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「…………は?」
一ノ瀬の雰囲気がガラッと変わる。
惜しげもなく放たれる――殺意。
背中がぞわっと震えた。
「昨日はありがとう? え? 何が? 何がありがとうなのよ。一言一句漏らさず詳細に言ってくれる??」
「え、えっと……」
さすがの花野井も気圧されていた。
「早く言ってみなさいよ。それとも何? 言えないようなことでもしたの? あれよね、私が体調悪くて先に帰った後よね? それ以外考えられないわ。だってそれまで九条くんとはずっと一緒にいたんだもの。ねぇ、そうでしょ?」
「っ!!!」
いつになく饒舌な一ノ瀬。
「あのな一ノ瀬、昨日は――」
「――九条くんは黙ってて」
「……は、はい」
大人しく従うしかない。
もう一ノ瀬は俺の手に負えなかった。
「それであなた、九条くんと何をしたの? 何がありがとうなの? 答えてくれる?」
「その……九条くんは私を庇ってくれたの。おかげで助けられたっていうか、なんて言うか……」
千葉たちに色々言われたなんて人がいる前では言えないのだろう。
あれだけのことをされておきながら花野井らしい配慮だ。
「…………」
一ノ瀬が訝し気な視線を花野井に送る。
やがてふぅと息を吐いた。
「……そ。ならいいわ。九条くんは人を助ける癖があるもの。こればっかりは仕方がないわね」
「そんな癖ないんだけど」
「あるでしょ? 私を何度も助けてくれたんだから。ふふっ♡ それで……私の“初めて”を奪ったのよね?」
「っ!!!」
「っ⁉⁉⁉⁉⁉⁉ ど、どういうこと!!!!」
「どうも何も言葉通りだわ。九条くんは私の初めてを奪った。それも埃の被った、人気のない倉庫で……ふふふっ♡ 懐かしいわね、九条くん?」
「ちょっと待て一ノ瀬! その言葉には語弊があるだろ!」
語弊しかない。
もはや嘘だ。
……いや確かに、ファーストキスだとは言ってたけど。
「わぁあ♡ 九条くんが私に初めて怒ったわ! ふふふっ♡ 嬉しいわぁ……♡」
一ノ瀬が恍惚とした表情を浮かべる。
会話が通じてない。
流されているというより、通じてない。
「どういうことなの九条くんっ⁉ そんなところで一ノ瀬さんを……さ、さすがにびっくりだよ!!!!」
「全部誤解なんだって!」
「誤解じゃないわ。全部本当よ? 九条くんったらしょうがない人よね。罪な人だわ」
今最も罪人なのは一ノ瀬だろ。
「九条くん……うぅ」
「勝手に信じて悲しまないでくれ。違うから」
「……ほんとに?」
花野井が子猫のような目で俺を見てくる。
「本当だよ。全部一ノ瀬の悪ふざけだ」
「そ、そうだよね! だと思ったよ! 九条くんがそんな人には見えないし! なんだよかった~!!!」
「むぅ……九条くんのばか」
安心した様子の花野井に、ふくれっ面の一ノ瀬。
その間に挟まれる俺は苦笑いするしかなかった。
「でも、九条くんと私は特別な関係よ。今後一切、私の許可なしで二人きりにならないこと。いいわね?」
「一ノ瀬、お前なぁ……」
「ふんっ」
一ノ瀬が抱き着いたままそっぽを向く。
すると花野井がぷっと吹き出した。
「あはははっ! 二人とも面白いね!! うん、よくわかった」
「じゃあ、約束を……」
一ノ瀬が言いかけるも、それを遮って花野井は無邪気な笑みを浮かべて言った。
「でも、その約束は守らない。守ってあげないっ!」
「っ!!!」
「えへへ~、これは私の自由だからね!!!」
花野井を全力で睨む一ノ瀬。
花野井はそんな一ノ瀬を気にせず笑っていた。
『終了~! 勝者、白組~!!!!』
放送が聞こえてくる。
それと同時に割れんばかりの歓声が沸き起こった。
そういえば騎馬戦、全然見れなかったな。
ま、別にいいか。
♦ ♦ ♦
※須藤北斗視点
『終了~! 勝者、白組~!!!!』
全員が俺に注目している。
俺の手には敵チームの大半を占めるハチマキ。
まさに圧巻の活躍で、たくさんの女の子が俺を見て目を輝かせていた。
アハハハハハハッ!!!
さすが俺! やっぱりこの学園のナンバーワンだ!
「北斗~! ナイスファイトー!!!」
「北斗く~ん! カッコよかったよ~!!!」
宮子も弥生も俺にゾッコンだ。
手を振り返してやると、さらに興奮した様子で手を振ってくる。
アハハハハハハッ!!!
やっぱ俺だな! 俺かっこよすぎんだろ!
「……って、あれ?」
そういえば彩花の姿が見当たらない。
いつもならあの二人といるはずなのに……。
「……あ」
は、はぁ⁉
なななんでクソ陰キャ野郎と一緒にいんだよ!!!
それに雫もいるし、俺に全く目もくれてねぇし!!!!
「……クソがッ!」
「え? どうした?」
「っ! いや、なんでもない」
危ない危ない。
思わず本音が出てしまった。
俺は須藤北斗。
完璧イケメンだ。ここは爽やかな笑みを振りまいてやらないと。
……しかし、心の中はぐちゃぐちゃだった。
昨日感じた不安。
それがこんなにもすぐに表れるなんて……。
まぁ、まだ焦る頃じゃない。
だって俺だぞ? 須藤北斗だぞ?
あのクソ陰キャ野郎なんて相手にならないイケメンだ。
雫の件は……たまたまあぁなっただけ。
いくらでも対応の仕様はある。
「……フッ」
いっちょ軽く対応してやりますか。
「キャー!!! 須藤く~ん!!!」
「お疲れ様! 超カッコよかったよぉ!!!」
「こっち見てぇ~っ!!!!」
英雄の凱旋のように生徒たちの間を歩く。
最高に気分がいい。やっぱり俺は頂点に立つべき男だ。
ファンを引き連れながら目的地に向かって歩く。
到着すると、先ほどまでの光景が未だに繰り広げられていた。
「九条くんは私のよ!」
「九条くんは誰のものでもないんじゃない? ね?」
「えっと……」
「――彩花」
会話などお構いなしに声をかける。
すると彩花は俺の方に振り向いた。
「あ、須藤くん! なんかすごい人だね」
「あははっ、騎馬戦しただけなんだけどね」
ニコッと彩花に微笑みかける。
「あのさ、騎馬戦でどうやら膝をすりむいちゃったみたいで……彩花に応急処置してもらいたいんだけどいいかな?」
「え? でも救護係が……」
「彩花がいいんだ。お願い、できるかな?」
言葉に合わせて、とびっきりの爽やかな笑みを浮かべる。
「っ! わ、わかった」
彩花は照れたように視線をそらし、「じゃあこっちに……」と歩き始めた。
俺もその後ろについていく。
……ハッ!
悪いな九条。
お前じゃ相手にならないんだよwww
悪いが彩花は――俺のモンだ。
♦ ♦ ♦
須藤と花野井が遠ざかっていく。
「九条くん、私たちも人が少ないところに行きましょう。ここじゃ落ち着かないわ」
一ノ瀬に腕を引かれ、二人とは反対方向に歩き始めた。
「チッ。あいつ……」
ふと不穏な気配を感じ、見てみると千葉たちが花野井を睨んでいた。
「調子乗りやがって」
「マジありえないんだけど」
……懲りない奴らだ。
「九条くん?」
「いや、なんでもない」
この体育祭、何も起こらなければいいが……。
俺にはどうしても、嫌な予感がしてならなかった。
そして、この予感が的中することを俺はすぐに思い知らされることになる。