりと息を呑んだ。
ウィーン
扉を潜るとそこには、広々とした玄関ホールが広がっていた。
「うわぁ……」
吹き抜けの天井から柔らかな光が降り注ぎ、白を基調とした内装が開放感を演出している。壁には魔法陣が刻まれたランプが灯り、温かみのある雰囲気を醸し出していた。
そんな空間の中央に、一人の女性が佇んでいた。
「あら、いらっしゃ〜い。あなた新入生かしら?私はセレナ・ルミエール、ここの寮長よ。」
穏やかで優しげな声に、アレンはピンと背筋を伸ばす。
セレストブルーの髪を腰のあたりで束ね、柔らかな微笑みを浮かべる女性。纏う空気はどこかふんわりとしていたが、その瞳には鋭い観察力が宿っているように感じられた。
「僕は、アレン・ヴァミリオンと言います。よろしくお願いします!」
「まぁ、いい名前ねぇ。」
彼女の優しい言葉に、緊張が少し和らぐ。
「早速お部屋にいきましょうか。」
寮のエレベーターに乗り込み、上昇するにつれて、アレンはふと息をついた。
(ついに学園生活が始まるんだな……)
20階以上ある寮の中層階。静寂に包まれた廊下を歩きながら、ここでのルールを教えられた。
「ーーっと、ここがあなたの部屋。はい、これ鍵ね。それじゃあ、着替えたら教室にいくように。」
「はい、ありがとうございました。」
ガチャッ
お礼を言って部屋に入ると、室内はシンプルながらも洗練された気品ある部屋だ。大きな窓からは朝の陽光が差し込み、木製の机とベッドが温もりを感じさせる。
(ここが僕の部屋。なんか、落ち着かないな。)
窓際にある机の上には、きちんと揃えられた制服と学生証、教科書が並べられていた。
ピロン
そんな時、学生証から音がした。手に取ってみると光を発し何かを知らせていた。
「ここを押せばいいのか?」
光っている部分に触れると小さなビジョンが現れ、今日の予定や時間が表示された。
「ん?今日は9時にA教室でオリエンテーション。それまで後2時間くらいあるな。」
アレンは準備をする事にした。まず、手に取ったのは制服。しっかりとした生地で仕立てられており、格式の高さを感じさせる。
「さて、着替えて教室に行くか。」
学生証をポケットに収めながら、アレンは鏡の前で制服の襟を整えた。
そこに映る自分の姿に、ふと決意がこみ上げる。
「ここに送り出してくれたマスターや師匠のためにも、やれる事を全力でやろう。大丈夫、僕ならできる!」
両頬を強く叩き気合を入れると、教室へと向かって歩き出した。
扉の前に着き深呼吸をする。
(変な奴に絡まれず、何事もなく終わりますように!)
「ふぅぅ。…よし!」
ガラガラ
平静を装いながら扉を開けると、 一瞬全員の視線が集まる。すでに30人程の生徒が集まっていた。
「……っ!」
すぐに視線は元に戻る。しかし、心臓が脈打ち鼓膜が震える。
(だ、大丈夫だ。)
遠い昔の記憶、適正儀式の情景が脳裏に浮かぶ。呼吸を整え目を見開く。
教室の形は扇形になっており、後ろに行くごとに段々になっている。座る場所は自由らしく、すでに何人かが席に着いていた。
(落ち着いてきた。早く座ろう……)
そう考えながら歩いていると、不意に前方から声が飛んできた。
「おい、お前!」
アレンが足を止めると、そこには山吹色の髪をオールバックにして、鋭い黄眼を持つ品の良さそうな顔立ちの男子生徒が立っていた。
「っ!……なんでしょう?」
「ああ、いやなに。驚いただけさ。君みたいな奴が、どうしてここにいるのかと思ってね。」
クラス中の視線がアレンに集まる。その男子生徒の言葉に、取り巻きの生徒がニヤニヤしていた。
(はぁやっぱ絡まれたか……)
試験の際、魔法を使わずに戦ったことが話題になっているのだろう。
「どうやって試験を合格できたんだい?なにか不正でもしたのか?」
男子生徒は皮肉げに笑いながら、アレンを見下ろすように言った。
「……はぁ、そんな暇があったら剣を振ってるさ。」
軽く息をつくだけのつもりが、心の声が漏れる。
「ほぉう? つまり、自力で合格したと言いたいのか。」
アレンの態度に、右眉をピクつかせ苛立ちの表情を浮かべている。
(やっちゃった……)
「ま、まぁそういう事だね。」
「ちっ!こっちが大人しく話を聞いていれば、図にーー!」
拳を振り上げた、その時。
ーーガラガラ…。
教室の扉が開き、担任ら しき男性が入ってきた。
黒髪のボサボサ頭に、緩めたネクタイ。無精髭が少し伸びた顔は、教師というより、だらしない冒険者のようにも見える。
「ん?何してるんだぁ、早く席につけお前ら。」
欠伸混じりに言うと、男は教師用の机にぐでっと腰掛けた。
「ちっ、ここでは調子に乗らないことだなっ!」
(はぁ……)
その言葉を吐き捨て、男子生徒達は席に戻って行き、アレンも入り口近くの席に座った。
「悪りぃな、昨日は徹夜してたから寝れなくてな。ふぁぁ……っと、そんなことはどうでもいいか。今日からお前らの担任になるヴェイル・クロフォードだ。よろしくぅ。」
ヴェイルの気の抜けた態度に、一部の生徒たちは明らかに呆れた様子を見せる。
(大丈夫か、この人……) そんな空気がクラス中に広がる中、ひとりの生徒が手を挙げた。
「あの!質問よろしいでしょうか?」
「……なんだ?」
(さっきの奴か。……何か嫌な予感がする。)
ヴェイルは気怠げに目を細める。
「そこにいる生徒は、なぜここにいるのでしょうか?」
男子生徒はゆっくりとアレンを指差す。周囲からはまた、くすくすと笑う声が漏れた。
教室中にざわめきが広がる。
「ああ、確かに…」
「そういえば、魔法を使わず試験を受けた受験生がいるって……まさか!?」
小声で囁き合う声が聞こえ、アレンは心の中で小さくため息をついた。
ヴェイルは深くため息を吐き、頬杖をつきながら呆れたように口を開いた。
「……まーたつまんねぇこと言い出したなぁ。」
男子生徒が眉をひそめるが、ヴェイルはまったく気にした様子もない。
「お前、えー……名前何だったかな?」
ヴェイルは気だるげに名簿をめくる。面倒くさそうな態度が露骨で、ルイスの眉がさらに歪む。
「ルイス・エーデルか。お前、さっきから随分とご立派なこと言ってるが……この学園のルール、知ってるよな?」
「……何が言いたいんです?」
「ま、簡単なことだよ。」
ヴェイルがアレンの方をちらりと見た後、名簿を閉じて言い放った。
「この学園の入学試験を突破した者は、実力を認められたってことだ。そこに不正も何もない。そんくらい、分かんだろ?」
ルイスは一瞬、言葉に詰まったが、すぐに不満げに口を開く。
「……しかし、魔法を使えない者がこの学園にいるのは異例です!貴族の家柄や才能を考えれば、適切な判断とは思えませんが?」
「お前さ、適切な判断って何だよ?」
ヴェイルは片方の眉を上げ、薄く笑った。
「お前は学園の理念ってやつを知らねぇのか?ここは貴族のための学園じゃねぇ。才能のある奴が集まる場所だ。魔法を使えるかどうかじゃなく、どれだけ実力があるかで評価される。……まぁ、そういうとこだ。」
ルイスは悔しそうに唇を噛むが、何も言い返せなかった。
「わかったら黙って席につけ。」
ヴェイルが軽く手をひらひらと振ると、ルイスは渋々席に戻った。
アレンは軽く息を吐くと、ヴェイルを見た。彼はまだ欠伸をしながら、机の上に肘をついている。
(……意外とまともなことを言う先生なのかも?)
そんな考えが浮かぶが、その直後——
「よーし、それじゃあオリエンテーションだ。とりあえず、俺は眠いから……お前ら適当に自己紹介でもしてくれ。」
「……え?」
クラス全体が唖然とする。
「えっと……それ、先生の仕事では?」
誰かが恐る恐る聞くと、ヴェイルはダルそうに肩をすくめた。
「まぁまぁ、そういうのは自主性が大事だろ?お前らが仲良くなるための時間を俺が作ってやったんだ、感謝しろ。」
(……大丈夫か、この先生?)
クラス中からブーイングが巻き起こる。
「たくっ、仕方ねぇな。じゃあ、出席番号順に前に出て自己紹介していけ。」
教室内は少し緊張した雰囲気のまま、順番に自己紹介が進んでいく。貴族らしき生徒は誇り高く、平民の生徒は少し遠慮がちに。アレンはそんな光景を眺めながら、自分の番を待っていた。
「次、ヴァミリオン。」
ヴェイルに呼ばれ、アレンは椅子から立ち上がった。
「アレン・ヴァミリオンです。好きな事は本を読む事。得意なことは……まぁ、身体を動かすことですかね。よろしくお願いします。」
簡潔にまとめると、何人かの生徒が興味深そうにこちらを見たが、ルイスをはじめとする貴族系の生徒は冷ややかな視線を向けてきた。
(まぁ、予想通りというか…。)
そんな中、隣に座っていた女子生徒が、ちらりとこちらに視線を向けていることに気づく。
貴族らしきその少女は、気品のある佇まいで、ウェーブがかった長い金髪を優雅に流していた。黄眼が煌びやかに輝いている。
(……話しかけてみるか。)
アレンは自然な流れを装って、少し身を乗り出した。
「君は、貴族の方かな?さっきの自己紹介を聞き逃しちゃったんだけど。名前を聞いてもいいかな?」
彼女は一瞬驚いたようにまばたきをしたが、すぐに落ち着いた様子で口を開いた。
「……私はエリナ・フォン・ゼフィールよ。」
「僕はアレン・ヴァミリオン。よろしく。」
さらりと名乗るその姿には気品があったが、どこか淡々とした印象を受ける。
「……あなた、不思議な人ね。」
「そう?」
「ええ。普通の貴族でさえ、私に気軽に話しかけるなんて滅多にないもの。」
「僕は普通じゃないってこと?」
アレンが肩をすくめると、エリナは再びくすっと笑い、小さく首を振った。
「……かもしれないわね。」
それ以上の会話はなかったが、アレンは彼女が少し興味を持ってくれたのを感じた。
(……これからの学園生活、少し楽しみかも)
そんなことを思いながら、自己紹介の時間は続いていった。
自己紹介の後は、黒板にマップが表示され、授業で使用する各教室(職員室、図書室、植物園、食堂など)や注意事項の説明が行われた。
「授業では基本この教室だからなぁ。分からないことがあれば学生証を見ろ。それじゃ、お前ら外に出ろ。」
(……何処に行くのだろうか?)
ついて行くと、戦闘訓練を行う演習場に着いた。
中では上級生が魔法や武技を駆使し、白熱した戦いを繰り広げていた。
ドォン!キンキンッ!
轟音が響くたびに地面が揺れ、衝撃波が空気を震わせる。
「……すごい。」
アレンの心は高鳴っていた。
「ここでは、魔法や武技の使用を許可されている。だが、必ず1名以上の教師同伴でないと立ち入り禁止だから注意するように。」
ヴェイルがそう言うと、上級生達の戦いをしばらく眺めさせた後、大きく伸びをして宣言した。
「そしたら、これで終わりだぁぁ。各自寮に戻るなり好きにしていいぞー。」
(今日はこれで終わりか。まだ、帰るには時間があるな。どうしよう……)
アレンが考え込んでいると、ルイスが突然話しかけてきた。
「ヴァミリオン、戦闘訓練でもし僕と当たったら覚悟しておくんだな。お前のその厚い面の皮を剥がしてやる!」
ルイスは不適な笑みを浮かべて去っていった。
「はぁ…」
アレンは嫌な気持ちを抱えたまま、校舎の方へと向かうことにした。
(まったく……先が思いやられるな。)
だが、不思議と心の奥では、この学園生活が波乱に満ちたものになりそうな予感がしていたーー。