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「侵入者は二人・・・・。一人は半身が焼けただれている。これは、グルヴェイグではないのか・・・・?」
「馬鹿な!」
ヘーニルの言葉にフレイヤがその神々しい美貌に驚愕の表情を浮かべた。
「奴は完全に倒したはずだ。あのミョルニルの槌の一撃を喰らって生きていられるはずがない。そうであろう、重成」
「・・・・」
重成は答えなかった。あのグルヴェイグが実は生きているのではないかという不吉な予感はずっと沈殿物のように胸中に残っていたのである。やはり正しかったのだと思い知らされた。
「俺はグルヴェイグとは直接面識は無い。だがあの無残な姿といい、フレイヤに匹敵する高い神格といい、他にいないのではないか?」
「別に驚くことではないのかも知れんな。狂ってしまったとは言え、グルヴェイグはヴァン神族の高位神には変わりない。いかにミョルニルの槌を用いたとは言え、エインフェリアやワルキューレ如きに滅ぼせるはずもないということだ」
二ョルズは重成を蔑みを込めながら睨みつけた。重成はその視線を真直ぐ受けながら無言で頭を下げた。何と言われても反論の余地などあるはずもない。
「して、もう一人は?」
「これは・・・・炎の巨人ムスペルか?しかし、何なのだ、この圧倒的なまでの霊格の高さは・・・・。こんな巨人が存在するのか・・・・?」
人質という不遇の境遇にありながら心折れずに武の鍛錬に明け暮れてきた勇将ヘーニルの言葉が震え、その精悍な顔に恐れの色がはっきりと浮かびあがっている。彼の強剛さを知るヴァン神族の神は息をのんだ。
「・・・・お前がそこまで言うムスペルか。ならば、シンモラ以外におるまい」
王の言葉を聞き、ヴァン神族の恐慌と混乱は頂点に達した。
「ムスペルの女王か!」
「馬鹿な、何故そのような存在がヴァナヘイムに侵入するのだ!奴らが狙うのはアースガルドのはずではないか」
「しかも、グルヴェイグと手を組んでいるとは・・・・。一体何が目的なのだ?」
ただ慌てふためくのみで一向に動き出そうとしないヴァン神族に業を煮やしたヘーニルが決然と叫んだ。
「奴らの目的などどうでもよい。それよりも速やかに奴らを討つために皆、武装を急ぐべきであろう」
「馬鹿なことを言うな。ムスペルの女王に攻撃など仕掛けたら、我らもラグナロクに巻き込まれるではないか」
豪奢な長衣を纏った黒髪の神が昂然と言い放ち、ヘーニルは絶句した。だがそれも一瞬の事で、その眼の銀色の光がさらに鮮やかさを増す。
「奴ら、結界の塔を目指しているぞ!」
ヘーニルは決然と玉座に視線を据えた。
「王よ!」
「・・・・今すぐ結界の塔へ迎え。いかにお前と言えど、シンモラを食い止めることは出来ぬであろうがな」
「いいや、我が命に代えても食い止めて見せましょう。その間に戦支度をお急ぎあれ。最早戦は避けられぬ。各々方、覚悟を決められよ」
そう言い残してヘーニルは姿を消した。
「さあ、皆支度を急げ。何としてもシンモラとグルヴェイグを討ち取らねばならん。奴らは結界を破壊して配下のムスペル共を呼び込むつもりであろう。それだけは何としても阻止せねばならん」
王は戦は避けられないと覚悟を決め、厳しく命じたが、ヴァン神族達は困惑の表情を浮かべるのみで、未だ動き出そうとはしなかった。
「な、何故我らがムスペルと戦わねばならないのか・・・・。王よ、シンモラと話し合って、平和的に解決できないのですか?」
「そうだ、ここにいるエインフェリアとワルキューレの首を差し出せば、奴らは満足して帰ってくれるのではないか?」
ヴァン神族の憎悪と殺意が重成達に向けられる。だがニョルズは首を横に振った。
「グルヴェイグはともかく、シンモラはそ奴らの首などに何ら興味はあるまい。奴が欲しているのはおそらく、我が神器であろうからな」
王の言葉を聞き、ヴァン神族の困惑はさらに深まった。
「王の神器・・・・?ならばそれを与えてやればよいのでは?」
「それは絶対に出来ぬ」
二ョルズはきっぱりと言った。
「あれはヴァン神族にとって最大の神器、宇宙に二つと無い至宝よ。何人にも渡さぬ。何人にもな。例えいかなる犠牲を払っても、余以外の者には断じて・・・・」
ニョルズの瞳が尋常ならざる光を帯び、端正な顔貌に狂気じみた執念が浮かび上がった。あまりに異様な様子に他のヴァン神族も、アースガルドからの来訪者達も状況を忘れて呆気にとられた。
「何をぼうっとしている。早く動かぬか」
何事もなかったかのように王は冷徹な態度に戻って言った。
「最早戦は避けられぬ。最悪の事態に備えてゴーレムも配置せよ」
王は享楽と安眠をただ貪る日々と決別する覚悟を決め、断固たる口調で命じ、エインフェリアとワルキューレに視線を向けた。
「貴様らがこの災厄をヴァナヘイムに呼び込んだのだ。本来ならば我が手で八つ裂きにしてやるところだが、なんの益も無い。ならばせめてその命、我らが為に使え。シンモラとグルヴェイグと戦うヘーニルをその身でもって守るのだ。貴様らが罪をあがなう道はそれしか残っておらぬ」
重成にとって望むところである。何のためらいも見せず、頷いた。
エインフェリアとワルキューレにとってヴァナヘイムは全く未知の土地であるが、道案内の必要は無い。
例え百里を隔てようともはっきりと感じとられるであろう強大な神気と神気の衝突の元へ全力で駆ければよいのである。
戦いは既に行われていた。勇将ヘーニルはその長大な弓を構えて光の矢を立て続けに射ていた。その込められている神気といい、弓勢といい、あの夏侯淵の数倍はあるだろう。
だがグルヴェイグは鞭を振るって叩き落し、シンモラは炎の玉をぶつけて苦も無く相殺する。
「・・・・!!」
すぐに加勢に入るつもりの重成達であったが、しばし息をのんで神々同士の戦いに見入った。
鞭を振るうグルヴェイグの姿はかつて重成達と戦った時となんら違いはない。左半身は焼けただれ、右半身は傷一つ無い。まるでミョルニルの槌の一撃を受けたことなどなかったかのようである。
そして狂気の女神から少し離れた位置にいる炎の巨人ムスペルの女王の存在である。
その体躯は霜の巨人はもとより、先のラグナロクで見たムスペルよりも明らかに大きく、五メートルはあるだろう。
燃え盛る真紅の焔を凍らせて美しい女性の彫像を彫り上げたと表現するしかない神秘的な姿である。
まるで童女のような無邪気な笑顔を浮かべているが、アース神族の王ヴィーザルや荒ぶる双子神マグ二とモージをも凌駕するやも知れない圧倒的な力を秘めているのが容易に見て取れた。
「おや、来ましたか、アースガルドの卑小な方々」
ムスペルの女王の口調は柔らかいが、興を冷まされた怒りと遥かに力が劣る存在への蔑みが確かに込められていた。