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天才ですか… なんかもう美味しいです…
プリ小説の方も見ました。泣けてくる、感動系でした。こんなジャンルも書ける主様最高。
バグで物凄く読み難くなっておりました。 すみません… 今直しました。
20XX年。
世界中を巻き込んだ世界全面戦争が終幕してからおよそ91年が経った。
その後、ロシア、中華人民共和国、アメリカその他諸々の国は『全世界国際連携天体条約』という条約を結ぶ。
まぁ簡単に言うと、これからは協力して宇宙空間への開発を進めていきましょうってことだ。
それによって、核兵器に力を入れていたロシアや北朝鮮、財力のアメリカが手を組んだことにより、もの凄い速度で発展を遂げることになる。
98年前に猛威をふるったとされるCOVID-19や温暖化現象。度重なる地震や津波によって崩壊を始めたこの地球の代わりに、国際天文学連合(IAU)は第二の国なる星の研究を進めた。
その結果、名称 Sh/12-180 という環境が非常に近しい新星を発見したのだ。
そこからはあっという間に、通称宇宙エスカレーターと呼ばれるスペース空間と地球を繋げる超巨大通路が開発された。
人々は気軽に…と言ってもすぐに何度も往復できるわけではなく、一度行ったら最低三ヶ月は戻れない。
それでも、いつ無くなるかわからないこの星から着々と荷物を運び出す人間は
「…増え続けている、っと」
そこまでノートパソコンに打ち込んで、俺は大学の教授に送信してから電源を落とした。
「あ゛ー目ぇ疲れた…」
長時間画面を見ていたせいで目が乾燥したのを感じ、しぱしぱと瞬きを数回繰り返す。
ちらりと時計を見上げれば23:43を指しており、提出期限まで残り17分だった。
そこでようやく腹に、昼から何も入れていない事を思い出す。デスクから伸びをしながら立ち上がったその時、ふらりと力が抜けるような目眩を感じた。
「…?」
座りっぱなしだったから、きっと血流がうまく回ってなかったんだろう。
ここのところ寝不足が続いたせいかもしれない。
今日はもう、寝ることにした。
まぶたが垂れるのに抗うこともせずに、俺はすぐに眠りに落ちる。
「…ぅえ゛」
俺は鳩尾辺りに感じる、鈍く圧迫され続けているような不快感で目を覚ました。
ちら、とデジタル時計を見ればまだ四時で、先程から二時間しか経っていない。
まだ肌寒い春だというのに、額や首元にうっすらと汗が浮かんでいるのが分かる。
頭も少し痛い気がする。
風邪を引いたのかもしれない。
取り敢えず水を飲もうと立ち上がった瞬間、内臓を手で鷲掴みにされた浮遊感に、胃液が腹からせり上がってくるのを感じた。
「っ、げほ…ッ」
慌ててゴミ箱を引っ掴んで吐瀉物を身体から吐き出そうとしたが、間に合わず、俺は床に崩れ落ちた。
昨日の昼から何も食べていないせいか、少量の緑掛かった胆汁と唾液がだらだらと垂れるだけだ。
てらてらと唾液が蛍光灯に反射する。
こめかみの神経が外側に剥き出しになっているかのように激しく脈打って、上まぶたがひくひくと痙攣し始めた。
これは不味いと思った俺はやや躊躇ったあと、スマホで電話を掛けた。
「残念ながら…白井さんは“突発性忘失花弁疾患”α型、ステージⅠです」
医者がしょぼ、と目を伏せながらそう告げた。
宇宙空間を誰もが行き来出来るようになったことで外部から持ち込まれた謎の病。
現在ではまだ発病者は少なく、約80人に1人のペースほどだという。
これはヒトからヒトへ伝染ることがない以外に原因も治療法も一切解っていない。治療薬や予防薬も未だに開発されていなかった。
発病した者は専門施設への入院という名の隔離をされ、出来ることはせいぜい病気の進行を遅らせることだけらしい。
『突発性忘失花弁疾患』
通称、花咲き病と呼ばれている。
初期症状は熱や目眩、吐き気など風邪症状よく似ているらしい。
徐々に体から花が生え、その花に栄養を吸われることで命を落とす。
ステージⅠは風邪と酷似しており、ここで発見されないケースも多い。そのあとすぐに一度回復する。
ステージⅡで再び発熱し、脚や腕に痛みを感じるようになる。ステージⅢになると皮膚が裂けて、蕾が体から突き破って生えてくる。
その後、身体から出た植物は成長して花を咲かすまでいくとステージⅢと診断が下る。
体内では植物の根が成長し、最終的に心臓まで届いた後に、やがて体の栄養を全て吸い取られて患者は死に至たる。
「っ、あの、末期状態になる前に、薬が開発される可能性は…?」
尋ねた声は馬鹿みたいに震えていた。
自分はもうすぐ死ぬ?あり得ない。
医者はうろうろと視線を彷徨わせ、やがて黙って首を振った。
現実味がない説明が頭に入らなくて、どこか他人事のように思えた。
医者の首から垂れている聴診器は蛍光灯を反射させて冷鈍に光る。
俺は呆然とそれを眺めていた。
「始めまして!今日からよろしくね!」
春に芽を出した若葉ような髪を揺らしながら弾けるように笑う彼女は、担当のまちこりーたと名乗った。
と言っても手術をするわけでもないので、健康管理と話し相手が主な仕事らしい。
「まちこ、って呼んでいいよ」
にこにこと微笑む彼女は少女のように可憐で、純白の白衣がよく似合っていた。
「話し相手、って…?」
気になって口にすると、彼女の眉がへにゃりと下がった。先程からころころと表情が変わるのは見ていて面白い。
「…だんだんね、幻覚とか見え始めちゃって、妄想と現実の境目がわからなくなっちゃうんだって。それで鬱状態になって、最期は…自殺とか、そういう事例があるんだよ」
彼女は自分のことのように悲しそうだった。
だから私の仕事は君とお話することだよ、と笑って言ったまちこに俺は眩しくなって目を細めた。
なんだか彼女は存在がきらきらしているのだ。
幸せの粉を被ったみたいに瑞々しくて、幼い女の子のように純粋であった。
「案内するよ」
彼女は白衣を揺らして歩いた。
俺はそれに着いて行く。
この施設はとても静かで、そこら中に花が咲き乱れていた。
朱紅の大きな薔薇、薄ピンクのグラデーションのマーガレット、繊細で小さなスミレの花。
どこもかしこも花、花、花。
「お花、凄いでしょ。患者さんが寂しくないようにって願いながら植えるんだよ」
些か多すぎではないだろうか。
それ程までに、色がなければ狂ってしまう程の病なのか。
案内された病室が俺の部屋だと教わった。
無機質な白が広がり、消毒の匂いがツン、と鼻を刺す。
家具が殆どない部屋に真ん中に置かれたベッドはひどく目立っていた。
まちこは後々家具は増やそう、と廊下へ出た。
「施設内を案内するね」
他の部屋は扉が閉まっていて見えない。
ここにはどれだけの患者がいるのだろうか。
「ここから見える突き当りが食堂、あっちがトイレだよ。あ、ねぇ来て!」
まちこは俺の手を取り急かした。
パタパタと二人分のスリッパの音が廊下に響く。
太陽の光が射し込んで、電気は点けずとも明るかった。
「…っ、あ」
階段を登った先で、俺は思わず息を洩らした。
巨大な青い月のような星が、ちりちりと瞬きながら空に浮かんでいて、それは目を凝らせば大陸のようなものが見える。
きっとあれが新星だ。
「夜はもっと綺麗だよ」
ふふ、といたずらが成功したように笑ったまちこ突然は「あ、また抜け出してぇ!」と声を上げた。
振り返って俺は固まってしまった。
そこには車椅子に乗った美しい男がいたのだ。
髪と瞳はきり、と冷たい黒耀石のように黒くて、そんな男が真顔でいるのだから俺は少し怯えた。
しかしそんな彼の頬に、腕に、首筋に、まるで彼自身が花束かのように小さなひまわりが咲いていた。
「つまらないんだもん」
凛とした声は、拗ねたように言った。
それが酷くアンバランスだった。
「だからって今は散歩していい時間じゃないでしょ!あ、今日から一緒に暮らすしろせんせーだよ」
「しろせんせー?」
聞き慣れない呼び方に俺は首を傾げた。
「へへ、なんか大学のせんせーに話し方が似てるから!その人も方言だったんだー」
なるほど、どうやら俺はあだ名で呼ばれたらしい。
「え、コイツせんせーって感じじゃなくね?うーん」
そう言って手を顎に持っていき悩みだした彼。
「いや失礼過ぎるやろ」
何やお前、初対面に言う言葉じゃないと言えば「ナイスツッコミ」と目の前の男は大きく笑った。
彼自身がひまわりのようだ。
「あっ!ボビーだ!そんな顔してる!!」
「どんな顔やねんっ!」
「あはは、もう仲良しじゃん」
微笑ましく眺めるまちこに、俺はため息を吐いた。
「そんなんじゃないわ」
「ぁ、」
カランッと音を立ててスプーンが床に落ちた。
俺はベッドの上からそれを取り、自分の腕を見る。
手首の内側辺り、皮膚が硬く盛り上がっていて、そっと指で押せばズキンと神経を引っ掛かれたような痛みが奔る。
俺は自分の中から黒い塊を吐き出すように深く息を吐いた。
俺がこの施設に入って一ヶ月が経った。
進行が他の人よりも早いようで、とうとうステージⅡに突入したのだ。
夜は熱が出るし咳と鼻詰まりが止まらない。
「おはよう、せんせー」
じゃあちょっとだけ診察するね、と言って俺の腕を持ち上げた。
濃い睫毛の束が伏せられ俺はその横顔をじっと見つめる。
俺はおかしなことを言うと、彼女に恋をしてしまったみたいなんだ。
きっと心身が弱っているから、身近で世話を焼いてくれる彼女を特別視しているんだろう。頭では分かっていてもどうにも止められなかった。
花束のように笑いかけられるたびに心臓がどくどくと暴れるし、いつまでも隣で話していたくなった。
恋はしているだけで幸せであり、それと同時に痛いのだ 。
「車椅子は慣れた?」
まちこが診察を続けながらぽつりと言った。
今の俺は既に何かに掴まらないと自力では立てなくなっていた。骨がギシギシと痛むのだ。
いや、骨に神経は通っていないのだけれど。
首の後ろやら何やらを確認したまちこは俺を「散歩に行こう」と誘った。
「暑いから嫌」
外暑いし、疲れるし…クーラーの効いた部屋にいるのが一番だと思う。
「そんなこと言わずにさっ!ほら、行くよ」
ほら、こんな強引に外に引っ張り出されても許してしまうんだから。
「あ、今日はまちこりも一緒なんだ」
庭を散歩(車椅子を彼女に押してもらっているのだが)していたところ、ニキニキが後ろから声を掛けてきた。
すでに顔の右半分に大きなひまわりが咲き、少しずつ彼の身体を浸蝕している。
「やるやんボビー、意外と」
「しーッ!ちょ、っしーッ!!」
あれから驚くほど仲良くなった彼は、俺がまちこを好きだと言うことを知っている。
というか俺がニキに言ったのだ。
でもさぁ、ここで言うのは違うじゃん!?!
「はは、邪魔者は退散するわ」
ひら、とニキが手を振った。
「早く付き合った報告聞かせろよ、既成事実作っちまえ」
ふ、と極上の笑顔で微笑んだ彼はそう言った。
いや最低やないかい、と言う突っ込みは出来ずに去っていくニキの背中を見つめた。車椅子がキュル、と音を立てる。
花に喰われていく彼は何故か、輝きを失う事はなかった。
「何いってんだか」
もぉーと呆れる彼女に、俺は自分の顔が赤くなるのが分かった。
いや、落ち着け落ち着くんだ。
でも、
「せんせーと付き合えたら、きっと楽しいだろうね」
そんなまちこの言葉に引き出されたのか、俺の口から思わず言葉が滑り落ちた。
「あ、あのッが、いや、っ好きなんだ、けどっ!!」
今すぐ死にたい。
酷いにも程がある。え、なんで行けると思った???逆に。まちこが俺を見捨てたらどうしよう、なんて焦った頭は白くなるばかりで何も出てこない。
「…うそ、」
しかし予想と反してまちこは囁くように言った。
「ほんとに、?ほんとに私のこと好きなの!?」
「いや今のは…」
その言葉は彼女の顔を見て吹っ飛んだ。
桜の頬に紅が差し、困ったように眉頭には力が入っている。
あれ、これは期待しても良いパターンなのでは?
「嬉しい」
まちこが正面から僕を抱きしめた。
野原の花のような繊細な香りが広がって、とたんに彼女を意識する。
いや、え??俺まちこに抱きしめられてる…???
それから。
「あー目、覚めた?」
良かったと細く息を吐く彼女に、俺は何だ夢か…と呆れた。
「夢?怖い夢でも見た?」
どうやらキャパオーバーと軽い熱中症で倒れたらしい。
本当にダサ過ぎるだろ。
「大丈夫。私は傍にいるからね〜」
ちゅ、と額に当てられたそれは夢なんかではなくて。
「っは、え!?なに、?!」
「え、ごめん!つい嬉しくて」
「えっ…?」
夢じゃない、だと…???
まちこはゆる、と瞳を動かしてやがて控えめに微笑んで言った。
が、やがて恥ずかしくなってきたのか頬がじわじわと染まっていく。
「ちょ、お水取ってくるねっ」
慌てて立ち上がると、ぱたぱたと白衣を揺らして出ていった。
耳が熱い。
「まじ…?」
静かになった病室は、俺の小さな声がよく響いた。
「もう5月かぁ、夏が近づいてきたね」
まちこは俺の車椅子をキィキィ押しながら風を感じていた。
「その前に梅雨が来るよ」
あれからまちことは何もなかった。
お互いに意識していることに気づいてて、それでも何も出来ずにずるずると時間が過ぎていく。
俺の身体に、花が疎らに咲いてきてしまった。
俺の髪と同じような色のこの花は桔梗と言うらしい。
「…それまで、生きてられるのかな」
ぽつ、と彼女が言った言葉に、心臓に氷の柱が立てられたような気がした。
そうだ、俺は死ぬんだ。
生涯を終える最後の日、俺はどのように過ごしているだろうか。彼女は隣に、いてくれるのだろうか。
「ねぇ見て!凄く綺麗に咲いてる…!」
満開だねと目を潤ませて言った。
真珠の雫が浮かんでいるのは、一体何故だろうか。
「ひまわりって本当に太陽のほう向くんやな」
鮮やかな陽の光を身に纏い、天へ天へと伸びているその姿は、誇らしげに王冠を冠っているようだ。
「眩しい…」
とまちこは濡れた睫毛をぱちぱちと動かした。煌めく朝露がぽたりと落ちる。
「あっ!あっちに鯉いるんだよ!」
見に行こう、と言った彼女が持ち手をぐ、と握った。
キャラキュル、と車椅子が動く。
「最近ニキ見ないんやけど、なんか知ってる?」
「…あぁ!ニキさんなら別の施設に移りましたよ」
ご存知ないですか?と若い男が答えた。
「えっ!別の施設!?」
知らん知らんと慌てるが彼は「急だったんです」と静かに言った。
容態が一時かなり悪くて…と切なく告げた彼は安心させるように白井さんも頑張って下さいね、と言った。
「手紙とかって…」
「んー、掛け合って見ますけど…あんまり期待しないでくださいね」
ゴミ箱の袋を付け替えながら言った彼に俺は感謝する。
ぼんやりとしか見えなくなった目で、俺は彼が部屋から出ていくのを見た。花は眼球にまで根を張るらしい。
どこもかしこも痛かったし、自身の身体に花が咲くというのは異形のようで恐ろしかった。
「はぁ、会いたい…」
最近のまちこはここに来る日数が減ってきている気がする。週七だったのが六日に、四日に…そして時間も。
もう俺は飽きられたのだろうか。
窓際に添えられた新聞を手に取る。もうずっと、外の世界に出ていなかった。
かさかさと音がなるそれを広げ、ある部分が目に留まる。
それは“花咲き病”をテーマにした恋愛ドラマであった。
それは事実と少し変えられ、されど悲恋な物語として面白おかしく作られている。
治らない死の病。
そんなものは大衆に求められていない、というように『想い人と結ばれれば治る』という設定になっていた。
ある男性に恋をする少女、しかし自分は愛されないと悟ってしまい恋心を一人で抱え込んだ。
花を胎内から美しく吐く少女は、やがて思い切ってその事を男性に伝えた。
男性はそれに対しそっとキスをして、少女は銀の百合を最後に吐くのだ。
「っ、」
バサリと新聞を投げ捨てればはら、と音を立てて俺の腕の花びらが舞った。
何が恋だよ、何が銀の百合だよ…
俺は、まだ死にたくない。
「っ、白井さん。失礼します」
コンコンとノック音の後に、静かに女性が入ってくる。
少し歳を取った、しかし若い時はさぞモテたであろう容姿を持っていた。
「お花、を、交換しますね…」
何故か小さな青い花を持った手はかたかたと震え、花瓶に入れずに俺に差し出した。
「これを、」
握り潰さぬようそっと両手で受け取る。
確か名前は、
「勿忘草」
これ、誰から?
俺の問いに彼女は答えず、目の縁に玉のような涙を浮かべた。
「まちこはどこ」
俺は側の松葉杖に腕を通すと、腹の底から叫んだ。
「どこだって言ってんだよ…ッ!!」
「っあ、地下室、の…、」
その言葉が耳に届くより前に俺は廊下へ飛び出た。
ひらひらと身体から花びらが剝がれる。皮膚を引き千切られているようだ。
正直痛くて痛くて堪らない。
思うように身体も動かないし、とにかく辛くて仕方がない。
それでも止まれない。
俺は地下室にある彼女の部屋へ向かった。
「っ、まちこ…ッ!!!」
彼女は静かに、眠るように横たわって、純白のシーツの上で手を胸の前で組んでいる。
濡れた若葉のような髪、透き通った肌、熟れた桃のような唇。
それらが動くことはもうないと悟った。
「う゛っ、あぁ゙…」
彼女の周りは勿忘草で埋め尽くされていた。
一歩、また一歩まちこに近づけば、ベッドに診断書が貼り付けられているのに気がつく。
「…突発性忘失花弁疾患、β型…?」
初めて聞く名前だ。
「っ、まちこごめん…ッ!」
最悪な想像をしてしまい、俺は彼女の頬を掴んで口を無理矢理開ける。まだ死体はじんわりと体温を保っていた。
「…勿忘、草…ッ」
彼女の喉の奥、微かに小さな花びらが見えたのだ。
そこで俺は気づいてしまった。きっとβ型は“胎内で”花が咲くんだ。だから見た目では分からない。
彼女もまた、患者であった。
まちこは俺にそれを隠したまま死んだのだ。
「う、っひ…ぁ」
彼女のの枕の下、そこに何かあるのが見えた。
そっと頭を持ち上げて取り出す。
[まず初めに、嘘ついててごめんね]
その言葉から始まったのはまちこの日記であった。
「…お前だったんやな」
俺はひまわりに話しかけた。
彼に、ニキにこの声は届いているだろうか。
木の幹に手の平を当て話しかける俺は、端から見れば変人だろう。
庭は彼らの墓場だ。
咲いた花一つ一つが彼らの墓地であり、死体である。
「報告、遅くなったわ」
あの日、何時間もかけて日記を読んだ。
それでも整理はつかなくって、いつの間にかこんなに時間が経ってしまった。
「まちこの中で色んな葛藤があったのに俺は気づきもしなかった。先に死ぬのは俺だって思ってて、まちこが死ぬなんて、考えもしなかった」
さやさやと葉が揺れ、手を振るようにひまわりが風に当たっていた。もうすぐ秋になる。
未だに俺は生きている。
大きなひまわりの根下にしゃがみ、小さな青い花をそっと埋めた。
「…俺ももうすぐ、ここに来るよ」
だってもう耳が聴こえない。
目だってぼんやりとしか分からない。
全身がキキョウの花びらに包まれている。
「っ、う゛…あぁ…っ」
色とりどりの花が咲き乱れる庭で、俺は声が枯れるまで泣き続けた。