新年会以来、大木の嫌がらせじみた態度に変化が現われたような気がした。
仕事の指示がわざとらしくぎりぎりだったり、嫌味を口にしたりするのは相変わらずだったのだが……どう表現すればいいのだろう。私を見る時の目つきが今までと違って見えたのだ。
例えば――。
私の全身をじろじろと舐め回すような、舌なめずりでもするような、そんな表現が合いそうな目だと思った。それだけではなく、わざわざ背後を通ったりしては、傍からは気づかれないほどのさり気なさで、肩や背中に触れていく。これまでは、こんな風に近づいてきたことはなかったのに。
性的な対象として見られているような気がした。そんな視線や接触の度に総毛立つような思いがしたが、そのことは誰にも言わなかった。この程度の接触、偶然の域を出ないと言われてしまったら、そうかもしれないと思えるようなものだったからだ。自意識過剰と嗤われるかもしれない、もしかしたら私の被害妄想にすぎないのかもしれない――。そう思ってしまった。だから、このことは宗輔にも黙っていた。日頃から、何かあればすぐに教えるようにと言ってくれていたけれど、彼は忙しい時期だったし、そんな時に余計な心配をかけたくなかった。
そんな折、県内トップクラスの代理店を労うためにパーティーを開こうという話が持ち上がった。年度末までにはまだ間があったが、だからこそ、決算に向けた駆け込み契約に発破をかける意味も込められていた。
私たちの支店は、県内のいわばベース店だった。それもあって、パーティーはこの街のホテルの会場を予約することになり、日程は二月中旬の金曜の夜と決まった。準備や接待については、私たちの支店と県内の他の支店とで手分けして行うことになった。
当日は、支店長はもちろん、私たちの支店を含む数県の支店をさらに上の方で管理する部長――本部長も招いてあった。さらに、代理店の世話役として、各支店からそれぞれ課長と主任クラスの営業職、加えて事務職も招集されることになった。私もそのうちの一人として、課長の大木、主任、久美子と共に参加することになった。
ホテルまで、私たちはタクシーに分乗して移動した。もちろん私は久美子と一緒だ。会場に到着すると全員で簡単な打ち合わせを行い、その後それぞれに割り当てられた係の仕事につく。
私と久美子は、並んで会場の受付に立った。
しばらくすると、小柄な女性が嬉しそうな様子でいそいそと近づいてきた。普段からやり取りの多い代理店のおばさまの一人だった。彼女は私たちの顔を見ると満面の笑みを浮かべた。
「あらあら、早瀬さんと北山さんじゃないの!知っている顔がいてくれて、とっても安心だわ!」
「川口さん、お疲れ様です。今日はお忙しい中ご参加頂きまして、ありがとうございます」
久美子と二人して頭を下げていると、さらによく知る人物が現われた。
「おや。今日は皆さん、ご苦労様ですね」
そう言って穏やかな笑顔を浮かべるのは、マルヨシの社長――宗輔の父だった。
これまでにもう何度か、社長と奥様、宗輔と四人で食事に行ったりしていたが、今日のように仕事用の顔をして会うのは久しぶりだった。
年明けに挨拶に行った時に、当分は宗輔との交際について知らないふりをしていてほしいという私の言葉を、社長は快く聞き入れてくれた。それ以来、公の場では今まで通りの顔で接してくれている。
だから私も、これまでと変わらない笑顔を心がけながら頭を下げた。
「本日はお越し頂きまして、ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそありがとう。……ところで早瀬さん、ちょっといいかな」
社長は私を手招きしながら、久美子と川口が話している場所から離れた。
「何か問題でもございましたか?」
緊張した顔を見せる私に、社長は少しだけ声をひそめるようにして言った。
「いや、問題とかではなくてね。……今日は宗輔が迎えに来てくれるんだけど、一緒に帰れそうかね」
先週宗輔と会った時に、彼がそんなことを言っていた、と思い出す。社長が一緒ならなんとでも理由をつけられそうだが、大木に宗輔といるところを見られるのはまずい気がした。私も若干声を落とすと、申し訳ない気持ちで答えた。
「えぇと、ちょっとした後片付けなどもありますし、難しいと思います。宗輔さんにもそのように言ってありまして……」
社長はやっぱりという顔をした。
「まぁね、そうだろうとは思ったんだけどね。せっかくだから、一緒に帰れればいいかと思ったものだから」
「すみません。お気遣いありがとうございます」
気にしないでいいよ、と社長は笑って付け加える。
「宗輔も、父親の私なんかより佳奈さんを送迎した方が嬉しいんだろうにな。余計な時間取らせてしまって悪かったね。今日はよろしく頼んだよ。さて、私は他の皆さんに挨拶でもして来ようか」
「よろしくお願いいたします。行ってらっしゃいませ」
私は頭を下げて社長の背中を見送った。
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