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しばらくの間、俺たちは無言だった。
俺はニーナちゃんのランドセルを代わりに持って、彼女の隣を歩いていく。
……気まず。
ニーナちゃんはバツの悪そうな顔でずっと俯うつむいてるし、俺もこういう時にどう話しかけて良いか分からないし。
誰か教えてくれ。
こういうときの女の子との話し方を。
そうして歩いていると、横断歩道の信号が赤になった。
俺が止まって、ニーナちゃんも立ち止まる。その瞬間、ニーナちゃんは道路を走ってる自動車の音に飲まれてしまいそうな声で言った。
「……笑ってよ、イツキ」
「ど、どうして……?」
「わ、私はモンスターを前にすると……頭が真っ白になるの。モンスターを、祓ったこともないの。でも、私はイツキに勝つって言ったのよ。馬鹿みたいでしょ」
ニーナちゃんはそういって、自分だけで笑った。
うーん、これ相当メンタルやってるな。
「モンスターを前にして動けなくなるくらいで笑わないし、僕たちと同い歳ならモンスターを祓ったことがないのが普通だと思うけど」
「イツキは祓ってるじゃない」
俺は転生してるし……とは言えないので、「運が良かったんだよ」と言って誤魔化した。
言ってから思ったが、モンスターを祓わないといけない状況は運が良いんじゃなくて運が悪いよな。
「私は……私はね、本当は祓魔師えくそしすとに向いてない。自分だって分かる。ママにもずっとそう言われてきたの」
「……そうなの?」
「うん。ママはそう言って、私に魔法を教えてくれないもの……」
それはちょっと聞いたことがない話だな。
普通、祓魔師は自分の子供がモンスターに襲われないように、魔法を教え身体を鍛えさせる。生まれながらに人並み外れた魔力を持っている祓魔師の子供は、モンスターに狙われやすいからだ。
だから魔法を教えないってのは、どうにも奇妙に思えた。
「うん。ママは私に魔法の勉強なんてしなくていい。才能が無いんだからってずっと言うの。イツキの話になると、簡単に『イツキと結婚すれば良い』って言うし」
なんか最近そんな話をどっかで聞いたな。
誰だっけ。
しかし、同級生とは言え歳下から結婚の話が出るのは、俺としても気まずいので話をそらした。
「ニーナちゃんは、誰から魔法を教えてもらってたの?」
「ママ。でも、最後に教えてくれたのは1年前」
「お父さんは?」
「……いない」
しまった。余計なことを聞いてしまった。
こういう気まずい雰囲気になるたびに、俺は自分のコミュ力が貧弱なことを嘆くのだ。
「でも、イツキに勝てば……きっと、ママも私を見直してくれる、って思ったの。私に祓魔師えくそしすととしての才能があるって言ってくれると思ったの。そしたら、きっと魔法を教えてくれるって、思ったの」
信号が青に切り替わったので、ニーナちゃんは前に進みながらそうやって心の奥底を教えてくれた。
なるほどな。
そういうことだったのか。
俺はニーナちゃんのランドセルがずり落ちてきたので持ち直しながら、入学式での彼女の言葉を思い返した。
――『イツキに勝つために、ここに来たんだから!』
何かに焦るような、怒るような、そんな言葉。
あれはきっと、ニーナちゃんの焦りから生まれた気持ちだったのだ。
けれど、だとすれば1つの疑問がある。
「ねぇ、ニーナちゃん」
「なに? イツキ」
「魔法を知りたいってことは、ニーナちゃんは祓魔師になりたいの?」
魔法を知るということは、つまりはそういうことだ。
モンスターを前にして動かなくなるのに、あえて自分から危険な道に進むこともない……俺はそう思って、ニーナちゃんに聞いたのだが。
彼女は首を縦に振った。
「うん。パパやママみたいな、立派な祓魔師えくそしすとになりたい」
「祓魔師になるってことは、モンスターと戦うってことだよ」
「もちろん知ってるわ。だから、イツキにお願いしようと思ってたの」
「何を?」
「私に、モンスターの祓い方を教えて欲しいって」
ニーナちゃんの顔は少し赤い上にそっぽを向いたままそう言ったもので、俺が意外そうにしていると、
「やっぱ今の無し! 忘れて!!」
そう言って話をごまかしてきた。
「いや、そんなすぐには忘れられないって……。ちゃんと教えて、ニーナちゃん」
「うー……」
ニーナちゃんはそう言うと、静かに地団駄を踏んだ。
そして、再び消え入るような声で言った。
「イツキに勝ちたいと思ってるのに、モンスターの祓い方を聞くのも変だけど、私に教えてくれるのは多分、イツキしかいないから……」
まぁ、そうだな。それはニーナちゃんの言う通りだ。
最も身近な祓魔師である母親から教えてもらえず、ウチの学校にいるであろう祓魔師は1人だけだし、人手不足で非常勤。だからか知らないが、入学してから未だに見たことない。本当にいるのかさえ怪しいと思ってるんだが、そんな祓魔師に教えを請えるはずもない。
「だから、私はイツキに魔法を教えたの。教えたら、私のお願いも聞いてくれると思ったから」
すっげぇ、正直に言ってくれるじゃん。
俺はニーナちゃんの話を聞きながら、息を吐き出した。
「だから、イツキ。笑ってよ。私は、モンスターも祓えないのに祓魔師を目指しているのよ。モンスターも祓えないのに、イツキに勝とうとしたの。でも、勝とうと思ったのにイツキに魔法を教えてもらおうとしているのよ」
「笑わないって」
笑えない。笑えるはずがない。
だって、彼女はとても凄いことをしているじゃないか。
前世の俺のようにただ流れて流れて生きているような人間じゃない。
彼女は自分の望みを叶えるために、そのやり方が例え子供っぽいとしても自分で考えて、決意して、進んでいる。
それは、前世の俺では出来なかったことだ。
現世になって、俺がやりたいと思っていることだ。
だからこそ、思う。
ニーナちゃんは凄いな、と。
その熱意が、考え方が、俺にはとても眩しい。
……あぁ、本当に父親とレンジさんの言っていた通りだ。
学校に行っておいて、良かった。
だから俺は話を切り替えるように、努つとめて明るい声で言った。
「そんなことよりも、い・つ・か・ら・や・る・?」
「……え、何を?」
「何って、モンスターを祓う練習だけど」
「……笑わないの?」
どんだけそこ気にするの。
「うん。笑わないよ。僕はニーナちゃんのことを凄いと思ったんだから」
「凄いの? 私が? どうして?」
「どうしてって……。だって、ニーナちゃんは苦手なことを、乗り越えようとしてるんだよ? 自分の夢に向かって頑張ってるんだもん。笑わないよ」
俺がそう言うと、ニーナちゃんは「そう」と小さく言ったきり黙ってしまった。
だから俺は続けた。
「それに、ニーナちゃんは優しいし」
「はぁ? 私のどこが優しいのよ」
「だってニーナちゃんは僕に魔法を教えてくれたじゃん」
「違うってば。あれは、イツキにモンスターの祓い方を教えてもらおうと思って」
「でもニーナちゃんのお願いを先に叶えて、僕のお願いを聞かないなんてこともできたよ?」
「そ、そんなことしないわよっ! 約束したんだから!」
「うん。それはニーナちゃんが優しいからだよ」
きっと、ニーナちゃんはそれを受け入れないだろうけど。
「ニーナちゃんが約束を守ってくれたように、僕も約束を守りたい。モンスターを祓って、ニーナちゃんのママに『才能があった』って言わせてみようよ!」
「……イツキ」
せっかく外国の魔法を教えてくれたのだ。
早撃ちクイックショットという新しい可能性を見せてくれたのだ。
それくらい返さないと、恩返しにならないじゃないか!
俺の言葉にニーナちゃんは立ち止まって振り返ると「そうね」と笑った。
笑ってから、急に元気になった。
「そうよ! イツキの言うとおりだわ! イツキにモンスターの祓い方を教えてもらって、ママをびっくりさせてやるんだから!」
「そうだよ、そうしようよ」
元気になったニーナちゃんを見て、俺はちょっと安心した。
やっぱりニーナちゃんは落ち込んでるよりも元気な方が似合っている。
「ありがとね、イツキ」
「どういたしまして」
そして元気になったニーナちゃんと一緒に家に向かうこと10分。
「ここが私の家よ、イツキ」
そう言ってニーナちゃんが止まったのは、結構大きなマンションだった。
いや、随分でかいな……。
これがタワマンってやつか?
タワマンと言うのはタワーマンションの略称で、クソデカいビルのマンションだ。
しかし、当然ながら庶民である俺にタワマンなんぞと縁があるわけがなく、タワマンと聞くと気圧の関係で上手く米が炊けないという話しか知らない。本当に炊けないのかも知らない。
……しかし、良いところに住んでるんだな。ニーナちゃん。
家賃がクソ高いという話を聞いたことがあるが、まぁ稼ぎの良い仕事である祓魔師なら住むことも余裕なんだろう。知らんけど。
家についたということは、俺はお役ごめんということである。
だから俺はもっていたランドセルをニーナちゃんに差し渡した。
「ニーナちゃんが元気になってよかったよ。これランドセル。また学校でね」
「待ってよ!」
ランドセルを受け取ったニーナちゃんに挨拶して帰ろうとしたらランドセルを引っ張られて後ろに倒れかけた。おい、今日二回目だぞこれッ!
「ど、どうしたの……?」
「せっかく来たんだから、お茶だすわよ!」
しかし、小学生相手にキレるわけにもいかずやった理由を聞くと、とても小学生の言葉とは思えない言葉がニーナちゃんの口から飛び出した。
「お茶?」
「紅茶よ」
なるほど。
……なるほど?