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目の前で目まぐるしく展開された流れについていけずに、由樹は暗闇の中、ただ瞬きを繰り返していた。
(え、なになに?!佳織さんて妹さんだったの?だって、弁当とか!あ、え、作る?兄に作る?俺、一人っ子だからわかんねぇ!)
自分の胸の上に置かれた篠崎の重い腕の体温に思考を妨げられながら、それでも必死で脳みそを働かせる。
(つーか、あんた、あんたが言ったんじゃん!「お互い、愛妻弁当だな」って!!だから、俺は……)
横目で篠崎を睨む。
「……っ!!」
寝顔のかっこよさにまた視覚的に辛くなり視線を逸らす。
(え?じゃあなに?“篠崎さんの彼女“に対して、“あの人か、結構長いな“って言ってた紫雨リーダーも勘違いしてたってこと?まあ、妹さんなら“長い“でしょうし?そう?そうかな!)
だんだん胸が熱くなってきた。
(つまり佳織さんは妹さんで、結婚するのも、妹さんだけで、篠崎さんは、彼女もいなければ、結婚もしないってことでオッケー?合ってる?)
「………っ」
(ーーーーよかった………)
呼吸を落ち着けたところで、改めてすぐ隣で寝息を立て始めた篠崎を見る。
(あ、これ。チャンスじゃね?……寝顔をガン見するチャンス……)
いつもはろくに見つめられないので、ここぞとばかりに両目を開いて彼を見る。
長い睫毛。通った鼻筋。太くはないが男らしい整った眉毛。そして……。
由樹は、ソレよりもずっと小さくて薄い唇を結んだ。
「……好きです。篠崎さん」
呟いてみる。
「好きです。どうしようもなく……」
もう一度、口に出して言ってみる。
すると想いがドロドロと溢れて、我慢できなくなった。
由樹は身体を静かに起こすと、胸の上に乗っていた腕をそっと下ろした。
その反動で、篠崎が小さく唸りながら仰向けに転がる。
「…………」
由樹は音を立てないように距離を詰めると、その体に体重をかけないように、篠崎の顔の横に手をついた。
ゆっくり、ゆっくり、自分の髪の毛が篠崎にかからないように覆いかぶさっていく。
佳織の女もののシャンプーの匂いに交じって、少しだけアルコールの匂いがする。
大丈夫だ。彼は、日曜日の疲れ切った体に酒を飲んで、今、熟睡している。
大丈夫…………。
由樹はそっとその唇に自分の唇を落とした。
力の入らない唇に触れるだけのキス。
しかしそこに、全身全霊の気持ちを込めた由樹は、涙で潤む目で、世界一大好きな人を見つめた。
(これ……)
たとえ、篠崎に彼女がいてもいなくても、
たとえ、結婚してもしなくても、
(地獄だわ……)
大きすぎる気持ちを封じ込められなくなった華奢な体は、破れて壊れるしかない。
由樹は全身に走る痛みに小さく喘ぎながら、再び篠崎の隣に転がった。
目を強く瞑りながら呼吸を繰り返し、痛みがひくのを待つ。
「………?」
微かに衣擦れの音が聞こえた気がした。
由樹は片目を開けた。
「……枕。もう一つあったから」
「!!!!!」
悲鳴を上げそうになった口を両手で塞ぐ。
何も言えずに、眼球が飛び出すほど両目を見開いた由樹を見て、ふっと笑うと、佳織はそれを由樹の脇に置き、静かにドアを閉めた。